この世界で迷子の僕を(全80話)
会話を終えた2人は小声で何事かを口にすると、ジンとウォッカは立ち上がりリレもそれに倣って椅子から降りる。
歩き出すジンとウォッカはそれでもベルモットを振り返ることもなく、リレはほんの少しだけベルモットを見つめベルモットはそんなリレにほんの少し笑いかけるとカウンターにいるバーテンに声をかけていた。
「リレ」
「何?」
ジンはエレベーターを待ちながらリレに話しかけリレは首をかしげジンの問いかけに耳を向ける。
「会話を聞いていたか?」
そう言われリレは首を横に振り
「そうか」
とジンは会話を終了してきた 。
も、もしかして聞いていなければいなかったとかそういうことなのだろうかと緊張していればジンがリレを見下ろしウォッカも同じようにリレを見下ろしてきたのは
「聞かなくて良かったんだよ」
とウォッカに言われてしまった。
ありがとうウォッカ、よかった。
それに合わせてウォッカから視線を反らしポーンと高い音とともにエレベーターの扉が開いて3人はその箱に乗り込んだ。
そんな密室でジンとウォッカは小声で会話を始めリレは今度はそっと耳を澄ますその内容は日本の要人を始末するというなんとも物騒なものであり、再びのもしかしてにリレはハッとしたが、さっきベルモットと話をしていた内容はそういうことかもしれない。
こんな密室である。いくら小声だとしてもジンとウォッカの会話は耳に入ってくるので 必然的に聞いてしまうことに繋がっていくが、2人は気にする様子もない。
リレは務めて「何も聞いていません」を通すことにした。
サッと降下していくエレベーター内での会話はすぐに終わったようであり、ボンヤリしながらもリレはエレベーターの回数表示パネルをじっと見つめ時を過ごす。
そうしていればあっという間にエレベーターは一階エントランスに到着しリレはエレベーターを降りジンとウォッカ、いや、ジンはパタパタとエレベーターを降りたリレの背中を見つめていて眼を細める。
次はどこへ行くのだろうかという問いかけをしようとすればジンは少し悩み考え、
『今から取引がある』
『取り引き?』
それって僕がそばにいない方がいいということだろうか。
『どこで?』
そのリレの問い掛けにジンは再びリレ見下ろすと
『杯戸駅のロッカー、夜の9時』
それまでジンとウォッカはやることがあるのだろうかと考えつつもコクリと頷き
『車で待てるか?』
と小さく口にされた。
それって取引の間のことだろうか。ジンはそんなリレの心を読んだかのように低く笑うと『取り引き中だけだ』
と。そのことにほっとするが、それでも何かを言いたそうなウォッカはジンとリレを見やり
「アニキ、時間が」
そう2人の間で口を開いた。
ジンは話を遮られることが嫌いだが、それでもよっぽどのことではない限り許してくれる。ちょっとだけ苛立つけれど。
エントランスを抜け ホテルの外へ出ればすぐ、ジン、ウォッカ、リレは車に乗り込みエンジンをかける。
今度はウォッカが運転するようだ。
ポルシェ特有の音を立てながら走り出した車内ではジンが携帯といつの間に持っていたのだろうか、書類に視線を落としており何事かを思案している。
「リレ」
「はい」
特に景色を眺めていてもいなかったリレはすぐジンの言葉の首を巡らせるように見つめ 数枚の書類を渡されたのは、つまり、翻訳しろ。そういうことだろう。
書類は日本語の文字は連なっており
「ドイツ語に翻訳しろ」
そう 言われる。
「わかった」
そうリレは頷き目を滑らせていく。チラリとジンを見つめれば携帯が握られており、恐らくは録音するということだろうと、一度目を閉じ開き翻訳を開始した。
書類を見つめ言葉にしていればジンもウォッカも黙ったまま車内に響くのはドイツ語と車の音だけ。
それにしてもこの書類にもさっきエレベーターで会話していたような随分と物騒なことが記されている。僕がこれを頭に入れていいことじゃないだろうが、それでも別にその内容を悪用する術も理由も意味もない。僕はジンの言うことだけを聞いていればいいだけなのだ。
そう思いつつ 翻訳を進め5枚目の書類に目を通して悩んでしまった。これは…、
「どうした」
一瞬 黙ってしまったリレにジンはリレを振り返り
「ここ、どういった風に訳せばいいのかな?強めに?弱めに?それとも解釈を変えて?」
ジンはリレから書類を受け取ると少し考え
「解釈違いだとどうなる」
それに説明するように伝えれば更にジンは考えて
「強い」
言い回しにしろ、そう言ってくれたのでそれに従うことにした。
そうして翻訳を終え書類をジンに返し座り直す。
それにしても2人はこれから 取引のある夜の9時までどこで過ごすのだろうか。まあ僕は2人というかジンの側を離れる気はないのでどこで9時まで過ごすのかなんてどうでもいいだろう。
ジンはタバコを咥え火をつけながらウォッカに声をかけ2人は話し出し、再びリレは意識を逸らそうと思ったが、けれどその2人のやり取りは耳に入ってくる。
相手との取引の内容はたった今リレが訳した事柄そのものであり、なぜ訳す必要があったのだろうかと考えるが自身のポンコツ脳では理解できなかったので早々に考えるのを諦めた。
車の窓から外の景色を楽しんでいればジンがミラー越しにリレを見つめ
「書類の内容は覚えてるか?」と。
忘れることがない僕の記憶力 だが、忘れるべきだろうか。
その言葉にリレは小さく頷き
「忘れた方がいい?」
「いや、覚えてろ」
ジンの言葉にリレはもう1度に頷いた。
それにしてもジン、
「9時までどこで過ごすの?」
その問いかけにジンは吸い殻をシガレットケースに押し込み
「第3製薬所だ」
と教えてくれたがそれがどこがなんてわからない。シェリーのところなのかな。
リレの疑問を受け取ってくれたジンは
「シェリーがいる」
そう教えてくれた。シェリーさんか、久しぶりに会えると頬が緩んでしまい、そんなリレにジンは本の少し楽し気にに目を細めると
「そんなにシェリーが好きか?」と。
リレはキョトンとしながらも 今のジンの言葉の意味を考え すぐ笑うと
「うん!好き!」
シェリーは優しく話してくれるし色々と薬について教えてくれる、新しい知識はとても嬉しいもの。それをそのまま ジンに伝えれば
「そうか」
という言葉が帰ってきた。
そう、シェリーに慣れてきたリレはシェリーと一緒にいる時は10分以上(ただし20分以内)ジンと離れることができるようになっており、徐々にジンがいなくても過ごせるようになってきた。が、20分以上経つと嘔吐いてしまうのはやはり確実にジンが側にいないというストレスだろう。
シェリー もそんなリレにも慣れてきたがしかしとても心配されてしまうのは、まあ仕方ないと言いたい。
「今日は取引以外では俺といろ、いいな?」
「うん」
「さっきの言葉は覚えてるな?」
そう、話すな、口を聞くな、離れるな、それだろう。
もう一度しっかりと頷けば、ジンは小さく笑うといつもの一言
「いい子だ」
と。
リレは笑ったジンの髪に触れ 口を閉ざし指で鋤いてくる。それにジンは目を細め何事かを考えているのは。
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