この世界で迷子の僕を(全80話)



黒いワイシャツに黒いスキニージーンズ、そして黒いカーディガンに銀の髪は後ろでゆるく縛られている。

たったそれだけだがとてつもなく格好いい。ジンは勝ち組なのかと黒いシャツに同じく黒いスキニージーンズを履いたリレは考えてしまう。もちろんそんなリレの心情を知るはずもないジンは立ち上がり

「行くぞ、リレ」

と呼んでくれる。それに

「うん」と返事を返しながら玄関にいるジンに駆け寄った。時刻は11時を少し回っているところであり外下では完全に活動しているのが見て取れる。

靴を履き、待っているジンに笑いかけながらも同じように靴を履きジンとリレはマンションを後にした。

ジンの住むマンションの周辺には特に何もないがベランダから見下ろした世界では人々が動き回っているが、どこまで僕を連れて行くのだろうか。そんなことを考えながらつい3ヶ月分の癖でジンのカーディガンを掴んでしまう。
ジンはそんなリレをチラリと見下ろし「リレ」と。


「後ろじゃなくて横にいろ」


それもそうだ。金魚のフンよろしく後ろをずっと歩いていても周囲の人間に何と思われるだろうか。リレは小さく

「はい」と答えジンの横につく。

なんと言うか、ジンの横はウォッカのものと認識していたためほんの少しだけくすぐったい。

思わず、ふっ、と笑ってしまえばジンは不思議そうに眉間にシワを寄せ

「どうした」

と一言。
何と答えようかとも考えたが まあ、素直に告げようとジンを見上げた頬が緩んでしまう、そのままに


「ジンの横を歩いてもいいんだなって思って、嬉しいな」


そう笑いかけてしまう。そんなリレの言葉と表情を見たジンはどこが面白そうに口端を吊り上げ笑い、リレの頭をぐしゃりと撫でた。

そうしてリレの頭を撫でたジンの手は下り、リレは躊躇いがちにそんなジンの腕を少しだけ掴む。
そんなリレにジンはもう一度を
「どうした」

そう極めて優しい声音の問いかけに、ちょっとだけ困ったようにジンから視線を反らした。だが誤魔化すことは許さないと言わんばかりにリレを見下ろしたままそっと目を細め


「リレ」


そう先を促す。

「ジン…」

リレはポツリと呟き、悩みながらもそっとジンを見上げどこか不安そうな表情すると


「いつも…ジンの服を掴んでいたけど……」


少し躊躇い、

「その…」

癖みたいなもので、と曖昧な答えを返してしまった。と言っても、そんな曖昧な返事だって許さない。
問い詰めてくるようなジンの視線を感じながらリレはどう答えるべきかを必死でグルグルと考えこみ、そっとジンの瞳を見つめた。

言え、リレ。言ってしまえ!
リレはそっと息を吸い込み気持ちを整えると一言、口にしたのは


「ジンに触れていたいと思って、つい」


と。
そんなリレの言葉にジンは探るようにリレを見つめたが嘘偽りのない言葉だと納得したように笑いきっと気まぐれなどだろう


「ほらよ」



そう左手を差し出してきた。

そんな思いもしないようなジンの行動にリレは「え」と呟き差し出されたその手を見つめ、リレはおずおずと、そしてそっと握りしめた。その手をジンは握り返してくれた。

嬉しい。すごく嬉しい。

顔が綻んでしまい、リレはえへへと笑いギュッと力を握り締める。ジンはほんの少しだけ笑うと右手でタバコを咥え火をつけ煙を吐き出した。

ジンの住むマンションから町までは大分あり、住宅街をゆっくりと歩き回るが時間的にも場所的にも人の姿は少しもなく暖かな日差しで優しい風がジンとリレの髪を揺らす。

タバコの煙も同じく風に流され漂い消える。

ジンとの散歩ルート(?)はたまに訪れるコンビニへの道とは少し違うもの、いつもはジンもしくはウォッカの運転する車でしか見ていなかったがやはり当然だが景色の流れは全くもって違う。

リレもジンもご機嫌に手を握り合い、そしてリレはキョロキョロと首を巡らせながら辺りを見渡し道を確認する。

まあジンと一緒でなければリレが外を歩き回ることなんてないけれど、こうして歩けることは何度も言うがとても嬉しい。

住宅街を歩きつつジンとリレの横を車が走りけて行くがジンはさりげなくリレを壁際に 寄せ、自然庇うようにする。
その優しさにリレの顔はこれでもかというほどに緩んでしまった。
そんなリレに気づいたジンは眉間にしわ寄せフイと顔をそらしてしまう。

ジンって本当はとても優しいのではないだろうか。
それとも僕だけ?なんて。
でもウォッカといてもジンは ウォッカに気使う様子もないからこの優しさは偽りのものなのだろうか。
いや、ジンの全てを知っているわけではないが、どうでもいい他人にこんな風に優しさを振り撒くことはないだろう 。とういうことは、この優しさは本当のもの。

そこまで考えながら空を仰ぎ見てそっと目を細め空色の眩しさに目がシパシパしてしまう。そんなリレをジンは見下ろし低く笑い吸い終えたタバコをポイと投げ捨てた。

ジン、ポイ捨て禁止だよ。
ジンは小さく笑っただけで。









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