この世界で迷子の僕を(全80話)



とある日、曜日はよく分からない、というかジンやウォッカが意識していないようにリレもを意識せず過ごしていればジンは不意にリレに視線を向けリレは

「何?」

と首を傾げジンを見つめる。
外は朝日が昇り始めたようにカーテンの隙間からうっすらとした光が差し込んできている。
今日は特にこれといった仕事などはないらしくジンもウォッカも自宅に戻りリラックスモードだ。

昼夜逆転の生活リズムを慣らすべく、このまま夜まで起きていようとすでに押し寄せてくる眠気に抗いながらジンの言葉を待つとジンの口から出てきたものは想像内のモノとは全く違うもの。


「今日」
「うん」


ジンは少し黙り、リレの金の瞳を見つめるとそっと目を細め

「少し出かけるぞ」

そう一言。
「出かける」
ポツリと言葉を繰り返せばジンはタバコを口に咥えソファーに深く座り煙を吐き出して続けた言葉は


「少しこの辺の地理を覚えとけ」


ということらしい。
言われてみれば、確かに“こちら”に来てから3ヶ月と少し経っているのだがジンに引っ付いて歩いているだけで、僕はこの辺りを知らなさすぎる。
ジンの提案も尤もだろう。
リレは2つ返事で頷いた。

しかし出かけるのは今ではないのだろう、煙を吐き出しながら携帯をテーブルに置き足を組み換えているジンの横に座るリレは、ジンを見つめつつソワソワとしてしまうのはいつものスタイルではないジンを見ることができるというモノ。

もちろん無愛想でぶっきらぼうには変わらないがそうではない。ジンの私服を見ることができるというソワソワだ。

高身長に長い前髪の隙間から見えるモスグリーンの瞳は邪魔するやつは消し去るといっても過言ではないほどに邪悪なものだがそれ以上に格好いいのだ。

休日スタイルのジンを見ることができたのは指で数えても足りるもの。少し休んで欲しいと思っているけれど、今日、今、その言葉である。
嬉しくて仕方ない。

そうしていればジンは早々に1本吸い終えると欠伸をしたジンは立ち上がりキッチンに歩きリレもそれについていく。


「お前も飲むか」


その問いかけに一瞬お酒だろうかと考えてしまうがジンの手にあるものはコーヒーの瓶。それもそうだ。
たとえ後だとしても飲酒した状態で外は歩くことはしないらしいジンに冷蔵庫から牛乳を取り出しカフェオレだと主張する。

3ヶ月、離れて生活なんてしていないのでが牛乳を入れたコーヒー、というかカフェオレしか飲まないのは分かっているそれを含めての問いかけだ。

ジンはケトルで湯を沸かし、リレはレンジで牛乳温める。

そんなことをしながら朝を楽しみリレはカフェオレを飲み干しコップを置き、息を吐く。ジンの部屋には時計が無いためリレは携帯を開き時刻を確認する。
まだ7時を少し回ったところであるが、大体の人間の活動が始まっており、上階であるジンの部屋のベランダから外界を見下ろした。
そこにはやはり行き交う車が増え、まばらで米粒のような人影も見える。ほんの少しの眠気もあるが、それ以上にジンと一緒に散歩するのが楽しみで心が弾んでしまうのは仕方あるまい。

リレはあっという間にカフェオレを飲み干してあるがジンはテレビを見ながらゆっくりと濃いブラックコーヒーを飲んでいる。
ジンこだわりコーヒーだが、一度だけ飲ませてもらったその苦味に思わず眉間にシワを刻んでしまったの記憶に新しい。その際、楽し気にジンの頬が上がっていたのも忘れてはいない。

そんなことを思い出しながらベランダから下を見つめていれば

「リレ」

と、ものすごい近くで声が聞こえ驚きながら振り返ればジンがすぐ後ろに立っており、その眉間にはかすかにシワが寄っている。
一体どうしたのだろうか。
口を開こうとすればそれよりも先にジンが口を開き


「あっちに行きてぇのか」


そんな低い声と冷たい響きにキョトンしながらどういう意味だろう、よくわからないと首をかしげる。


「後で行くんだよね?」


もしかして僕が意識する前に今日の外出は中止するとかそういうことがあったのだろうか。だとしたら僕はジンの言葉をちゃんと聞いていなかったことに繋がってしまう。そんなの許されるはずがない。

慌てて言葉を紡ごうとすればなぜかジンが目を見開きほんの少し自嘲気味に笑うとリレの頭をぐしゃりと撫でながら

「そうだな」

と呟いてる。本当にわからない。一体何があって今の言葉なんだろうか。
そうぐるぐると考えていてもジンが答えをくれる様子もなく室内に戻って行くる背中を、首を傾げながら見つめてしまった。
そして考えることにする。

ジンの『あっちに行きてえのか』あっち、とは、どっちだ?

ジンの様子と言葉から方向を指しているわけではないだろうし、ジンが見下ろしたのは 下の世界。

あっちに行きてえのか…あっちに行く…あっち……

もしかして、普通に生活してぇのか、そういう問いかけだったのか。もしそうだとしたら今の態度と口調からすればリレという『僕』を手放したくないそういうことだろう。

そう自惚れてもいいのか不思議に、けれど嬉しさに頬が緩んでしまいリレはベランダから室内へと足を向ける。


「ジーン!」
「何だ」
「へへ、何でもない!」


そうリレはへにゃりと笑いジンの腰に抱きついた。そんなリレの行動にジンは不思議そうにしながらも満更でもないように口端を吊り上げ、リレの頭をぐしゃりと撫で呟いたのは、


「意味がわかんねえやつだ」

というもの。
それはジンにも当てはまりそうだが、よく言って真っ直ぐの道も歩いていたのだからリレのこの行動の意味は一瞬では理解できないのだろう。
よく分からないのはきっとお互い様。
お互いにお互いを補っているように過ごしていたのだから余計であろう。

そうしてリレはもう一度ぎゅうと腕に力をこめ笑いかけながら体を離 テーブルに置いてある空のコップを洗うことにした。そうしていれば背中にジンの視線を感じコップ二つを洗い、すぐ振り返り、ソファに座りながら見つめてくるジンと視線を絡ませた。


「何?」


そんなリレの問いかけに、ジンは少し笑い

「こっちに来い」
と口にする。

それに従い近寄ればジンはリレの腰を引き寄せ膝の上に座らされリレは今一分からず首をかしげてしまう。

ジンは楽し気に目を細めると
「運動するのもいいな」
と呟いた。

再びのジンの言葉への疑問に首を傾げればジンの右手がスッとリレの背中を撫で、リレはすぐそこ言葉の意味に気づき言葉をもらしてしまったが ジンは笑ったままでありリレは顔に熱が集まるのを感じてしまう。

そういえば ジンに抱かれてから珍しくも1週間経っていて、正直、今夜か、今夜かと思っていたのも確かだ。
決してジンに抱かれるのを待っていたわけではないがドキドキとしていたそれだって確かなのだ。
真っ赤になって硬直したリレにジンは低く笑い


「まあ、後だな」

と。
す……するのか……。









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