この世界で迷子の僕を(全80話)
ジンとウォッカとともにアメリカで過ごして一週間が経ったが、あの日以来ジンがリレに触れるようなことはないけれどジンが目を覚ますたび、リレの寝顔を見つめているのはリレの知らぬところ。
そして今日も大きく欠伸をしながら目を覚まして起き上がればジンがベランダでタバコを吸っている。
もう一度欠伸をしてベッドを抜けて顔を洗ってからジンのいるベランダに向かう。
「ジン、おはよう」
そうジンの背中に声をかければジンは煙を吐き出しながら振り返り
「よう」
と笑いかけてきてリレもつられて笑う。
確か今日は帰国する日だった気がするけれどジンは随分とまったりしている。まあ昨日の夜食事をしながらやることはないから昼の便で帰国だとは言っていたので、リレもジンが動かなければ動くことはなくリレはジンの横で朝の風を感じている。
そんなリレを見下ろしたジンはリレの頭を撫でてきた。
リレがジンに拾われてからおよそ一か月。
ジンはリレの頭をグシャリと撫でるのが手癖のようになってきていて、その強さや乱雑さで機嫌が分かってしまう。
今朝のジンは機嫌がいいようだ。
ジンの煙は風に流されリレの頬をくすぐり
「戻ってろ」
と言われてしまうがそれに小さく頷きながらリレはジンの側を離れることもなくジンはもう一度笑うと目を細め再び頭を撫でられる。
それに満足したリレはジンに笑いかけ室内へと戻り服を着替え洗面所で髪を整え歯を磨きジンの元へと戻る。
そしてジンもタバコを吸い終えたようでベランダから戻ってきてコートを身にまとい帽子をかぶりすでに部屋を出る準備が整っている。
「行くぞ」
「うん」
と頷きジンからコートを受け取ると袖に腕を通して二人して部屋を後にした。
もしこれが旅行だとしたら色々な所へ出かけたり観光なんてしいたのただろうが、生憎ジンから離れる気もないし離してもくれないだろう。
そんなことを考えながら二人してエレベーターに乗り込み携帯で時刻を確認するともうすぐ8時。ご飯は食べるのかなと考えていればエレベーターはすぐロビーにつきエントランスのテーブルの一つにウォッカが座りコーヒーを飲んでいる。
いつも思っていたけどウォッカって、ジンが来るどれくらい前からいるのだろうかと思うがそれがいつもなのだろう、二人は、というかウォッカとリレだけが
「おはよう」
と声を掛け合い
「リレ、朝飯は食うか?」
そうウォッカに問いかけられる。
「うーん…ジンとウォッカに任せる」
僕も別にお腹空いてるわけでもないしジンもウォッカも朝は食べない派らしい。
いや僕が食べようと促せば二人はそれに付き合ってくれるのだからあまり悪人にも思えない。悪人だけど。
ジンは何も言わずウォッカも少し悩んでいたがすぐ顔をリレに向け
「軽く入れておくか」
そう呟いてくれるウォッカは優しい。そして3人でテーブルにつきながら朝食としてパンとエッグに口をつけもぐもぐとしていればジンはコーヒーを飲みウォッカとの何事かの話しをしていて、それを耳にする気もなく食事を済ませておく。ウォッカは二杯目のコーヒーを、ジンは濃いコーヒーを口にし、リレは紅茶で口の中をスッキリさせて
「行くぞ」
そうジンが立ち上がった。リレもウォッカもそれに倣い立ち上がり一週間お世話になったホテルを後にした。
ウォッカが頼んだのであろうタクシーに乗り込みすぐ空港に行くのかと思いきやジンとウォッカが向かった先は空港ではなく何かの店。ここはおそらくコーヒー、そうコーヒー専門店であろう、外装にコーヒーの文字があるのだから確実だ。
タクシーの運転手に待つように指示したジンはウォッカとリレとともにタクシーを降り開店している店の中へと足を踏み入れた。
ジンってコーヒー好きなんだ。そういえば前にコーヒーをホテルの一室で飲んでいたけど口に合わなかったようで顔をして飲むのをやめていたような……?
そんな事を考えつつ店内にぎっしりと詰まっている、というか棚ぬ所狭しと並べられているコーヒーを興味深そうに眺めているリレを余所にジンとウォッカは店の奥へと入ってしまい慌ててリレは追いかけた。
店内いっぱいに広がるコーヒーの香りを纏い、ジンとウォッカは一体?としてジンの背中越しにちらりと見れば店の奥から老齢の男が姿を見せて
「あぁ、あんたたちかい」
なんて声が聞こえてきた。
アメリカの地で日本語と考えていれば、その男と目が合いがリレは背筋をゾクリとさせジンとウォッカの背後に隠れる。
なんだあの目、気持ち悪い。
深い目の奥から人のことを見透かしてくるような例えようのない不快感が全身を震わせ男は小さく笑った。
「綺麗な金の瞳の子猫ちゃん」
そんな声が耳に届き、ジンはリレの背をそっと押して男の前へと押し出される。
上から下へと舐めるように見てきた男の目を見たくなくて顔を反らしていれば
「なかなか勘がいい子なのかもしれないね」
なんて声が耳の奥まで響き、リレは耐えきれずジンを振り返りジンの後ろへと戻ってしまった。もしこれでジンに何かを言われても甘受するしかないけれどジンは何も言わずリレを己とウォッカの背に隠すように動いた。
「随分と」
そこで男は言葉は区切り、
「大切にしているんだねぇ、面白い」
クっと笑ったその音にゾクリとしつつジンのコートを掴みひっついていればジンとウォッカが男と二言三言と言葉を交わし
「それじゃあこれを、」
頼んだよ、ジン。その言葉を最後にジンとウォッカは男に背を向け店を後にしてリレも男の視界から逃げるように店を出てタクシーに乗り込んだ。
ウォッカは前、ジンはリレの横に腰を落ち着けると男は窓越しからチラリとリレを見やり
「そんなに警戒されるとねぇ」
そこでジンはドアを閉め、男の口の動きだけで知ったのは「傷つくよ」というそれ。
確かに初めて出会った人間に僕のような態度をされたら多少なりと気にしてしまう。車が動くまでの本の一瞬だけリレはジンをまたぐように顔を窓に寄せ窓は開けないが男を見つめポツリと一言
「ごめんなさい」
というそれ。そんなリレの態度に男は少し驚いていたが赤い舌をちらりと見せて笑ってくれた。
少しは、心を楽にできたかな……。
ゆっくり動き出したタクシーと去っていく男から視線を反らし座り直すとジンの手が伸び、リレの頭をポンと撫でてくれる。まるで労るようなそれにリレはくすぐったそうに笑い、これは尋ねていいのだろうかと思いつつジンに尋ねたのは
「さっきの人は、誰…?」
と。
ジンは少し考える仕草をするとリレを見て、
「ブローカーだ」
と返ってきてハッとする。それってもしかしてもしかしなくても白い粉とかそんな感じじゃないですよね、ジン、ウォッカ……?
そんな不安そうなリレの視線に気づいたジンは低く笑い
「お前が関わるのは今日が最初で最後かもな」
なんて言われ、リレはキョトンとしつつも「分かった」と頷いておく。
最後は申し訳ない気分であったが、リレの脅えはジンにしっかりと伝わっていたようでつまりそういうことだろう。リレはヘラリと笑うと
「ありがとう、ジン、ウォッカ」
そう口にし、ジンのコートのポケットに入っているであろう謎のモノは気にしないことにしようと窓の外を見つめ続ける。
時刻はもうすぐ10時になっていき、そうしして空港へと辿り着き3人で颯爽とタクシーを降り空港の中へと入りウォッカがチケットを受付に渡しジンの元へと戻ってくる。
飛行機が出るまでもう少しある。そうしてジンに買ってもらった紅茶を飲んでいれば遠くでなんだか見たことのある……毛利蘭と工藤新一ではないだろうか。
嫌なニアミスをしてしまった気になり視線を下ろせばジンがリレを見下ろし「どうした?」と。
「ううん、何でもない」
その言葉はちゃんと出てくれたであろうか、ジンは少しだけ僕を見つめるが「そうか」と頷きウォッカと話し始めた。
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