この世界で迷子の僕を(全80話)



ほんの微かな揺れと浮遊感、そして温もりに、落ちていた意識が少しずつ浮き上がりぼんやりとしながら重たい目蓋を持ち上げた。そこにあったのは銀色の前髪からちらりと覗くジンのモスグリーンの瞳。もちろんジンはリレが目を覚ましたことに気づいておらず、リレはリレで今の状況を整理しようと考えるが思い当たるのはひとつしかない。

ジンの車で寝落ちてしまった。それしかない。

ジンに目を覚ましたことを伝えるべきか、それともまだジンの温もりに身を預けておこうか、そう考えていても目蓋は再び落ちてくる。答えは簡単だ。寝よう。寝て、ジンに身を任せようとリレは再び目蓋を下ろし二度目の心地よい眠りの世界へと旅立つことにした。それでも本の少し身動げばジンの肩に頭を寄せれば上から

「起きたのか」

という言葉が聞こえてきたが右から左へ。
目を開けずジンの硬い腕の中はジンが吸っているタバコの香りが鼻先をかすめ、それをそっと吸い込む。当然だかジンの香りだ。それがくすぐったくて思わず小さく笑ってしまい

「リレ」

という言葉が投げかけられた。そうすればもう寝たふりになんてできない。そっと瞳を開けばジンがリレのことを見下ろしており、しかしその歩みは止まらない。 しかし起きたからには自分で歩くべきだろうと判断したリレはジンの腕の中で小さく身動ぎ下りる意思を見せてたけれどジンはリレを下ろす様子も見せず小さく笑い歩いている。
そういえばここはどこだろうと思っていればそんなリレの考えを悟ったように
「ホテルだ」と。
その言葉を聞き、そういえばそんな感じの雰囲気だなと思い欠伸を漏らしながらコテンとジンの肩に頭を当て「前にいたホテルではないね」とつ呟いた。

「ここは組織の息がかかっているホテルだ」

ジェイコブ・ロウもホテルの最上階に控えている、と。
それはつまりジンかウォッカ、あるいはその両方がジェイコブ・ロウの護衛に付くということだろうか。
ジンは歩き一室の前で立ち止まると器用にもリレを抱いたまま部屋の鍵を開け室内へと入り込んでいく。ここまで来るとさすがに降ろしてくれるだろうと思っていればジンが降ろしたのはふかふかのソファーの上。そっと降ろされた時ジンの髪がサラリと流れリレの頬をくすぐり思わずリレは小さく笑ってしまいジンは訝しげにリレを見下ろした。

それでももう気にした様子もなくジンは帽子とコートを脱ぎ捨てながらリレの横に腰を下ろしタバコに火をつけているがそれ以上のアクションもなく、リレは同じようにコートを脱ぎソファーの背へと投げ掛け

「僕どれくらい寝てた?」
「そんなもんいちいち覚えてねえよ」


それもそうかジンがわざわざ僕が眠りについている時間を数えているはずはないし目を覚ましてジンがそこにいればそれでいいだろう、深く考えるのはやめにした。


「今日はもう出掛けないの?」
「今のところはな」


そっかと返してお腹がグゥと鳴る。そういえば今日は何も食べていない。お腹すいた。 空っぽの胃は眠る前に公園の植え込みに(胃液だが)吐き出してしまっているしその後すぐ寝落ちだ。お腹がすくのは当然だろう。空腹を訴え始めた自身の腹部を押さえちょっと困ったようにジンを見上げれば、ジンはたった今鳴ったリレのお腹の音に笑い

「ルームサービスでも頼め」

と煙を吐き出した。その言葉にリレは立ち上がるとテーブルの上に置いてあったメニュー表を見て何を食べようかと考える。ほぼ何でもあるが無い。どうせ食べたらすぐ眠るだけだろうけどさっきまで健やかに眠っていたのだから眠気なんて来ないだろう。
うどんがある。

「ジンも何か食べよう?」

そうメニュー表から顔を上げればジンは酷く面倒そうな表情で携帯を操作しておりリレは黙って待つことにしたがジンは頭を上げ「好きにしろ」と。
じゃあうどん二つにしよう。
そう考えいたり、備え付けの受話器を手に取りルームサービスでうどんとウィスキーを頼みガチャリと受話器を置けばジンも携帯から顔を上げたままリレを見つめており、コテンとリレは首をかしげる。そうすればジンは一言。

「お前、飲めるのか」

というもの。もちろん飲まない。だがジンは飲むだろう。いや、余計なお世話になったかもしれない。そう気分が下へと落ちてしまいそうになっていれば、ジンはタバコを灰皿に押し付けを火を消し

「俺が飲むと思ったんだな」
「…うん」
「飲みに行く手間が省けた」


そしてジンはリレを見下ろすと頭をぐしゃりと撫でる。そうして深く腰を下ろし


「昨日から今日にかけてよくやった」


突然そんな言葉がジンの口から漏れ驚いていればジンはリレを見ることもなくタバコに火をつけ吸い始めている。本当にジンの肺を心配してしまうがもう今更だろうなとジンを見つめていればリレのその視線に気付いたジンは、タバコを口から離しリレに差し出してきた。

これってつまりそういうことだろう。

ジンは口端をり吊り上げ笑っておりそうしてリレはタバコを受け取り躊躇いながらも軽く吸い込んだ。


「んぐっ!ゲホゲホ…!」


苦い煙が肺に入り込み本の少しであったがリレは咳き込みジンは低い笑い声を上げの足を組み直し


「お前には向いてねえんだよ」


と。だったら渡さないでほしい。そんな事を考えつつもまだ軽く噎せていればピンポンと音が響き、次いで聞こえてきたのは

「ルームサービスです」

というもの。ジンはタバコを灰皿に置くと「動くな」とリレに指示し入り口へと足を動かして扉を開ける。そこにいるのは当然だがホテルの従業員で

「入れ」

と口にしたその言葉で従業員は小さく頭を下げテーブルにうどんとウィスキーを置き、「では」失礼します、ごゆっくりと去っていく。
熱々のうどんからのほんのりとだしの優しい香りが空腹のリレの腹を刺激してくれて、リレはソファーではないテーブルにジンと自分の二つのうどんを移し

「ジン、食べよう!」

そう声をかける。

「ああ」

そう 頷いたジンはタバコを吸いきるとリレと同じように椅子に座り二人してうどんで口をつける。


「あ…っつ……!」


そう呟いたリレにジンは低く笑いながらもうどんをすすりほんのしばらくは二人がうどんを食べる音だけが響きわたっていて、だ。リレはうどんに息を吹きかけながら汁までも飲み干し

「美味しかった、ごちそうさまでした」

と手を合わせた。そんなリレを見つつジンは時計を見上げ息を吐き出しソファーへと移動し、リレもそんなジンについて歩きジンはグラスにウィスキーを注ぎ口に含んでいる。


「飲むか?」 


そんな楽しげな声につられ手を出しそうになってしまったがその気持ちを押し止め首を振る。ウィスキーなんて飲んだことないしなんだか度数が強い気がしないでもないとリレはボトルを持ち上げじっと見つめれば、想像通りの高い数値に表情が引きつりそうになりそっとボトルをテーブルの上に戻した。


「一口くらい付き合え」


…ジン……未成年……に。

そう言いそうになったが元よりジンにそんなことは少しも関係ないらしく、リレはグラスを受け取り口に含みそして飲み込んだ。
熱いものが喉を通り胃に到達したのは感じるのと目がクラクラ回るのは同時でありその後のリレの記憶はなく、ジンは二度と飲ませまいと、しかし大層笑ってしまった。








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