この世界で迷子の僕を(全80話)



陽は完全に昇りきりウォッカが運転する車の中でも太陽の明かりが差し込んでいる。ウォッカとジンは何事かを話し込んでおり睡眠時間のなかったリレは1人後部座席で大きく欠伸をしつつぼんやりと二人の後ろ姿を見つめてしまうが、二人はそんなにリレに気づくこともなくつい先ほどシェリーから受け取った錠剤を取り出し笑みを浮かべながら見つめそしてそれをコートのポケットにしまい込む。

たった今“笑む”と称したが実際にはそんなに可愛いものではなく邪悪なもの。しかしそんなジンの笑みはリレやウォッカからしたらいつものこと。いや組織全員もいつもの事なんだろうか、まぁいいだろう。きっとジンはあの錠剤を誰かに飲ませて殺害するつもりなのだろうがリレにはどうでもいい。リレにとって大切なのは“ジンの側に入れること”ただそれだけ。

しばらく走った車はどこかの公園にたどり着きジンとウォッカは車を降りリレもそれに倣って車を降りればジンがチラリとリレを見つめそっと眉間にしわを寄せるのは、来てほしくないということに違いない。こんな時間だというのにこの公園には人の姿はなく不意にジンの携帯が音を奏で振動する。

「俺だ」

ジン…名乗りなよ…一瞬そんなことを考えてしまったがすぐその思いを消し去り二言三言会話をするとジンは通話を終えたようで携帯をしまい再びリレをチラリと見る。


「車で待てるか」
「…どれくらい…?」


ウォッカは時計に視線を落としジンに向かって「約束まであと5分です」そう呟き、ジンは本の少し考え
「最高20分」
どうだ?と。

しかしリレは泣きそうな表情でジンを見つめ首を振る。そんなの無理に決まっている。だがリレがいては差し支えてしまうのは容易に想像できるものであり、ジンはジッポをリレに差し出した。リレはそれを受け取るが沈んだように視線を落とし俯いてしまう。

ジンの邪魔はしたくない。だけど僕はジンの側を離れると吐き戻してしまう。どっちに転んでも僕という存在はただジンの邪魔になっている。いっそシェリーから受け取っていた錠剤を一つもらいこの命を消してしまうこともありだろうか、いやそれも迷惑にしかならない。

耐えるしか、ないだろこんなん。

今にも泣きそうなリレだがジンのジッポをぎゅっと握りしめ小さく頷き、それでもと車の脇に立っているのでもいいと訪ねかければジン少し悩むとリレの頭をぐしゃりと撫で

「どこにも行くな、話しかけられても黙ってろ」
「うん」

妥協してくれたジンは、やはり優しいではないかとリレはへらりと笑いウォッカも同じようにリレの頭をポンと撫でる。


「いってらっしゃい」


そのリレの言葉に二人は一瞬止まるがすぐ小さく笑い

「耐えられなくなったらウォッカにメールを送れ」

と。
リレは小さく頷き公園へと歩いて行く二人の姿を見やりその場にズルズルと座り込む。
室内ではない所で待つのはこれが初めてかもしれないな、などとのんびりと考えていてもジンと離れてしまったという重く深いストレスが胃にくる。
ジンとウオッカが行ってもまだ1分も経っていなくて、長くても20分、早くてもの時間は言ってくれなかったそれに気づき、本当は短くて20分ということかでもしれない。
それに思い至った瞬間グッと 吐き気がこみ上がり腹部を押さえながら下唇を噛みしめ耐える姿勢に入り強く強く目を閉じた。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、吐きそうだ。

さすがに車の脇で吐き戻すわけにもいかないだろうとふらふらと立ち上がり公園入口の草むらまで歩いて行く。
この場所からはジンとウォッカの姿を見ることはできない。二人が行ってからまだ3分。自分としても、もう少しは耐えられるようになりたいがどうにもならない。
ストレス性なんて言われたが一人になるという事がストレスでなのだろうか。もしそうならば僕はずっとジンと人生を共に過ごさなければいけないということなのか。それは僕には問題はないが。

そう本の少しだけ吐き気から意識が遠のいてしまったがすぐ吐き気が襲ってきて、こみあがる胃液に更に強く唇をかみしめそのまま植え込みに吐き戻してしまった。


「う"え"ぇっ……」


痙攣する腹部、胃液が喉をヒリヒリと刺激しボロボロと涙が溢れ出してくる。

「お"え"…」ん、ぐ、と息を飲み、吐き、吸い、落ち着こうとしてもそれは本の少しも叶わない。
「ジン、ジン…」

そう呟きながら何度も何度も嘔吐き、空気までも吐き戻す。

静かな朝と静かな公園にそぐわない嘔吐の音は、果たしてジンとウォッカには届いているのだろうか、できれば届いてないと嬉しい。

荒く息を吐き出しボロボロと流れる涙を拭いそして顔を上げてもジンとウォッカもいない。よかったけど少しも良くない。苦しい、辛い、痛い。ガタガタと震える肩と腹部そして全身の力が入りこわばってしまい小さく嗚咽を漏らしながら空気を吐き自身の吐瀉物を避け植え込みにある木に寄りかかり息をする。

何度も吐き戻したせいで震え固まっている体にムチを打ち携帯を取り出した。ジンは耐えられなかったらウォッカにメールを送れと言ったが邪魔したくない。吐きすぎて目眩を感じていれば不意に携帯が震えそれを手に取りながら立ち上がれば画面には非通知とあり疑問に思いながらそれでも出ることはせずポケットにしまい込む。
袖で涙を拭いて車に戻れば遠くにジンとウォッカの姿が見え、それだけで先ほどまでの不快感が消えていく。
離れていてもジンが目に入っていれば大丈夫なのかと新しい発見をしながら大きく呼吸を繰り返しジンのジッポを握りしめる。
そして遠目にジンを見つめていれば黒いスーツの老齢の男がジンとウォッカに近寄り話をしていてそして老齢の男はジンにアタッシュケースを渡し、ジンは何か小さなのモノを差し出している。

あれはきっとシェリーから受け取っていた薬ではないだろうか。老齢の男はそれに手を伸ばし何度も何度も頭を下げ去っていきジンとウォッカは老齢の男を見送ることもなくこちらへと戻って来て、二人は小声で話しつつ歩きリレに目を向けた。


「リレ、何もなかったか?」


それは「吐かなかったか」ということだろうか。残念ながらジンの想像通り近くの植え込みに戻してしまっているしそして「あ」と思い出したのは非通知の着信。
リレの目の前まで来たジンはリレの頬と目元に手を伸ばし触れてきて

「駄目だったみたいだな」

と呟いて、ごめんなさい、ぽつりと呟きジンから視線を下ろせばしかしジンはリレの頭を撫で他に何かあったか?と問いかけてきてリレは携帯とジッポを取り出し

「非通知から電話がきたけど」

出なかった、と。
ジンはリレの携帯を手に取ると

「ウォッカ」
「へい」
「ホテルだ」
「へい」

ウォッカは運転席に座り、ジンはダッシュボードから何かの機会を取り出し携帯に差し込むと何かを調べている。
リレの番号を知っているのはジンとウォッカだけ。そこに知らない人間、それも非通知でかけてくる奴なんているはずもないだろう、間違い電話ならまだしも、こんな早朝である。ジンが不審に思うのも頷ける。

「ホテルの前にラボだ」

そう呟いたジンの声のトーンはものすごく低いもの。それにウォッカは小さく息を飲み、スルスル車を発進させた。そんな二人を見つめるリレは本の小さく笑い、椅子に背を預け深く座り息を吐き出し、ズンと襲いかかる眠気に耐えられずそのままリレは眠りに落ちてしまった。










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