この世界で迷子の僕を(全80話)
ガクンとした揺れにハッとしてリレが目を覚ませば、リレの横ではジンが帽子を深く被り眠っている。が、ジンも同じように電車が停止した振動に目を覚ましたようだ。
「ジンおはよう」
欠伸をしながらもジンにそう声をかければジンはいつものように「ああ」と返してきたが正直ジンの機嫌はあまり良くはないらしい。
時刻は夜中の3時を示しており、リレはもう一度欠伸をすると目を少しこすり、起きの体勢をとって立ち上がったジンの後を追いかけ電車を降りた。こんな時間の都会である。人の姿なんてありもせず歩いて行くジンの後ろを行きジンは駅前のロータリーに停止してあるタクシーに乗り込んだ。そして次の目的地である建物の名を口にしタクシーはゆるゆると動き出す。
どこに行くのだろうと考えてもまあジンの側にいられるなら正直な話どこでもいい、と、そうしていればジンは携帯をいじりリレはジンに返してもらっていた携帯でジェイコブ・ロウという名前を検索しようと思ったがなんとなくそれは憚れてしまい辞めた。
しかしタクシーの運転手はこんな怪しさ満点の人間にどう思っているのだろうとも思うけれどそれもどうでもいいだろうと座席に背をを預け大きく欠伸をしてしまった。眠い。
中途半端な睡眠であったため余計に眠い。そんなリレに気付いたジンはリレをチラリと見下ろし頭をくしゃりと撫で
「少し、起きてろ、を確認してもらいたいことがある」
と口にされる。僕に確認してもらいたい、そんな事柄なんて一つしかない、翻訳だろうな。
しばらくジンは携帯を操作していたが少ししてジンは携帯の画面に表示されている文章を見せてくるとやはり
「訳せ」
と。そして
「急ぎだ」
その言葉に眠気は吹き飛んでしまいジンの携帯を手に取りもう片方の手で翻訳した内容を自分の携帯に打ち込んでいく。そうすれば時間なんてあっという間だろう。ジンの携帯の画面に表示されているのはイタリア語でジェイコブ・ロウの名前や他の人間の名前も挙がってるが恐らくこの人物もジェイコブ・ロウに関係しているのかがよくわかる。
麻薬の売人に武器の密輸、それで人身売買。それに対して眉間にしわを寄せしまうのはまだリレが完全に黒に染まってないからだろうが、いやリレが黒に染まることなどあるのだろうかそんな事はきっとジンにしたらどうでもいいのだろう。だがギリギリでまだジンはリレの前で人を殺めているところは見せていないのだから多少の配慮はしているらしい。それがいつまで続くのか。
暗い中互いの携帯を見つめ続けていれば目が疲れるのも当然のこと。リレは一旦目を離すと強く目を瞑りもう一度もう携帯での翻訳を終わらせた。
「ジン、できたよ」
「いい子だ」
ジンに携帯を渡せばジンは口端を少し吊り上げ笑い、リレの頭を軽く撫で訳し終えたリレの携帯に視線を落とし読んでいる。
そんなジン達に気を使ってか運転手は口を開けることもなく目的地へとたどり着いた。ジンは万札を渡し「釣りはいらねえ」そう呟き、リレと共にタクシーを降り、一つの大きなビルのエントランスに足を踏み入れた。
エントランスのカウンターに立ってるのは西洋風の顔立ちの女性であり、ジンはその女性に何事かを呟きリレと共に奥へと通される。そこにあったのはたくさんのパソコンと携帯にプリンター。どこか国外への連絡をする中継地点のなのだろうか。パソコンなどの機器と一緒に様々な国の人間たちがパソコンの前に座っておりただただ無言で作業をしている。そして歩き出したジンはさらに奥の部屋へと足を動かし応接間のようなそこにはやはりパソコンが一台。
「リレ、今からしばらく俺が読み上げる内容を全てイタリア語で訳せ」
パソコンに打ち込むということだろう。リレは椅子に座り既に立ち上げてあるパソコンのパスワードを入れ文書を作成する。
「ジン、いいよ」
そしてジンは日本語の言葉を口にしてリレはそれを必死に訳し打ち込んでいく。
なんと言うか、こうして組織に深く関わってしまうようなはっきりとした仕事と言うか作業をさせられるということは、ジンは僕のことを信頼してくれているということであろう。嬉しい限りだ。
そ
んなことを考えられているのは最初のみ。リレはジンの言葉を訳すことでいっぱいいっぱいになってしまい、しんどくなりながらも操作する。
待って、待って。一瞬止まってしまったった手にジンが見逃すことなく「どうした」と。
「少し追いつかなくて、ごめんなさい…」
ポツリと謝ればジンはしかし少し悩むと息を吐き
「どこまで訳せた?」
「大丈夫、大丈夫。行けた、少し追いつけなかっただけで訳し終えた」
「そうか」
そして再びジンは口を動かしそれをまた同じように打ち込んでいくが本の少し言葉がゆっくりになってくれたのはジンの優しさだろう。
しばらく、どれほど経ったのか最後の一言を話し終えたジンはリレの背後に立ちパソコン画面を見つめ「ほう」と粒やいたのは、英訳もしたのかというそれ。
さっき立ち上げた時に英訳アプリもあったのでそれはもう勝手にだがどのアプリも同時に立ち上げて作業していたのだが、ジンのお気に召したらしい。
イタリア語が分からないらしいがジンは日本語と英訳に目を通しつつ携帯を取り出し誰かに連絡を取ってるがどうやら相手はウォッカらしい。
「お前はシェリーの所にいろ。こっちは別件で動く」
詳細はすぐ送る、あの方からの許可は得てある。そんな言葉がリレの耳に入り、いつのまにと思ってしまうがもしかしたら僕が電車の中で寝ている間に何事かのやり取りがあったあったのだろう。皆寝ないのかな。ちゃんと寝た方がいいよ。
そんなことを考えながらをパソコンから視線を上げてジンはファイルをコピーしどこかへと送信しているがずっと今までの事を考えていればそれはきっとジェイコブ・ロウ、それに関する人間にであろう。ジン素早い指さばきでメールアドレスを打ち込みディスクに取り入れつつCD ケースに収めている。
「行くぞ」
「うん」
そしてジンと共に部屋を出て建物も出れば黒い車が停車している。ウォッカではないのは確かだがジンは本の少しの躊躇いもなく黒い車に乗り込み入ればリレも後部座席へと乗り込むと運転席にいた人物はジンに微笑みかけ、リレをチラリと見ると眉を寄せフイと顔を反らす。
「どこへ?」
「第2部署だ」
「了解」
その人物は女はもう一度チラと微笑むと車を発進させた。そして女はジンをチラリチラリと見つめながら車を動かし
「ねえジン、あなたちゃんと眠ってる?」
なんて言葉をかけているがジンは特に何事かの返答をすることもなく携帯を操作しつつタバコに火をつけた。大きく吸い込んだらしくパチパチとした火が爆ぜる音を小さくもらし、煙を吐き出した。それはかすかに開いている窓から夜闇に流れていきジンは携帯を差し出してきた。
「多言語とキーボードアプリを入れといた。お前なら存分に使いこなせるはずだ」
と言われ、それを受け取りつつ「うん」と頷き携帯を操作した。そこには確かに様々な言語があるアプリが入っておりしかし翻訳機能は付いていない。このアプリがあるならしゃべって翻訳!なんて物があってもいいだろう黒の組織いや、全世界。
まああったとしても世界での主要都市しかないのだろう、それに僕がいるということはそれが手間になっていなかったということで、ジンの役に立ってるのだとしたら精一杯頑張りたいと思う。
それにしても車を運転している女はそれはもう色々とジンに話しかけているがジンは一切の返事もなくタバコを消費していてちょっとだけジンの肺が気になってしまうが気にしないでおこう。
「ところでジン、この子誰かしら」
女がさしたのは誰とは言わず僕のことだろう、誰かしら、そう口にした言葉は本の少し力が入っておりしかしジンはその言葉も無視していて、リレは居心地の悪さを感じてしまった。そんな僕に気づいてかそうじゃないのか煙草をシガレットケースに押し付けて
「テメエには関係ねえことだ、黙ってろ」
そう低く低く。
そこでようやくジンの機嫌があまり良くないことを悟ると焦ったように、ごめんなさいジン、と。
そういうところだぞお姉さん。
ジンはもう一本煙草を取り出し口に咥え火を点け息を吐き出す。ジンの機嫌は良いものではないし女もようやくそれに気付いたようで、それでももジンの顔をチラリと見たりしており、そしてどれほどたったのか車を減速させ建物の地下駐車場へと入り、女はその車を停車させた。
「リレ、来い」
「うん」
そうジンはリレに声をかけたが女にはほんの僅かな意識を向けもせず歩き出し、リルもジンの背中にぴったりとついて歩く。それを女が憎らし気な表情で見つめていたということに気づくこともなく二人は建物に入りエレベーターに乗り込んだ。
「リレ」
「何?」
「今からお前に通訳をしてもらう。いいか、強い言葉と言い回しで俺の利益になるように訳して話せ、いいな?失敗許さねぇ」
そんな指示は一緒にいて初めてでありリレはそっと息を飲むとジンを見上げ頷いた。
強い言葉と言い回し。
できるだろうか、いや、しなければいけない。ジンを優位に立たせなければいけない。
そうしてジンに連れられるように訪れたのはビルの最上階にある豪華な一室。真っ赤なフカフカの絨毯を歩き、そこにいたのは西洋風の顔立ちの彫りの深い男の人。
『やあ、ジン』
と男は笑いジンはそれに返すこともなくリルを見下ろし
「リレ、こいつが」
ジェイコブ・ロウだ、と。
まさかそんなと驚いていれば ジェイコブ・ロウは、ジンの背後に隠れていた僕を見やり微笑むと
『随分可愛らしい子だね』
なんて粒やいておりリレはジンのコートを本の少し掴んだがジンを見上げ頷いたのはさう、大丈夫というもの。
『初めまして、ジェイコブ・ロウさん。通訳させていただきます』
地獄の三面が始まってしまった。いや、皆、寝る時間…。
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