この世界で迷子の僕を(全80話)



この地での最後の夜、ジンはウォッカと共に最上階のラウンジにあるカクテルバーに向かうと言い、リレそれはもう泣きそうな表情を浮かべジンとウォッカを見つめてきた。
と言っても最上階のラウンジは未成年禁止とは書いてもいないし言われてもない。それでも一応と尋ねかけたのは

「リレ、どうする」

というもの。そんなのもちろん行くに決まっていると、躊躇いながらもジンを見上げ

「僕、邪魔になるという?」

というそれ。
ジンさ小さく笑うとリレの頭をぐしゃりと撫で

「酒を飲んだことはあるか?」
「無い」


未成年の時は。
それは言わずに返せば「そうか」と歩き出す。
そうしてラウンジに訪れればそこは薄暗い明かりの中いく人かの人の姿もあり、ジンとウォッカは並んでカウンターに腰を下ろし、それに倣うようにリレもジンの横に座って腰を落ち着けた。


「ジン、ストレートで」
「ウォッカをダブルで」


それに「カシオレを」なんて言いそうになったがそれを押しとどめジンを見上げれば、ジンも少し悩み「カシスソーダ」と口にする。そしてリレにノンアルコールを頼みカウンターの向こうにいたバーテンは「かしこまりました」と頷きジンとウォッカを差し出し少し遅れてカシスソーダを目の前に置かれた。
ジンもウォッカも グラスに口をつけ、リレもカシスソーダを口に含み飲み込んだ美味しい。

ポツリと呟けばジンはチラリと笑いウォッカと何事かを話し始め、リレはカシスソーダと一緒に出してくれたチョコを口に含む。ほんのり苦くてそれでも甘く口どけなめらかなそれはきっとなかなかの値段なのだろう。

カシスソーダをちびちび飲みつつチョコもつまんでいれば不意に耳に聞こえてきたのはリレとジンの後ろの席にいる外国人の声と言葉。日本語では、ない。イタリア語だろうか。

思わず聞き耳を立ててしまえば彼らの口から出てきた言葉は

『ジェイコブ・ロウがあのパーティーに入るから、狙い目はあの会場だ』
『当然だ。奴を始末すれば必然的にブツもこっちに手に入る手筈だ』


二人は低く笑い、例の組織に貸しを作っておくのも悪くないだろう、と。

そういえば ラボで「ジェイコブ・ロウ」という単語を耳にした気がしないわけでもない。
確かその男は薬の売人で密輸は手広く持っているとかなんとか。そして耳を澄ましていれば男二人はさらに会話を続け来週のパーティーで消すぞ。僕はそっと息を呑み人ジンの袖を軽く引くとジンの耳元でそっと問いかけたのは「ジェイコブ・ロウ」の一言。

もちろん背後の二人には聞こえない程の小声であり、ジンは眉間に刻みリレに視線を向けた。そして一言、
「そいつがどうした」

というそれ。背後の二人は日本語を理解しているのかわからずリレは少し悩むと携帯を取り出しメール画面を開き文字を打ち込んでいく。その内容はつい先ほどから今にかけてまだ続いていく言葉。

背後の二人の言葉の翻訳が少し追いつかないが必死で記憶に残していき打ち込み続ける。

およそ10分であったかその情報量はとんでもないものであり低く笑いあった男たちは言葉を途切らせ別の話題に変えていて、ようやく打ち込んだ手を止めジンに差し出した。

ほんの少しジンは黙りこむと、もう話は済んだんだな、という事を耳元で囁きリレはコクコクと頷いたのはそういうこと。
ここでジンとウォッカが立ち上がれば二人の男の印象に残ってしまうだろうと悩み考えたジンは
「また怪しげな会話をしたら今みたいに教えろ」

そう呟きジンを飲み干してしまい、しかし二人の男はもうその会話を蒸し返すこともなくひとしきり話し終えるとラウンジから出ていてしまいまおいてジンとウォッカも立ち上がった。

銀髪をなびかせながら歩いていくジンの背を追い、ウォッカはジンとリレの部屋に入り

「さっきの会話、全部覚えてるな?」


と。本当に自分のこの語学力と記憶力はどうなっているのだろうか。そんな事を考えながらジンの手の中にはリレの携帯が握りしめられており、聞こえた会話の全てを話していく。
その間ジンは眉間に皺を刻んだままでありウォッカもサングラスであまりわからないが無言で同じく顔をしかめていたであろう。


「ジェイコブ・ロウ」

ジンはポツリと呟きリレの携帯は見たまま今も自身の携帯を取り出すと誰かに連絡を入れている。

「リレ、何語だった」

そのウォッカの言葉に
「イタリア語だったよ」

とリレは答えジンは英語で何とかの受け答えをしていて通話を切ると、それも苛立たしげに舌打ちをしながら携帯をポケットにしまう。


「東都に戻る」


ウォッカ、お前は酒を抜いてから車で合流しろ。場所は追って連絡すると口にし、「リレ行くぞ」とホテルの部屋を後にした。

悪いことしてるのに飲酒運転をしないんだよなぁという感想を持ってしまったがそれもそうだろう。飲酒運転で検挙されたらひとたまりもないだろう。

「ウォッカ、後でね」
「アニキ、リレ、気をつけて」

ジンは無言だがそんなのいつものことだとウォッカは気にせず、リレはもう一度ウォッカに手を振るとジンの背中を追いかけて行ってしまった。

それにしてもリレは本当にすごい。あんな多言語を理解する人間なんていなくなれば誰かが探ったりしてもいいはずだが未だもって誰も現れない。
一体いつどこで学んだのだろうその能力にぞっとしてしまったのは俺がまだまだということだろうか、まあいい。とにかく酒を抜かなければ俺は動けない。

恐らくタクシーであろうかそれを呼び電車に乗るのだろうな。
ウォッカは一人納得すると己の部屋に戻りつい先ほどリレが口にしたジェイコブ・ロウの行動予想を考えることにした。あいつが他の人間の手に落ちたら組織に不利益にしかならない。その前に消すしかない。

そう邪魔になったり組織のことを話される前に始末する。
きっとリレはそのことに気づいていないのだろうがそれでもリレからのこの情報は組織の役に立ちすぎる。兄貴はリレに名前を付けたがもしこれを機にコードネームをもらうとしたら、それこそアニキには利益にしかならないだろう。
とにかくリレはアニキに任せようとウォッカはスーツを脱ぎ捨てバスルームへと姿を消した。


「ジン、今の時間電車あるの?」
「ギリギリだな」

タクシーに乗り込み駅を指定したジンは携帯を操作しながらも呟き、それは電車の時刻表を表示してあってリレはそっと運転手に

「なるべく急いでもらえませんか」

と。

「はい、わかりました」

そう頷いてくれた運転手は文字通り、車の少ない道を飛ばしてくれてあっという間に駅へとついてしまう。
「ありがとう」と呟き金を渡しジンとリレは急ぎ切符を買いちょうど来ていた電車に乗り込んだ。
特急自由席に座れば他の座席もチラホラと埋まっておりジンもずっと携帯を操作したままでありリレの携帯の文章も険しい顔で見つめている。


「リレ」
「何?」
「お前は寝てろ」

「え、」と身を固くしたリレに、ジンはチラリと視線を向けると

「こんな密室でどこにも行かねえよ」

そう低く笑い、リレはホッ としたように笑みを浮かべるとジンを見やり、おやすみなさい、そう呟いた。

ジンはリレの頭をグシャリと撫で「ああ」と返し、その視線は完全に携帯へと向かってしまい、リレは椅子に背を預けると瞳を閉ざしジンの気配を感じながらそっと眠りに落ちた。










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