7年ぶりの初めまして(全39話)
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ある雨の日、稽古を終え夕食もすませると父と庭を見ながら晩酌を交わし会う。そして父がポツリと呟いたのは
「そろそろ身を固めて道場を次ぐ道を選んでくれないか」
というもの。
最初の身を固める、にも、道場を次ぐにしてもどちらに対しても苦笑いしながら杯を傾け日本酒と共に言葉を飲み込んだ。そんな私に父はチラリと視線を寄越し
「どうだ?」
と。
「どうって言われても…どっちも楽しいから出来ることなら両方の道にいたいかなぁ」
そう答えたが父が横から取り出したのは厚みのあるB5サイズ程の硬い表紙のそれ。
もしやと思えばそれを渡され開けば男の写真とその下に書かれてあるのは男の名前と経歴みたいなもの。
物凄く嫌な予感を覚えていれば父が口にしたのは
「知り合いの息子なんだが、お見合いをする気はないか?」
その言葉に思わず表情を引き吊らせていればパタパタとこちらに歩み寄る音が聞こえきて逃げ道が無くなりそうで、慌てて残りの酒を一気に煽り飲むと
「い、一応、相手は、そのぉ…いるから……」
その相手との結婚がいつになるかも分からないしその時がくるまで私の事を想ってくれているのかも分からない。だが捨て台詞のように口にするとその場を素早く後にした。
背後では父と母が難しい表情で困ったように笑っており私は自室の布団に倒れこみそれはもう大きく息を吐き出した。
「れー……」
仕事が忙しいので分かっているつもりでもあるし零を待ちたい気持ちもあるのだが本当にそろそろ迎えに来てくれないとお見合いをセッティングされそうで怖い。
そんな事を考えながら仰向けになりもう一度息を吐き出すと強く強く目を閉じる。
身体中にアルコールが染み渡るのを感じつつドロリとした睡眠に落ちることにした。その翌朝ザアザアとした音と共に目を覚ませば時刻は四時半であり、しかしこの雨なので走り込みには行けずもう少し寝ていようと布団を頭からかぶりなおし目を閉じても雨音が不快な気持ちにさせてくれる。思わず舌打ち一つ。
こんな早朝に目を覚ますのはいつもの日課、もう一度眠りたいが睡魔は訪れずノソノソと起き上がると布団をたたみ服も着替えた。もちろん道着ではない。
そうして洗面台まで歩くと顔を洗い髪の毛をとかし縛り上げていれば父も起きたようで
「おはよう」
と言葉を交わしあいながら入れ替わりで洗面台を後にした。
縁側の窓から外を見つつ部屋に戻ればその雨足は強まるばかりで軽い頭痛を覚えてしまう。
雨の日の朝は門下生はいないため一人道場に行くかとしていれば私の部屋からスマホの着信音が聞こえそちらに戻る。
こんな朝から誰だろう思うも浮かび上がったのはたった一人。
軽く駆け足で机の上のスマホを手に取ればやはりそれは零その人であり指を滑らし緑のボタンをタップすると「もしもし」と口を開いた。
「こんな朝にどうしたの?」
『今大丈夫?』
「大丈夫じゃなきゃ出ないよ」
と答え
『今奈々の家の前にいるんだ』
その言葉に「え」と声を漏らし慌てて玄関に向かいサンダルをつっかけると傘をさし門を開いた。そうすればそこにいたのはやはり零であり白いRX-7の車の脇に佇んでいる零はにこりと笑うとスマホを下ろして
「おはよう」
と互いに口を開いた。
こんな早くに悪いとも呟いた零だが私はチラリと笑い
「いつもの癖で起きてるから」
と零に近寄り見上げた。
「どうかしたの?」
「……ちょっと、ね…」
私は疑問符を浮かべ零を見つめていれば「会いたかったんだけど」雨の日は走り込みに出掛けないって言ってたし。
「だから家に来れば起きてるだろうって?」
「ああ」
そう零は苦笑いを浮かべごめんと。
「別にいいけど」
そう答えそっと手を伸ばしクマに縁取られている零の目の下に手を添え触れれば甘えるように目を細めてきたのでそのまま頬まで撫で下ろす。
そのままゆるゆると撫でていれば零の手が私の手を掴み笑ってくるとそのまま指を絡め握りしめてきた。
傘と傘のわずかな隙間から滴る雨に濡れつつも同じように握り返しそして零の左手の薬指にチラリと見えたのは私と揃いの指輪。
「零、指輪してくれてるんだ」
「ああ、一人の時と奈々との二人きりの時は着けようと思って」
奈々は?と言わんばかりのその言葉に私は笑い首から下げた指輪を出し見せれば「はめて」と言われそっと笑うと指輪を首から外し出しはめて見せた。
「エンゲージリング」
そう呟いてみせれば零は笑って額に口付けを落としてきてポツリと雨水も顔に落ち、それでも額を合わせ笑ってしまう。
そう言えば零。
私はアイスブルーの瞳を見つめ口にしたのは
「私、お見合いさせられそうなんだけど」
「は?」
そりゃそうだ。一応として将来を誓いそうあっているのだからまさかそんな話をされるとは思ってもいなかったようでポカンとした声に笑ってしまった。
「……するのか?」
そんな低い声に笑ったまま首を振り
「まさか、しないよ。全部断る」
「全部って…」
そこで言葉を閉ざした零は顔を上げ私の後ろに視線を向けると私もつられて振り返る。そこにいたのは
「あなた、確か降谷君、だったかしら?」
「母さん…」
「おばさん、お久し振りです」
零はペコリと頭を下げ母は私と零を見比べると何事かを悟ったように「あらあらあらぁ」なんて笑われ仕方無いわねぇと嬉しそうに玄関に戻って行ってしまった。
そんな母をみて零と私は眉を下ろすと苦笑いを浮かべてしまい
「母さんには敵わないなぁ」
「それじゃ、俺はもう行くけど」
「うん、またね」
そう手を振りあい朝の逢瀬を済ませた私は一日の始まりを感じた。