この世界で迷子の僕を(全80話)



ドライブスルーで僕はおにぎりを、そしてウォッカはパンを口にしてジンはコーヒーを飲みながらタバコをくゆらせている。おにぎりを食べ終わった僕は一緒に買ってくれた温かいお茶を飲む。
ジンってご飯食べないのかなと疑問に思ってしまうがジンはちゃんと食事をしている。しかし朝はコーヒーだけだし気分が乗なければその日1日食事をしないこともざらにある。ダメだよジン、ちゃんと食べなきゃ身体が持たないよ?
そんなことを思い、リレはジンに唐揚げを差し出した。コーヒーを空きっ腹にいれると胃に悪いし本の少しでも食べてほしい。


「ジン、唐揚げ食べて」


あーんと言いながら差し出せばジンは眉間にシワを刻みウォッカはぎょっとするけれど、この一週間にリレはこうしてジンに食事をするように勧めているわけで。 ジンはリレとリレが差し出した唐揚げを見つめ煙草の煙を吐き出しながらも渋々と口を開けリレが差し出した唐揚げを口にした。


「美味しい?」
「…普通だ」
「そう」


ふふと笑いつつリレは同じように唐揚げを咀嚼し

「ウォッカも、」

はい、あーんと差し出したそれにウォッカは戸惑いながらも口を開けようとし、そのリレの手をジンが掴みウォッカに差し出した唐揚げを口に入れた。
行くぞと呟いたジンに二人してキョトンとしてしまったがジンは気にする素振りも見せずエンジンをかけ車を動かしパーキングエリアを後にした。
色々と思う所はあるけれど、まあいいかとリレは残りの唐揚げを食べきりもう一度お茶を飲む。

運転するジンと何かの書類に目を通しているウォッカ、その二人の横顔を眺めていればジンはミラー越しにリレを見やりウォッカに目配せをしている。今度は何だろうと思っていればウォッカが差し出してきたのはまたもや日本語や英語ではない別言語の資料。


「読めるな?」
「うん」
「内容を覚えろ」
「全部?」
「お前が“重要だと思った”所だけでいい」


それってジンは僕は信用しすぎでは?そう思いつつウォッカに視線を向ければウォッカもきっと同じことは思っているに違いない。しかし僕はジンに全信頼を寄せているし、ジンの言うことは絶対。ジンのやることは正しい、つまり今こうしてリレに多言語の資料を渡して覚えさせようとしていることはきっと正しいこと。そう納得をしたウォッカはリレが資料を受け取ったのを確認すると前を向きジンと会話を始める。そしてリレは思う。これってもしかしなくとも滅茶苦茶重要なことを任されているのではないのかと。それに緊張していても前の二人には気付かれておらずリレは渡された資料に目を通す。それは海外にいる組織の人間のリストとシェリーの現段階でのAPTX4869の仕上がりのそれ。

なぜ組織の人間をと疑問に思いつつ先へ先へと読み進めていけば組織の人間と言っても末端の末端、コードネームすらもらい受けていない人物のリスト。どうやら開発途中の薬を使用してみるらしい。組織に利益をもたらしていない人間を使えば少しは役に立つだろうという考え。 もし僕が多言語も理解できなければこうして薬の実験台になっていたのかもしれない。
改めて良かったと深く頷いてしまった。そして走り続ける車の中で資料を読み終えたリレ“が重要と思ったこと”をしっかり頭に刻み込みそれをウォッカに返す。


「覚えたな?」
「うん」
「いい子だ」


ジンはそう口端を吊り上げながら笑いタバコを口に咥え、火をつけている。ウォッカは資料を茶封筒にしまい、チラチラとジンと言葉を交わしながリレを伺いリレはウォッカと目が合うとキョトンとしながらもへラリと笑い、思わずウォッカも気が抜けてしまいそうになる。リレは本当にすごい。

そんな二人を眺めつつリレは今先程の資料を思い出しながらジンからもらった携帯にポチポチと記していく。勿論、忘れないためであるが凄いことに“重要だと思ったこと”以外の部分も、なんなら全文章を覚えているため己の謎のハイスペック脳に驚いてしまうのは当然だろう。

周囲の景色が緑に囲まれてきてそしてほんの少しの肌寒さを感じてしまったのは長野県軽井沢に近づいたからであり、ジンは高速を降りると一般道を走り時間が時間なだけに車の数も増えている。
すでに何本目かも分からないほどジンはタバコを吸っており再び一本口にするがリレはジンの肩を軽くつつき「ジン」と。

「どうした」
「あの…」


ジンは煙を吐き出しながらミラー越しにリレを見て、リレは顔を軽く伏せながら躊躇い口にしたのは

「煙草の、煙に、…」


酔った。と。
ジンもウォッカもその言葉を耳にすると黙りこんでしまいリレはすぐ
「ごめんなさい…横になっててもいい?」
そう続け、ジンは煙を窓の外に吐き出しながら「好きにしろ」と低く呟きウォッカはそっとリレを伺った。確かに、あまり良い顔色ではない。ウォッカもジンも吸いかけの煙草をシガレットケースに押し付けてしまった。
そんな二人の気遣いに気付いてはいないリレは身体を横たえた。それどころではなかったからだ。
それでも車は淀みなく進み人気も車も遠退いたそこは大きな研究施設。その敷地に入る前にガードマンに声をかけ車はゆっくり停車する。


「リレ、起きろ」


そんな言葉にリレは身体を起こし車を下りると冷たく澄んだ空気がとても美味しい。歩き出す二人の背中を追いかけジンのコートを少し掴む。


「リレ」
「何?ジン」
「さっきの資料、覚えてるな?」
「うん」


ジンとウォッカはある部屋の前で立ち止まりリレを見下ろしそう確認するとジンは

「役にたってもらうぞ」

そう笑った。
リレはコクリと頷きジンとウォッカを見つめ「頑張るね」そう呟いた。そしてジンはノックをすることもなくとある一室の扉を開け放ち、中にいた人物は驚いたようにジンとウォッカを見つめすぐ微笑みを浮かべると

「やあ久しぶりだなジンにウォッカ」

そう口にするがリレの姿はジンとウォッカが二人目の前に立ちはだかっているため見えないらしい。もちろんリレも声の持ち主の姿を捕らえられない。

「これが例の資料だ」

その言葉はウォッカのモノでありウォッカは声の主に資料を渡している。


「確認しろ」
「はいはい分かってますよジン」

どこか浮ついた声にリレは不快に思いつつジンのコートを握る手に力を込め「読み上げろ」とジンは口にした。

資料を渡された声の主は資料を取り出し眺めるように見つつ読み上げていくがそれを聞いたリレは小さく首をかしげてしまったのはつい先ほど舌が逆した内容とは違うもの。もしかして僕が訳したのは間違いなのではと考えてしまった訳だがジンもウォッカもあの言語が分かっていないらしく僕の記憶が頼りである。

長々と読み上げたそれを耳にしたリレはクンとジンのコートを引きジンを見上げふるふると首を振る。僕が読んだ内容と違う、そう訴えかけるように囁けばジンは少し考えると
「ジャン」

そう呟き「本当にその内容であっているんだな」と無表情で問いかけた。

「おいおい俺を疑っているのか?酷いじゃないか」


相も変わらず不快な音には変わりないそれにリレは眉間にシワを寄せジンが「リレ」と振り向いた。 ジンとウォッカの体に完全に隠れていたリレの存在であったのだが、そのジンの言葉にジャンと呼ばれた男は「リレ?」と不思議そうに呟きを恐る恐ると顔を見せたリレに

「おやおや随分と可愛らしい子じゃないか」

そんなジャンの言葉にリレは
は眉を寄せたままジンとウォッカを見上げ、先程リレが覚えさせられた内容を言えと言うかのようにジンは顎で指示してくる。
本当に本当に自分は合っていただろうかと不安になってしまうがそれでもジンは僕を信じてくれているだから自信を持つしかないだろう。小さく息をのみもう一度ジンを見上げるとそっと口を開いた。

ジンは重要なと言っていたが僕は全部覚えていると覚悟を決め冒頭から全てを口にした、それはジャンが読み上げた内容とは半分以上は違うもの。そして資料の内容を口にしていくリレにジャンは顔色をサッと変え、ジンは目敏く目にいれる。

「ジャン、ずいぶんと内容が違う見てぇだが?」
「ち、違う!違う!!そのガキが適当なことを言っているんじゃないか!?ジン、俺を信じてくれるだろ!?」
「こいつはどの言語も理解してくれる役に立つ翻訳家でなぁ」


俺には何があってもウソはつかねぇんだよ。どうだジャン?認めるだろ?


「じ、じん?」


ジャンは震える声を上げ一歩後ずさるとジンはコートからベレッタを取り出しそれを構えた。

「今ならまだ訂正を認めてやる」
「あ、ああ!そう、そのガキが言うことは少しは書いてあったが俺の翻訳が正しいんだ」
「違う翻訳をしたと認めるんだな」
「すまない!そうだ!その、少し、少しだけだ!」


ジンは口端を吊り上げたままジャンを見つめ、どこを間違えた、と。そうすればジャンは顔を真っ青にさせながらもペラペラと口を動かし、少しどころかほぼ全ての翻訳をでっち上げたことを認めた。そしてその理由も吐き出してジンは「そうか」と笑うとウォッカにリレを廊下に出すようにと指示を向ける。


「ジン?」
「お前にはまだ早い」
「…分かった……」


リレはそっと息を吐き

「待ってるね」
「いい子だ」


ジンはリレの頭をグシャリと撫でればリレは本の少し笑うと部屋出て、扉の前に佇んで。そしてほんの少しの沈黙がありすぐジンとウォッカが姿を見せチラリと見えた室内にはジャンが転がって倒れていたが気にしないことにした。









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