捧げ物
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「ん?」
何日、何ヶ月のフライトだっただろうか。とにかく久方ぶりに降り立った地上で気候や地質の調査を終えて拠点であるバヴェルタワーに戻ってきた流竜馬は、廊下のある一点を見つめて呟いた。
ポツンと残された赤色。赤といっても落ち着いた色合いではあるが、無彩色の艦内ではよく目立つ。パイロットの誰かがグローブでも落としていったのだろうか、とりあえず拾ってタワーの職員に渡しておけば、落とし物のアナウンスでもしてくれるだろう。そう思って赤色に近づくと、それは竜馬の想像とは異なるものだった。
「手帳?」
タワーでは万が一に備えて紙媒体でのデータ保管も継続しているが、ほとんどの人間は支給品のタブレット端末で情報管理を行なっている。記録するのも共有するのも薄い板1枚で事足りる環境でこんな代物を愛用している人物を、彼はひとりしか知らない。
「これ、名前のじゃねぇか」
ゲッターロボのパイロットと整備士として出会い、共に生きてゆくことを誓い合ったひとりの女性。名前はいつもこの手帳を持ち歩いていた。ツヤのある柔らかい革とこぢんまりしたサイズは竜馬の手にも心地よく馴染み、所々にできた小さな傷は、長い間名前の側で見守っていたことを伺わせる。竜馬はふと、彼女が手帳にどんなことを書き留めているのか気になった。
「ちょっとだけなら、いいよな……」
ちょっとだけ見たらすぐ閉じるから、と自分に言い聞かせながら、パチン、とスナップボタンを外して手帳を開く。表紙のクリアポケットに挟まれた名前とのツーショットに頬が熱くなったが、何とか平常心を保ちながらぱらぱらとページをめくる。
最初に出てきたのは、カレンダー形式のページ。日付が記載されたマス目に、ミーティングの予定や書類の提出期限が丁寧な字で綴られている。時々スタンプやシールが登場するのは最低限の文字数で記録するためだろう、週間予定のページはどうやら3行日記に使っているようだ。こんな小さい紙によくこれだけ書けるな、と感心しながら、どんどんページを繰ってゆく。ちょっと見るだけ、の宣言は忘却の彼方へ消え去っていた。
今月のページに差し掛かったところで、竜馬はふと手を止めた。今日の日付の横に、スタンプが押してあったのだ。それも、赤いインクでホールケーキに蝋燭が立っている絵柄の。
「これって、まさか……」
パタン!と手帳を閉じてコートのポケットに仕舞うと、竜馬は一目散に走り出した。
***
「あれぇ?どこにやったんだろ……」
バヴェルタワーの職員・名前は自室を忙しなく動き回っていた。いつも持ち歩いている手帳が見つからないのだ。鞄の中も机の中も、心当たりのある場所は全て探したのに。別に見られて恥ずかしいことを書いているわけではないが、思い出が詰まった大切なものだ。それを無くしてしまう自分にほとほと情けない気持ちになるが、落ち込んだところで手帳が見つかるわけもない。自室をこれだけ探して出てこないのならあとは共用スペースだ。よしっ、と意気込んで電子ロックを解除しようとしたとき、
「おい、名前!!」
「うぎゃっ!?」
外側から解錠された扉から、恋人である流竜馬が姿を現したのだ。
「りょ、竜馬!?」
帰ってたなら早く言ってよ、と声を上げる名前を見据えたままずかずかと部屋に押し入り、後ろ手で扉にロックをかける。
「お前、何か探し物してんだろ」
今まさに手帳を探していたことを見抜くかのような物言いに、名前はハッとした。
「ほれ」
竜馬はコートのポケットをまさぐると、取り出した手帳を名前の目の前に突き出す。
「そう、手帳探してたの!拾ってくれて──」
失せ物が自分のもとに戻ってきた喜びをあらわにした名前が手帳に手を伸ばそうとした瞬間、竜馬がヒョイ、と腕を頭上に掲げた。ただでさえ身長差がある名前には到底届かない高さだ。
「何するの、返してよ!」
「ああ、返してやるよ。その前に俺の質問に答えろ」
手帳を取り返すためにピョンピョンと飛び跳ねる名前を躱しながら、龍馬は静かに言った。
「今日は何月何日、何の日か言ってみろ」
「11月12日……あ、誕生日だ」
あっけらかんと言い放つ名前に、竜馬は言い表しようのない感情に襲われる。
「何で言わねぇんだ!」
感情のままに名前の細い肩を掴む。
「痛っ……竜馬、どうしたの!?」
「たしかにお前の手帳見るまで忘れてた俺も悪ィけどよ、一言くらい言ってくれたっていいだろ!」
竜馬の剣幕に気圧されながらも、名前は必死に言葉を並べた。
「べ、別に誕生日で喜ぶような歳じゃあるまいし、単に1年の節目にするのに丁度いいだけだよ。ほら、私たちってあちこち飛び回るし、色んな国のスタッフがいるからそれぞれ年中行事の捉え方も違うじゃない?で、毎年あるのは誕生日だから、ってこと」
確かに名前の言い分は筋が通っている。だが、竜馬は釈然としない表情で名前を睨みつけている。
「誕生日忘れてたことなら気にしないで。来年もあるんだから」
「……んな保証がどこにあるんだよ」
やっとのことで絞り出した声は自分でも驚くほど震えていた。名前もこれほどまでに動揺した竜馬を見るのは初めてで、心配そうな視線を送る。
「時々、どうしようもなく不安になっちまうんだ。お前を遺して死ぬ気はこれっぽっちも無ェが、俺はゲッターのパイロットだ、いつ何が起こるか分からねぇ。だから──」
「りょう、ま……」
「言えるうちに言わせてくれよ」
手帳を名前に渡して、そのまま彼女の身体をそっと抱き寄せる。まるで、終わりの見えない戦いの中で互いが離れてしまわないようにと願うように。
「誕生日おめでとう。お前が生まれてきてくれてよかった」
名前が今ここに存在していることを確かめるような口づけは、日付が変わる直前まで続いた。
何日、何ヶ月のフライトだっただろうか。とにかく久方ぶりに降り立った地上で気候や地質の調査を終えて拠点であるバヴェルタワーに戻ってきた流竜馬は、廊下のある一点を見つめて呟いた。
ポツンと残された赤色。赤といっても落ち着いた色合いではあるが、無彩色の艦内ではよく目立つ。パイロットの誰かがグローブでも落としていったのだろうか、とりあえず拾ってタワーの職員に渡しておけば、落とし物のアナウンスでもしてくれるだろう。そう思って赤色に近づくと、それは竜馬の想像とは異なるものだった。
「手帳?」
タワーでは万が一に備えて紙媒体でのデータ保管も継続しているが、ほとんどの人間は支給品のタブレット端末で情報管理を行なっている。記録するのも共有するのも薄い板1枚で事足りる環境でこんな代物を愛用している人物を、彼はひとりしか知らない。
「これ、名前のじゃねぇか」
ゲッターロボのパイロットと整備士として出会い、共に生きてゆくことを誓い合ったひとりの女性。名前はいつもこの手帳を持ち歩いていた。ツヤのある柔らかい革とこぢんまりしたサイズは竜馬の手にも心地よく馴染み、所々にできた小さな傷は、長い間名前の側で見守っていたことを伺わせる。竜馬はふと、彼女が手帳にどんなことを書き留めているのか気になった。
「ちょっとだけなら、いいよな……」
ちょっとだけ見たらすぐ閉じるから、と自分に言い聞かせながら、パチン、とスナップボタンを外して手帳を開く。表紙のクリアポケットに挟まれた名前とのツーショットに頬が熱くなったが、何とか平常心を保ちながらぱらぱらとページをめくる。
最初に出てきたのは、カレンダー形式のページ。日付が記載されたマス目に、ミーティングの予定や書類の提出期限が丁寧な字で綴られている。時々スタンプやシールが登場するのは最低限の文字数で記録するためだろう、週間予定のページはどうやら3行日記に使っているようだ。こんな小さい紙によくこれだけ書けるな、と感心しながら、どんどんページを繰ってゆく。ちょっと見るだけ、の宣言は忘却の彼方へ消え去っていた。
今月のページに差し掛かったところで、竜馬はふと手を止めた。今日の日付の横に、スタンプが押してあったのだ。それも、赤いインクでホールケーキに蝋燭が立っている絵柄の。
「これって、まさか……」
パタン!と手帳を閉じてコートのポケットに仕舞うと、竜馬は一目散に走り出した。
***
「あれぇ?どこにやったんだろ……」
バヴェルタワーの職員・名前は自室を忙しなく動き回っていた。いつも持ち歩いている手帳が見つからないのだ。鞄の中も机の中も、心当たりのある場所は全て探したのに。別に見られて恥ずかしいことを書いているわけではないが、思い出が詰まった大切なものだ。それを無くしてしまう自分にほとほと情けない気持ちになるが、落ち込んだところで手帳が見つかるわけもない。自室をこれだけ探して出てこないのならあとは共用スペースだ。よしっ、と意気込んで電子ロックを解除しようとしたとき、
「おい、名前!!」
「うぎゃっ!?」
外側から解錠された扉から、恋人である流竜馬が姿を現したのだ。
「りょ、竜馬!?」
帰ってたなら早く言ってよ、と声を上げる名前を見据えたままずかずかと部屋に押し入り、後ろ手で扉にロックをかける。
「お前、何か探し物してんだろ」
今まさに手帳を探していたことを見抜くかのような物言いに、名前はハッとした。
「ほれ」
竜馬はコートのポケットをまさぐると、取り出した手帳を名前の目の前に突き出す。
「そう、手帳探してたの!拾ってくれて──」
失せ物が自分のもとに戻ってきた喜びをあらわにした名前が手帳に手を伸ばそうとした瞬間、竜馬がヒョイ、と腕を頭上に掲げた。ただでさえ身長差がある名前には到底届かない高さだ。
「何するの、返してよ!」
「ああ、返してやるよ。その前に俺の質問に答えろ」
手帳を取り返すためにピョンピョンと飛び跳ねる名前を躱しながら、龍馬は静かに言った。
「今日は何月何日、何の日か言ってみろ」
「11月12日……あ、誕生日だ」
あっけらかんと言い放つ名前に、竜馬は言い表しようのない感情に襲われる。
「何で言わねぇんだ!」
感情のままに名前の細い肩を掴む。
「痛っ……竜馬、どうしたの!?」
「たしかにお前の手帳見るまで忘れてた俺も悪ィけどよ、一言くらい言ってくれたっていいだろ!」
竜馬の剣幕に気圧されながらも、名前は必死に言葉を並べた。
「べ、別に誕生日で喜ぶような歳じゃあるまいし、単に1年の節目にするのに丁度いいだけだよ。ほら、私たちってあちこち飛び回るし、色んな国のスタッフがいるからそれぞれ年中行事の捉え方も違うじゃない?で、毎年あるのは誕生日だから、ってこと」
確かに名前の言い分は筋が通っている。だが、竜馬は釈然としない表情で名前を睨みつけている。
「誕生日忘れてたことなら気にしないで。来年もあるんだから」
「……んな保証がどこにあるんだよ」
やっとのことで絞り出した声は自分でも驚くほど震えていた。名前もこれほどまでに動揺した竜馬を見るのは初めてで、心配そうな視線を送る。
「時々、どうしようもなく不安になっちまうんだ。お前を遺して死ぬ気はこれっぽっちも無ェが、俺はゲッターのパイロットだ、いつ何が起こるか分からねぇ。だから──」
「りょう、ま……」
「言えるうちに言わせてくれよ」
手帳を名前に渡して、そのまま彼女の身体をそっと抱き寄せる。まるで、終わりの見えない戦いの中で互いが離れてしまわないようにと願うように。
「誕生日おめでとう。お前が生まれてきてくれてよかった」
名前が今ここに存在していることを確かめるような口づけは、日付が変わる直前まで続いた。
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