捧げ物
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この港町では、一月一日午前零時に「除夜の鐘」ならぬ「除夜の汽笛」が響き渡る。小さな遊覧船から大きな豪華客船まで、停泊している船舶が一斉に汽笛を鳴らし、新年の始まりを告げるのだ。その祝福の音色は、シルバーキャッスルの本拠地にも届いていた。
「おっ、年が明けたぜ」
窓枠に肘をついて外を眺めていたマッハウインディが、部屋の中にいる人物に声をかける。
「あけましておめでとう、今年もよろしく。寒いから窓を閉めてくれないか」
抑揚の無い中性的な声が聞こえてくる。ウインディが振り返ると、声の主は部屋の真ん中に設置されたコタツから顔だけを出し、カタツムリのような体勢になっていた。
新しい年を迎えたシルバーキャッスル本拠地──と言うより、リーガーを始め関係者の大半がここで生活しているため、家と言った方がしっくりくるかもしれない──にいるのは、強豪ダークプリンスから電撃移籍を果たしたサッカーリーガーのマッハウインディと、彼と共にシルバーキャッスルへやってきた整備士のレオナルドだけであった。
大晦日の総合格闘技大会に出場していたリュウケンとそれに同行したオーナーに監督、工場長を筆頭に、十郎太は御坊の寺の手伝いを兼ねた帰省、GZはホッケーチーム・ダークエンペラーへのレンタル移籍中と、年末からシルバーを留守にする者が多かった。他のメンバーも旅先で出会ったはぐれリーガーの元へ遊びに行ったりカウントダウンパーティのために街へ繰り出した結果、特に予定の無かったレオナルドと、彼女が残るなら俺も、と立候補したウインディが留守番を引き受けることになったのだ。
「なぁレオナルド、もっと正月っぽいことしようぜ」
窓を閉めたウインディが、少し拗ねた口調で言った。
「RIZINも紅白も観たし除夜の汽笛も聞いた。百点満点の年越しじゃないか」
室内が適温になったのを確認してコタツからのっそりと這い出したレオナルドが、ぼんやりした声で返す。
「だっ、そりゃそうだけどよ……もっとこうパーッとした感じの……」
「だから皆と一緒にパーティに行けばと言ったのに。君はそういうの好きだろう」
ウインディは元々皆でわいわいするのが好きな明るい性格だ。そんな彼が遊びに行かなかった理由はただひとつ、レオナルドと一緒にいたかったからである。
シルバーキャッスルに転職してからのレオナルドは、メンバーの性格や機体の特徴を一から頭に叩き込むことから始まり、人手不足を補うための雑務など多忙を極めていた。そんな中突然与えられた、ふたりきりの時間。ウインディは正月料理の代わりに、普段よりも高級なオイルや固形燃料を買ってもらった。年末の浮き足だった雰囲気の街を歩きながら他愛のない話をして、たまに買い食いをして。レオナルドを独り占めして楽しい休暇にしてやるぞ――と舞い上がっていたのは最初の一日だけで、彼女ときたらあとはひたすら部屋にこもって年末特番とサブスク漬けで、全くウインディを構ってくれなかったのだ。
「いいかレオナルド、正月は年に一度しか無ぇんだ!今を逃したら来年までお預けだ。そんな正月をお前は毛玉だらけの服着てダラダラ過ごすってのか、えぇ!?」
「うわー」
ウインディがレオナルドの両肩を掴んで揺すると、棒読みの悲鳴が上がった。ヘッドバンギングの如く頭を前後に振られ、色褪せた金髪が乱れる。
「お前どうせ初売りにも行かないでコタツ背負ってカタツムリになるつもりだろ!」
「勿論そのつもりだが」
「やっぱりな!くそっ、なんか正月っぽいこと……」
レオナルドから手を離して額に手を当てたマッハウインディは、紫色のカメラアイを閉じてうーんと考え込んだ。やがて彼に搭載された高性能AIは、ひとつの「正月っぽいこと」を導き出した。
「俺、初日の出が見たい」
手を離された弾みで後ろに倒れ込んだレオナルドの、色素の薄い睫毛に縁取られた紺碧の瞳が、驚きでほんの僅かに見開かれる。のっぺり顔を崩すことに成功した喜びでウインディの駆動炉がキュルキュルと音を立てたが、彼女はすぐにいつもの無表情に戻って、座卓に置いてあった携帯端末を操作し始めた。
「お、おい!」
年が明けても全く変わらない、何を考えているのか分からないのっぺりとした顔。こいつはたとえ明日世界が終わると告げられても、眉ひとつ動かすこともなくぼんやりと過ごすのだろうか。きっとそうに違いない。ウインディが全てを諦めて充電ベッドへ移動しようとした、その時。
「──六時五十一分」
「え?」
「日の出の時間だ。二時間前に起きれば丁度いいだろう」
淡々とした口調で目の前に突き出された携帯端末の画面には、ふたりの住む都市の日出時刻が表示されていた。ウインディがそれを確認するや否やレオナルドは「それじゃおやすみ」と言い残し、彼に背を向ける体勢をとると、コタツですやすやと寝息を立てはじめた。
「……変なやつ」
きっと今年も、彼女のことは何ひとつ分からないまま過ぎていくのだろう。ウインディはエネルギーがまだ十分残っていることを確認してから、彼女の隣に腰を下ろし、スリープモードへ移行した。
電気ケトルのスイッチが跳ね上がる音で、マッハウインディの機体が再起動した。同時に、嗅覚センサーがほろ苦い香りを捉えた。
「おはよう、ウインディ」
声のする方へカメラアイのピントを合わせると、台所に立つレオナルドが魔法瓶の蓋を閉めていた。傍に置いてあるドリッパーから察するに、コーヒーを淹れ終わったところだろうか。
「……お、おはよう」
「初日の出、見に行くんだろ。君のはこっち」
そう言って差し出されたコーヒーフレーバーのオイルを受け取る。寒いところで飲むと美味いんだ、と付け加えた彼女は、微かに笑っているように見えた。
「おー寒っ!」
人間よりは気温の変化に強いリーガーとはいえ、夜明け前の寒さは機体にこたえる。シルバーキャッスル本拠地から少し歩いた場所にある海浜公園は、すでに初日の出を拝みに来た人間やロボットで賑わっていた。ふたりでダークプリンスを飛び出したあの日、謎の野球リーガーと出会い、シルバーキャッスルへの入団を決めた、思い出の場所だ。隣に立つレオナルドは膝まで覆うロング丈のダウンジャケットにフードを被り、ネックウォーマーと手袋で完全防御している。着膨れなど一切気にせず防寒に全振りした彼女らしいスタイルも、今となっては見慣れた光景だ。
「なーんか、色んなことがあったよなァ」
「うん」
コーヒーを飲みながら、昨年あったことを振り返る。町工場からダークプリンス整備班にスカウトされ、マッハウインディの専属メカニックになった。そして、彼と共にダークを飛び出してシルバーに転がり込んだ。強制引退から命懸けで逃げ出したゴールド三兄弟の整備士として修行の旅に出て、またここへ帰ってきた。まさに疾風怒濤の一年だ。
「あの、さ……」
オイル缶のストローから口を離したウインディがぽつりと呟いた。真っ黒な夜空が徐々に藍色に塗り替えられてゆく。
「……今だから言うけどよ、お前がシルバーにいなかった間、けっこう寂しかったんだぜ」
「へえ、君がそんな風に思ってくれていたなんて初めて知ったな」
寂しかった、だなんて。いつも前だけを見つめて走り続ける一陣の風に似つかわしくない言葉に、レオナルドは思わずウインディへ視線を向ける。
「でも、私は君の頼みであの兄弟について行った」
「分かってるよ!あいつら三人じゃろくなことになんねぇからお前にお願いするしかなかったんだよ……あん時は、それがベストだと思ったんだ」
そう、あの時は。
離れて初めて、自分の中でレオナルドの存在が大きくなっていることに気がついた。どんな時でも崩れることのないのっぺり顔に得体の知れない不気味さを感じることもあったが、それはいつしかウインディにとって、凪いだ海のような安心感を与えるものとなった。
「ウインディ」
聴覚センサーが、名前を呼ぶ声を拾った。いつもの平坦な調子だが、どこか嬉しそうに聞こえる。
「夜明けだ」
手袋で覆われた人差し指が示す方にカメラアイを向けると、新年の始まりを告げる太陽がゆっくりと昇ってきていた。夜の闇を押し退けるように輝きを増す光が、レオナルドの色褪せた金髪をキラキラと照らしていた。
「……なぁ、レオナルド」
「何だ?」
「これからはずっと、俺のそばにいてくれよ」
「勿論。私は君の整備士だからな」
レオナルドはサラリと言ってのけると、形の良い唇に笑みを浮かべて付け加えた。
「そんな当たり前のことを聞くなんて、変なやつだな」
お前にだけは言われたかねぇよ、なんて言葉が喉まで出かかったが、嬉しそうな表情を浮かべているレオナルドを見ると、そんなものはふわりと溶けて無くなってしまった。
(俺、あんたに出会えて本当に良かったよ)
心の中でひっそりと呟くと、彼は相棒の隣で眩しい朝日を眺め続けた。
「おっ、年が明けたぜ」
窓枠に肘をついて外を眺めていたマッハウインディが、部屋の中にいる人物に声をかける。
「あけましておめでとう、今年もよろしく。寒いから窓を閉めてくれないか」
抑揚の無い中性的な声が聞こえてくる。ウインディが振り返ると、声の主は部屋の真ん中に設置されたコタツから顔だけを出し、カタツムリのような体勢になっていた。
新しい年を迎えたシルバーキャッスル本拠地──と言うより、リーガーを始め関係者の大半がここで生活しているため、家と言った方がしっくりくるかもしれない──にいるのは、強豪ダークプリンスから電撃移籍を果たしたサッカーリーガーのマッハウインディと、彼と共にシルバーキャッスルへやってきた整備士のレオナルドだけであった。
大晦日の総合格闘技大会に出場していたリュウケンとそれに同行したオーナーに監督、工場長を筆頭に、十郎太は御坊の寺の手伝いを兼ねた帰省、GZはホッケーチーム・ダークエンペラーへのレンタル移籍中と、年末からシルバーを留守にする者が多かった。他のメンバーも旅先で出会ったはぐれリーガーの元へ遊びに行ったりカウントダウンパーティのために街へ繰り出した結果、特に予定の無かったレオナルドと、彼女が残るなら俺も、と立候補したウインディが留守番を引き受けることになったのだ。
「なぁレオナルド、もっと正月っぽいことしようぜ」
窓を閉めたウインディが、少し拗ねた口調で言った。
「RIZINも紅白も観たし除夜の汽笛も聞いた。百点満点の年越しじゃないか」
室内が適温になったのを確認してコタツからのっそりと這い出したレオナルドが、ぼんやりした声で返す。
「だっ、そりゃそうだけどよ……もっとこうパーッとした感じの……」
「だから皆と一緒にパーティに行けばと言ったのに。君はそういうの好きだろう」
ウインディは元々皆でわいわいするのが好きな明るい性格だ。そんな彼が遊びに行かなかった理由はただひとつ、レオナルドと一緒にいたかったからである。
シルバーキャッスルに転職してからのレオナルドは、メンバーの性格や機体の特徴を一から頭に叩き込むことから始まり、人手不足を補うための雑務など多忙を極めていた。そんな中突然与えられた、ふたりきりの時間。ウインディは正月料理の代わりに、普段よりも高級なオイルや固形燃料を買ってもらった。年末の浮き足だった雰囲気の街を歩きながら他愛のない話をして、たまに買い食いをして。レオナルドを独り占めして楽しい休暇にしてやるぞ――と舞い上がっていたのは最初の一日だけで、彼女ときたらあとはひたすら部屋にこもって年末特番とサブスク漬けで、全くウインディを構ってくれなかったのだ。
「いいかレオナルド、正月は年に一度しか無ぇんだ!今を逃したら来年までお預けだ。そんな正月をお前は毛玉だらけの服着てダラダラ過ごすってのか、えぇ!?」
「うわー」
ウインディがレオナルドの両肩を掴んで揺すると、棒読みの悲鳴が上がった。ヘッドバンギングの如く頭を前後に振られ、色褪せた金髪が乱れる。
「お前どうせ初売りにも行かないでコタツ背負ってカタツムリになるつもりだろ!」
「勿論そのつもりだが」
「やっぱりな!くそっ、なんか正月っぽいこと……」
レオナルドから手を離して額に手を当てたマッハウインディは、紫色のカメラアイを閉じてうーんと考え込んだ。やがて彼に搭載された高性能AIは、ひとつの「正月っぽいこと」を導き出した。
「俺、初日の出が見たい」
手を離された弾みで後ろに倒れ込んだレオナルドの、色素の薄い睫毛に縁取られた紺碧の瞳が、驚きでほんの僅かに見開かれる。のっぺり顔を崩すことに成功した喜びでウインディの駆動炉がキュルキュルと音を立てたが、彼女はすぐにいつもの無表情に戻って、座卓に置いてあった携帯端末を操作し始めた。
「お、おい!」
年が明けても全く変わらない、何を考えているのか分からないのっぺりとした顔。こいつはたとえ明日世界が終わると告げられても、眉ひとつ動かすこともなくぼんやりと過ごすのだろうか。きっとそうに違いない。ウインディが全てを諦めて充電ベッドへ移動しようとした、その時。
「──六時五十一分」
「え?」
「日の出の時間だ。二時間前に起きれば丁度いいだろう」
淡々とした口調で目の前に突き出された携帯端末の画面には、ふたりの住む都市の日出時刻が表示されていた。ウインディがそれを確認するや否やレオナルドは「それじゃおやすみ」と言い残し、彼に背を向ける体勢をとると、コタツですやすやと寝息を立てはじめた。
「……変なやつ」
きっと今年も、彼女のことは何ひとつ分からないまま過ぎていくのだろう。ウインディはエネルギーがまだ十分残っていることを確認してから、彼女の隣に腰を下ろし、スリープモードへ移行した。
電気ケトルのスイッチが跳ね上がる音で、マッハウインディの機体が再起動した。同時に、嗅覚センサーがほろ苦い香りを捉えた。
「おはよう、ウインディ」
声のする方へカメラアイのピントを合わせると、台所に立つレオナルドが魔法瓶の蓋を閉めていた。傍に置いてあるドリッパーから察するに、コーヒーを淹れ終わったところだろうか。
「……お、おはよう」
「初日の出、見に行くんだろ。君のはこっち」
そう言って差し出されたコーヒーフレーバーのオイルを受け取る。寒いところで飲むと美味いんだ、と付け加えた彼女は、微かに笑っているように見えた。
「おー寒っ!」
人間よりは気温の変化に強いリーガーとはいえ、夜明け前の寒さは機体にこたえる。シルバーキャッスル本拠地から少し歩いた場所にある海浜公園は、すでに初日の出を拝みに来た人間やロボットで賑わっていた。ふたりでダークプリンスを飛び出したあの日、謎の野球リーガーと出会い、シルバーキャッスルへの入団を決めた、思い出の場所だ。隣に立つレオナルドは膝まで覆うロング丈のダウンジャケットにフードを被り、ネックウォーマーと手袋で完全防御している。着膨れなど一切気にせず防寒に全振りした彼女らしいスタイルも、今となっては見慣れた光景だ。
「なーんか、色んなことがあったよなァ」
「うん」
コーヒーを飲みながら、昨年あったことを振り返る。町工場からダークプリンス整備班にスカウトされ、マッハウインディの専属メカニックになった。そして、彼と共にダークを飛び出してシルバーに転がり込んだ。強制引退から命懸けで逃げ出したゴールド三兄弟の整備士として修行の旅に出て、またここへ帰ってきた。まさに疾風怒濤の一年だ。
「あの、さ……」
オイル缶のストローから口を離したウインディがぽつりと呟いた。真っ黒な夜空が徐々に藍色に塗り替えられてゆく。
「……今だから言うけどよ、お前がシルバーにいなかった間、けっこう寂しかったんだぜ」
「へえ、君がそんな風に思ってくれていたなんて初めて知ったな」
寂しかった、だなんて。いつも前だけを見つめて走り続ける一陣の風に似つかわしくない言葉に、レオナルドは思わずウインディへ視線を向ける。
「でも、私は君の頼みであの兄弟について行った」
「分かってるよ!あいつら三人じゃろくなことになんねぇからお前にお願いするしかなかったんだよ……あん時は、それがベストだと思ったんだ」
そう、あの時は。
離れて初めて、自分の中でレオナルドの存在が大きくなっていることに気がついた。どんな時でも崩れることのないのっぺり顔に得体の知れない不気味さを感じることもあったが、それはいつしかウインディにとって、凪いだ海のような安心感を与えるものとなった。
「ウインディ」
聴覚センサーが、名前を呼ぶ声を拾った。いつもの平坦な調子だが、どこか嬉しそうに聞こえる。
「夜明けだ」
手袋で覆われた人差し指が示す方にカメラアイを向けると、新年の始まりを告げる太陽がゆっくりと昇ってきていた。夜の闇を押し退けるように輝きを増す光が、レオナルドの色褪せた金髪をキラキラと照らしていた。
「……なぁ、レオナルド」
「何だ?」
「これからはずっと、俺のそばにいてくれよ」
「勿論。私は君の整備士だからな」
レオナルドはサラリと言ってのけると、形の良い唇に笑みを浮かべて付け加えた。
「そんな当たり前のことを聞くなんて、変なやつだな」
お前にだけは言われたかねぇよ、なんて言葉が喉まで出かかったが、嬉しそうな表情を浮かべているレオナルドを見ると、そんなものはふわりと溶けて無くなってしまった。
(俺、あんたに出会えて本当に良かったよ)
心の中でひっそりと呟くと、彼は相棒の隣で眩しい朝日を眺め続けた。
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