雲の裏はいつも銀色
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あたしの町に、アイアンリーガーが来た。
ロボットと人間が共存する社会だなんてカッコいいことを言ってみたところで、あたしの地元にいるのはせいぜい除雪ロボくらいだ。ロボットが様々なスポーツで競い合うアイアンリーグの熱狂はテレビの中だけの話で、雪と氷に閉ざされた北国まで届くことはない。
そう思っていた、彼に出会うまでは。
狼みたいな鋭い瞳にイカつい機体、足にはスケートの刃。
人間のために働くロボットじゃない、氷の上で戦う“戦士”の姿をしていた。
***
「……シリたそ、また朝から飲んでんの」
いつもの通学路。角打ちでワンカップ大関オイルを呷る鋼鉄の狼耳が、ピクリと揺れる。
「やあ、おはよう」
そう言って青緑のカメラアイを細めるシリたそことブライトシリウスは、あたしが小さい頃に突然この町にやって来たホッケーリーガーだ。燃料切れとパーツの摩耗で倒れて半分雪に埋まっていたところを町の人が総出で修理して、色々あって今は海沿いのガラス工房でアクセサリーやペンを作って生活している。
「新しく手に入れたパーツを試していたらすっかり夜が明けていてね。徹夜明けの酒が美味いんだなコレが!どうだ、君も一杯付き合わないか」
「うわ絡み酒ウッザ!てかあたし未成年!」
「はは、そうだったな」
シリたそはふにゃりと笑うと、半分くらいに減ったワンカップの上からおでんの出汁を注いで七味を振りかけた。あーあ、またフィルター詰まって車屋の兄ちゃんに怒られるよ。
「黙ってたらイケメンなのに何で、こう……残念なのかね」
落ち着いた色合いの機体と整ったフェイスパーツはカッコいいを通り越してある種の危うさまで感じさせる。まさに触れるもの全てを凍りつかせる孤高の天狼 ──というのは完全に見かけだけの話だ。今みたいに朝から飲んだくれてるのは日常茶飯事で、ほかにも人間用のお雑煮に入っていた餅を喉に詰まらせたり、凍った池でスケートしてたら氷が割れて池に落ちてクレーンで救出されたり、とにかく「残念なイケメン」なのである。
「残念とは失礼な。男前で笑いも取れるんだから、むしろお得と言うべきではないか?」
「あんたのは笑いを取ってんじゃないの、ただのアホよ」
「アホとは何だ、アホとは。全く、最近の若者は……」
「出たぁ、シリたその“最近の若者は”!すぐ年寄りみたいなこと言うんだから」
「年寄りか……君が生まれるずっと前にロールアウトしているから、間違ってはいないな。リーガーだって長く生きていると色々あるものだよ」
ため息みたいに排気しながらそう言うと、雲ひとつない真っ青な空を見上げた──いや、正確にはもっと遠いところを見据えている。まるで、遠くに行ってしまった誰かを探しているような……シリたそは時々こんな顔をする。そして、あたしの胸はそのたびにぎゅっと締めつけられる。
「こらブライトシリウス、朝から女子高生ナンパしてんじゃねぇぞ!」
突然聞こえてきた声に、ハッと我に返る。夜勤明けのおじさんたちが飲みに来たのだ。
「いっけない、遅刻する!」
酒屋の壁に掛かった時計を見ると、もうすぐ予鈴が鳴る時間だった。酔っ払いの相手してて遅刻だなんて御免だ。
「送ってってやろうか。君の足より速いぞ」
「いらない!」
呑気な声を背中で聞きながら、あたしは学校に向かって走り出した。
ロボットと人間が共存する社会だなんてカッコいいことを言ってみたところで、あたしの地元にいるのはせいぜい除雪ロボくらいだ。ロボットが様々なスポーツで競い合うアイアンリーグの熱狂はテレビの中だけの話で、雪と氷に閉ざされた北国まで届くことはない。
そう思っていた、彼に出会うまでは。
狼みたいな鋭い瞳にイカつい機体、足にはスケートの刃。
人間のために働くロボットじゃない、氷の上で戦う“戦士”の姿をしていた。
***
「……シリたそ、また朝から飲んでんの」
いつもの通学路。角打ちでワンカップ大関オイルを呷る鋼鉄の狼耳が、ピクリと揺れる。
「やあ、おはよう」
そう言って青緑のカメラアイを細めるシリたそことブライトシリウスは、あたしが小さい頃に突然この町にやって来たホッケーリーガーだ。燃料切れとパーツの摩耗で倒れて半分雪に埋まっていたところを町の人が総出で修理して、色々あって今は海沿いのガラス工房でアクセサリーやペンを作って生活している。
「新しく手に入れたパーツを試していたらすっかり夜が明けていてね。徹夜明けの酒が美味いんだなコレが!どうだ、君も一杯付き合わないか」
「うわ絡み酒ウッザ!てかあたし未成年!」
「はは、そうだったな」
シリたそはふにゃりと笑うと、半分くらいに減ったワンカップの上からおでんの出汁を注いで七味を振りかけた。あーあ、またフィルター詰まって車屋の兄ちゃんに怒られるよ。
「黙ってたらイケメンなのに何で、こう……残念なのかね」
落ち着いた色合いの機体と整ったフェイスパーツはカッコいいを通り越してある種の危うさまで感じさせる。まさに触れるもの全てを凍りつかせる孤高の
「残念とは失礼な。男前で笑いも取れるんだから、むしろお得と言うべきではないか?」
「あんたのは笑いを取ってんじゃないの、ただのアホよ」
「アホとは何だ、アホとは。全く、最近の若者は……」
「出たぁ、シリたその“最近の若者は”!すぐ年寄りみたいなこと言うんだから」
「年寄りか……君が生まれるずっと前にロールアウトしているから、間違ってはいないな。リーガーだって長く生きていると色々あるものだよ」
ため息みたいに排気しながらそう言うと、雲ひとつない真っ青な空を見上げた──いや、正確にはもっと遠いところを見据えている。まるで、遠くに行ってしまった誰かを探しているような……シリたそは時々こんな顔をする。そして、あたしの胸はそのたびにぎゅっと締めつけられる。
「こらブライトシリウス、朝から女子高生ナンパしてんじゃねぇぞ!」
突然聞こえてきた声に、ハッと我に返る。夜勤明けのおじさんたちが飲みに来たのだ。
「いっけない、遅刻する!」
酒屋の壁に掛かった時計を見ると、もうすぐ予鈴が鳴る時間だった。酔っ払いの相手してて遅刻だなんて御免だ。
「送ってってやろうか。君の足より速いぞ」
「いらない!」
呑気な声を背中で聞きながら、あたしは学校に向かって走り出した。