雲の裏はいつも銀色
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「マッハウインディだ」
ダークプリンスの監督であるクリーツに連れられてやってきた新しいリーガーは、先に集合していた選手たちを一瞥してから、短く名乗った。深緑と白を基調とした機体はちょっと小突いただけでフィールドの端まで吹っ飛びそうなほど細く、練習場の照明を反射してキラキラと輝く金色のヘッドパーツは一際目を惹く。
「こいつは機体を徹底的に軽くしたスピードタイプのストライカーだ……まぁ、お前たちなら一緒にプレーするうちに特性を掴めるだろう」
新しい仲間の紹介もそこそこに、クリーツはモニタールームへと引っ込んだ。「よろしくな」とマッハウインディに歩み寄る者に、遠巻きに見守る者。様々な反応を示す選手たちをあしらいながら彼がつかつかと足を進めた先にいたのは、
「ゴールドフット、だっけか?」
フェイスパーツをぐるりと囲む金色のたてがみに、左目から鼻筋を横切り、右頬に走る向こう傷。もうひとりのエースストライカー、ゴールドフットだ。チームメイトの情報は予め電子頭脳にインプットされているのだろうか、ゴールドフットが名乗っていないにもかかわらず、マッハウインディはその名前を正確に呼んだ。
「同じエースストライカー同士、よろしく頼むぜ」
自信に満ちた表情でこちらを見据えてくる様子に、ゴールドフットの駆動炉の回転が僅かに速くなった。
こうして、ダークプリンスの新シーズンが開幕した。
ロールアウトして間も無いリーガーを迎えての練習ということもあり、メニューの大半は基礎的な動きの確認や連携プレーの練習が中心だった。しかし、ダーク財団の技術の粋を集めて造られたマッハウインディはすぐに物足りなさを感じて、加入した数日後には試合形式の練習がしたいとクリーツに直談判を持ちかけたのだ。各々の競技で勝つことを宿命づけられたアイアンリーガーが練習に意欲的なのは良い傾向だ。ウインディの申し出を承諾したクリーツがモニタールームからマイク越しに指示を出し、紅白戦が始まった。
「オラァッ!!」
開始早々スライディングタックルでボールを奪い取ったゴールドフットが、そのまま前線へと上がってゆく。味方同士であるため破壊を目的としたプレーではないものの、パワータイプだけあって強烈な当たりだ。ボールを奪われた選手は芝生に倒れ伏し、小さく呻いた。しかし彼とてダークプリンスの一員である。すぐに立ち上がると、再び走り出した。
「ゴールドフット、こっちだ!」
ウインディがフットに呼びかける。新入りのくせに偉そうに指図しやがって。どれほどのものか見せてもらおうじゃねえか。
「ほらよ!」
足がめり込みそうなほどに地面をしっかり踏み込み、ウインディの遥か前方にロングパスを出す。
「よっしゃ、行くぜ!」
ウインディの嬉しそうな声をどこか他人事のように聞き流しながら、ゴールドフットはほくそ笑んだ。
追いつけるもんなら追いついてみろ。マッハの名が伊達じゃなけりゃな!
半ば当てつけのようにブッ飛ばしたパスの勢いは衰えることなくぐんぐん伸びてゆく。そしてそれに追いつこうと全力疾走するウインディ。やがて足元に収まったボールはそのままゴールに吸い込まれ──
「んあ……?」
間の抜けた声を発したウインディの足元に、ボールは無かった。フットのロングパスに追いつくどころか、持ち前の俊足で追い越してしまったのだ。目敏いディフェンダーがこぼれ球を前方に蹴り出し、再び相手チームにボールが渡った。
「なっ……」
まさかあの超ロングパスを追い越す奴がいるなんて。あんぐりと口を開けるゴールドフットの元へ、マッハウインディが駆け寄ってくる。
「気にすんな!」
そう言った彼の表情は、やはり爽やかな喜びに満ちていた。
「お前が遅いんじゃねえ、俺が速すぎんだ」
親指を立ててウインクするマッハウインディに、ゴールドフットの駆動炉はますます回転速度を上げた。
「──ちくしょう!!」
練習後、怒りのままにゴールドフットはロッカーに拳を叩きつけた。リーガーが使用するために作られたロッカーは通常の何倍も頑丈に作られているが、それすら凹ませるほどに彼の怒りは燃えたぎっていた。
パワーもスピードも自分がチームで一番だったのに。あいつが来てからどうも調子が狂って仕方ない。
さらにゴールドフットにとって最も腹立たしいのは、マッハウインディが加入して以降、ダークプリンスの戦績が絶好調であるということ。この時はまだ気づいていなかったが、スピードとテクニックに特化したウインディは、フットにとって最高の相棒だったのだ。
「落ち着けよゴールドフット……」
「あァ!?テメェ誰にモノ言ってんだ!!」
宥めようと声をかけた仲間の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らすゴールドフット。そこに、もう一人のリーガーがやって来た。
「……確かに、お前が怒るのも分からなくも無ェぜ。なーんかスカしてるって感じでよォ」
「けほっ……そうだゴールドフット、俺たちであいつシメてやろうぜ」
胸ぐらを掴む両手から抜け出したリーガーの提案に、一瞬きょとんとした表情を見せるゴールドフット。が、すぐに険しい顔つきに戻ると、
「俺一人で十分だ」
どうやら、自分でウインディを叩き潰さないと気が済まないらしい。フットの怒りに気圧された仲間たちは、身を縮めてコソコソとロッカールームから退散した。
エースストライカーは二人もいらない。どちらが上か、俺が分からせてやる。
翌日、いつもより遅い時間に目覚めたウインディは、街へ繰り出す仲間たちを見送ってから、自室でぼんやり立ち尽くしていた。
「オフの日って、何すりゃいいんだ……?」
しっかり休養をとるのも練習のうちだ、なんて言われても、ボールと戯れている時間こそが一番楽しい彼にとって、それをするなと言われてしまえば何をして過ごせばよいのか全く分からない。足は自然と練習場の方へ向いていた。誰もいない静かな練習場でリーガーの身長に合わせて整えられた天然芝をモフモフと触っていると、後ろから声をかけられた。
「よぉ、ウインディ」
「ゴールドフット!」
てっきり他の面子と一緒に出かけたとばかり思っていた仲間の登場に、ウインディの表情がぱあっと明るくなる。
「ちぃとツラ貸せや」
エレベーターで地上へ出ると、そこは初めて目にするもので溢れかえっていた。新緑の季節を過ぎて深く濃く色づいた街路樹の葉は雨粒を乗せてキラキラと輝き、休日の街を行き交う人は晴れやかな笑顔を浮かべている。きょろきょろと辺りを見回したり、近寄ってくるファンに手を振り返したりしながら、先を歩くゴールドフットを追いかけていると、いつの間にか市街の中心部から離れた河川敷にたどり着いていた。
「何だい、こんなとこで練習しようってのか?」
明け方に降った雨でぬかるんだ芝生は、とてもじゃないが練習に最適とは言えなかった。さらに、アイアンサッカーの試合が行われるスタジアムはどこも屋根を完備した全天候型だからコンディションの悪い足元を想定した練習は必要無い。こんな所まで足を運ばずとも、ダーク本部の地下練習場の方がよっぽど良いと思うのだが。ゴールドフットは相変わらず無言のままで、ウインディに背を向けている。
「何とか言えよ……ッ!?」
不思議に思って声をかけたマッハウインディの頭部に突如ガァン!と鳴り響く鈍い音。脳天を揺らす衝撃と、ズキズキとした痛み。ゴールドフットが、振り向きざまにウインディの顔面に拳を叩き込んだのだ。
「んだよ、痛えじゃねぇか……ぐはあっ!!」
ふらつきながら抗議の声を上げるウインディにお構い無しで、今度は腹部に蹴りを入れる。
「最新型だか何だか知らねェが調子に乗りやがって!!」
目の前のこいつは何を言っているんだ。調子に乗っているだって?俺はただ、自分の能力を最大限に活かしたサッカーをしていただけなのに。謂れのない暴力に、ウインディは蹲って防御の体勢をとることしかできなかった。
「か、監督ー!!」
モニタールームで試合の動画をチェックしていたクリーツのもとへ、リーガーが転がり込んできた。背中から生えた腕を落ち着きなく伸び縮みさせて時々壁にぶつけているのは、ゴールキーパーのダーキーだ。
「なんだダーキー、随分と騒がしいな。まずは腕を仕舞え」
「ゴールドフットとマッハウインディが河川敷でタイマン張ってる!!」
「はぁ!?」
ダーキーの放った衝撃のひと言に、クリーツは切れ長の目を見開いた。元々ダークには気性の荒いリーガーが多く在籍しており、試合後に血の気(勿論彼らの機体に流れているのは血液ではなくオイルだ)を持て余した選手たちが小競り合いを繰り広げることは珍しくなかった。大抵の場合放っておけば収まるのだが──というかいちいち仲裁しているとこちらの身が持たないので放置しているのが実情なのだが──
それにしても、タイマンって。80年代の週刊少年ジャンプじゃないんだぞ。どこでそんな言葉を覚えた、今西暦何年だと思っているんだ。ジャンプの世界ならば真の男は戦いの中で磨かれてゆくのだ、とか何とか言って青春の一ページを増量することもできるが残念ながらここはそうではない。パワーのゴールドフットにスピードのマッハウインディ、二人は抜群のコンビネーションで次々と勝利を収めてきた。そのどちらかが破壊されるようなことがあっては、今後のダークプリンスの戦績に大きな影響が出るのは明らかだ。何としても二人のエースストライカーを連れ戻さなくては。駐車場に下りたクリーツはリーガー用の荷台にダーキーを乗せ、ホバーカーを発進させた。
「テメェ、いい加減にしろよ!」
我慢の限界に達したマッハウインディが、ゴールドフットに殴りかかる。口の中を損傷したのか、赤茶色い燃料油が飛び散った。
「ほう、ちったあ根性あるみてェだな。その方がこっちも張り合いが出るってモンだぜ」
ゴールドフットはそう言って不敵に笑うと、フェイスパーツを汚すオイルを手の甲でぐい、と拭ってウインディを殴り返した。二人の機体が激しくぶつかり合い、ギアが軋み、金属音が響き渡る。
「エースストライカーは俺一人で十分だ!!」
血飛沫のように機体に飛び散るオイルがどちらのものなのか分からなくなった頃、ゴールドフットがトドメを刺しにかかった。
「死ねや!!」
黄金の右脚から繰り出される回し蹴りに、マッハウインディのカメラアイが素早く照準を合わせる。まともに食らえば二度と立ち上がることはできないと判断した高性能AIが四肢に命令を下す。ウインディの腕がゴールドフットの蹴りをさばき、ふわりと身を翻した。破壊すべき標的を失ったフットの機体は芝生に着地するかと思いきや、ウインディの背後の川に投げ出されたのだ。
「え」
「ヤベェ……!」
まさかこんなに水際まで追い詰められていたとは。咄嗟に手を伸ばしたウインディだが、スピード重視のために徹底的な軽量化をはかった彼の力ではゴールドフットを支えることはできず、二体はそのまま川に転落してしまった。
目の前でもがくゴールドフットの腕を掴もうとするも、濁った水だけがウインディの指をすり抜けてゆく。イヤーセンサーに響く音と関節ギアに潜り込む水の感覚が気持ち悪い。ある程度の防水機能は備わっているが、水中スポーツを専門とするリーガーには遠く及ばない。あまり長く浸かっていると、全身錆び付いてしまう。こりゃ帰ったらメカニックにどやされるだろうな。
──というか俺たち、帰れるのか?
ゴールドフットは機体に水が流れ込むのを防ぐために排気を止め、川底に沈まないよう必死に手足を動かしている。やっとのことでその手を掴まえたウインディも、元々の重量差に加えて慣れない水の中に悪戦苦闘している。このまま二人で朽ち果てるのだけは御免だ。俺はまだ、こいつとサッカーがしたいんだ。祈るようにぎゅっとカメラアイを瞑ったマッハウインディの機体が、何者かによって突然持ち上げられた。
「げほっ……!あ、あれ……?」
口から吐き出された水がバシャ、と芝生に落ちる。さっきまで川の中にいたはずなのに。ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「二人とも、大丈夫か!?」
顔を上げると、チームメイトでゴールキーパーのダーキーがいた。先ほど自分を持ち上げてくれたのは、彼の腕だったのだ。
「二人とも、ってことは……」
ふと隣を見ると、ゴールドフットが座り込んでいた。しかも、金のたてがみに小枝や釣り糸を引っ掛けて。しばらく互いに睨み合っていたが、
「……ぶふっ」
先に沈黙を破ったのは、マッハウインディだった。
「な、何がおかしいんだよ」
いきなり吹き出したウインディに怪訝な顔をするフットだが、口元がひくひくと笑いを堪えている。
「だーっはっはっは!!」
二人は同じタイミングで笑い声を上げた。つい先ほどまで剥き出しの殺意をぶつけて殴り合っていたのをすっかり忘れたかのように笑い転げる二人にダーキーが呆気に取られていると、
「笑っとる場合かーーーーーッ!!」
背後から飛んできたクリーツの怒号に、三人はビクッと肩を震わせた。
「何でサッカーリーガーがどつき合ってんだ!!そんなエネルギーがあるなら試合で使え!!」
ゴールドフットとマッハウインディの頭に拳骨を食らわせ、「いってぇ!」と飛び上がるクリーツに、一旦静まった笑い声が再び巻き起こる。
「あはっ、お、俺たち鋼鉄だぜ!拳骨なんかしたらあんたの骨が砕けちまうよ!あーおっかしー!!」
「やかましい!!お前ら帰ったらフルメンテだからな!!」
相変わらずゲラゲラと笑い転げる二人をダーキーに回収させて荷台に乗せると、クリーツはホバーカーを発進させた。
燃えるような夕陽が、エースストライカーたちの帰路を照らしている。
明日はよく晴れそうだ。
ダークプリンスの監督であるクリーツに連れられてやってきた新しいリーガーは、先に集合していた選手たちを一瞥してから、短く名乗った。深緑と白を基調とした機体はちょっと小突いただけでフィールドの端まで吹っ飛びそうなほど細く、練習場の照明を反射してキラキラと輝く金色のヘッドパーツは一際目を惹く。
「こいつは機体を徹底的に軽くしたスピードタイプのストライカーだ……まぁ、お前たちなら一緒にプレーするうちに特性を掴めるだろう」
新しい仲間の紹介もそこそこに、クリーツはモニタールームへと引っ込んだ。「よろしくな」とマッハウインディに歩み寄る者に、遠巻きに見守る者。様々な反応を示す選手たちをあしらいながら彼がつかつかと足を進めた先にいたのは、
「ゴールドフット、だっけか?」
フェイスパーツをぐるりと囲む金色のたてがみに、左目から鼻筋を横切り、右頬に走る向こう傷。もうひとりのエースストライカー、ゴールドフットだ。チームメイトの情報は予め電子頭脳にインプットされているのだろうか、ゴールドフットが名乗っていないにもかかわらず、マッハウインディはその名前を正確に呼んだ。
「同じエースストライカー同士、よろしく頼むぜ」
自信に満ちた表情でこちらを見据えてくる様子に、ゴールドフットの駆動炉の回転が僅かに速くなった。
こうして、ダークプリンスの新シーズンが開幕した。
ロールアウトして間も無いリーガーを迎えての練習ということもあり、メニューの大半は基礎的な動きの確認や連携プレーの練習が中心だった。しかし、ダーク財団の技術の粋を集めて造られたマッハウインディはすぐに物足りなさを感じて、加入した数日後には試合形式の練習がしたいとクリーツに直談判を持ちかけたのだ。各々の競技で勝つことを宿命づけられたアイアンリーガーが練習に意欲的なのは良い傾向だ。ウインディの申し出を承諾したクリーツがモニタールームからマイク越しに指示を出し、紅白戦が始まった。
「オラァッ!!」
開始早々スライディングタックルでボールを奪い取ったゴールドフットが、そのまま前線へと上がってゆく。味方同士であるため破壊を目的としたプレーではないものの、パワータイプだけあって強烈な当たりだ。ボールを奪われた選手は芝生に倒れ伏し、小さく呻いた。しかし彼とてダークプリンスの一員である。すぐに立ち上がると、再び走り出した。
「ゴールドフット、こっちだ!」
ウインディがフットに呼びかける。新入りのくせに偉そうに指図しやがって。どれほどのものか見せてもらおうじゃねえか。
「ほらよ!」
足がめり込みそうなほどに地面をしっかり踏み込み、ウインディの遥か前方にロングパスを出す。
「よっしゃ、行くぜ!」
ウインディの嬉しそうな声をどこか他人事のように聞き流しながら、ゴールドフットはほくそ笑んだ。
追いつけるもんなら追いついてみろ。マッハの名が伊達じゃなけりゃな!
半ば当てつけのようにブッ飛ばしたパスの勢いは衰えることなくぐんぐん伸びてゆく。そしてそれに追いつこうと全力疾走するウインディ。やがて足元に収まったボールはそのままゴールに吸い込まれ──
「んあ……?」
間の抜けた声を発したウインディの足元に、ボールは無かった。フットのロングパスに追いつくどころか、持ち前の俊足で追い越してしまったのだ。目敏いディフェンダーがこぼれ球を前方に蹴り出し、再び相手チームにボールが渡った。
「なっ……」
まさかあの超ロングパスを追い越す奴がいるなんて。あんぐりと口を開けるゴールドフットの元へ、マッハウインディが駆け寄ってくる。
「気にすんな!」
そう言った彼の表情は、やはり爽やかな喜びに満ちていた。
「お前が遅いんじゃねえ、俺が速すぎんだ」
親指を立ててウインクするマッハウインディに、ゴールドフットの駆動炉はますます回転速度を上げた。
「──ちくしょう!!」
練習後、怒りのままにゴールドフットはロッカーに拳を叩きつけた。リーガーが使用するために作られたロッカーは通常の何倍も頑丈に作られているが、それすら凹ませるほどに彼の怒りは燃えたぎっていた。
パワーもスピードも自分がチームで一番だったのに。あいつが来てからどうも調子が狂って仕方ない。
さらにゴールドフットにとって最も腹立たしいのは、マッハウインディが加入して以降、ダークプリンスの戦績が絶好調であるということ。この時はまだ気づいていなかったが、スピードとテクニックに特化したウインディは、フットにとって最高の相棒だったのだ。
「落ち着けよゴールドフット……」
「あァ!?テメェ誰にモノ言ってんだ!!」
宥めようと声をかけた仲間の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らすゴールドフット。そこに、もう一人のリーガーがやって来た。
「……確かに、お前が怒るのも分からなくも無ェぜ。なーんかスカしてるって感じでよォ」
「けほっ……そうだゴールドフット、俺たちであいつシメてやろうぜ」
胸ぐらを掴む両手から抜け出したリーガーの提案に、一瞬きょとんとした表情を見せるゴールドフット。が、すぐに険しい顔つきに戻ると、
「俺一人で十分だ」
どうやら、自分でウインディを叩き潰さないと気が済まないらしい。フットの怒りに気圧された仲間たちは、身を縮めてコソコソとロッカールームから退散した。
エースストライカーは二人もいらない。どちらが上か、俺が分からせてやる。
翌日、いつもより遅い時間に目覚めたウインディは、街へ繰り出す仲間たちを見送ってから、自室でぼんやり立ち尽くしていた。
「オフの日って、何すりゃいいんだ……?」
しっかり休養をとるのも練習のうちだ、なんて言われても、ボールと戯れている時間こそが一番楽しい彼にとって、それをするなと言われてしまえば何をして過ごせばよいのか全く分からない。足は自然と練習場の方へ向いていた。誰もいない静かな練習場でリーガーの身長に合わせて整えられた天然芝をモフモフと触っていると、後ろから声をかけられた。
「よぉ、ウインディ」
「ゴールドフット!」
てっきり他の面子と一緒に出かけたとばかり思っていた仲間の登場に、ウインディの表情がぱあっと明るくなる。
「ちぃとツラ貸せや」
エレベーターで地上へ出ると、そこは初めて目にするもので溢れかえっていた。新緑の季節を過ぎて深く濃く色づいた街路樹の葉は雨粒を乗せてキラキラと輝き、休日の街を行き交う人は晴れやかな笑顔を浮かべている。きょろきょろと辺りを見回したり、近寄ってくるファンに手を振り返したりしながら、先を歩くゴールドフットを追いかけていると、いつの間にか市街の中心部から離れた河川敷にたどり着いていた。
「何だい、こんなとこで練習しようってのか?」
明け方に降った雨でぬかるんだ芝生は、とてもじゃないが練習に最適とは言えなかった。さらに、アイアンサッカーの試合が行われるスタジアムはどこも屋根を完備した全天候型だからコンディションの悪い足元を想定した練習は必要無い。こんな所まで足を運ばずとも、ダーク本部の地下練習場の方がよっぽど良いと思うのだが。ゴールドフットは相変わらず無言のままで、ウインディに背を向けている。
「何とか言えよ……ッ!?」
不思議に思って声をかけたマッハウインディの頭部に突如ガァン!と鳴り響く鈍い音。脳天を揺らす衝撃と、ズキズキとした痛み。ゴールドフットが、振り向きざまにウインディの顔面に拳を叩き込んだのだ。
「んだよ、痛えじゃねぇか……ぐはあっ!!」
ふらつきながら抗議の声を上げるウインディにお構い無しで、今度は腹部に蹴りを入れる。
「最新型だか何だか知らねェが調子に乗りやがって!!」
目の前のこいつは何を言っているんだ。調子に乗っているだって?俺はただ、自分の能力を最大限に活かしたサッカーをしていただけなのに。謂れのない暴力に、ウインディは蹲って防御の体勢をとることしかできなかった。
「か、監督ー!!」
モニタールームで試合の動画をチェックしていたクリーツのもとへ、リーガーが転がり込んできた。背中から生えた腕を落ち着きなく伸び縮みさせて時々壁にぶつけているのは、ゴールキーパーのダーキーだ。
「なんだダーキー、随分と騒がしいな。まずは腕を仕舞え」
「ゴールドフットとマッハウインディが河川敷でタイマン張ってる!!」
「はぁ!?」
ダーキーの放った衝撃のひと言に、クリーツは切れ長の目を見開いた。元々ダークには気性の荒いリーガーが多く在籍しており、試合後に血の気(勿論彼らの機体に流れているのは血液ではなくオイルだ)を持て余した選手たちが小競り合いを繰り広げることは珍しくなかった。大抵の場合放っておけば収まるのだが──というかいちいち仲裁しているとこちらの身が持たないので放置しているのが実情なのだが──
それにしても、タイマンって。80年代の週刊少年ジャンプじゃないんだぞ。どこでそんな言葉を覚えた、今西暦何年だと思っているんだ。ジャンプの世界ならば真の男は戦いの中で磨かれてゆくのだ、とか何とか言って青春の一ページを増量することもできるが残念ながらここはそうではない。パワーのゴールドフットにスピードのマッハウインディ、二人は抜群のコンビネーションで次々と勝利を収めてきた。そのどちらかが破壊されるようなことがあっては、今後のダークプリンスの戦績に大きな影響が出るのは明らかだ。何としても二人のエースストライカーを連れ戻さなくては。駐車場に下りたクリーツはリーガー用の荷台にダーキーを乗せ、ホバーカーを発進させた。
「テメェ、いい加減にしろよ!」
我慢の限界に達したマッハウインディが、ゴールドフットに殴りかかる。口の中を損傷したのか、赤茶色い燃料油が飛び散った。
「ほう、ちったあ根性あるみてェだな。その方がこっちも張り合いが出るってモンだぜ」
ゴールドフットはそう言って不敵に笑うと、フェイスパーツを汚すオイルを手の甲でぐい、と拭ってウインディを殴り返した。二人の機体が激しくぶつかり合い、ギアが軋み、金属音が響き渡る。
「エースストライカーは俺一人で十分だ!!」
血飛沫のように機体に飛び散るオイルがどちらのものなのか分からなくなった頃、ゴールドフットがトドメを刺しにかかった。
「死ねや!!」
黄金の右脚から繰り出される回し蹴りに、マッハウインディのカメラアイが素早く照準を合わせる。まともに食らえば二度と立ち上がることはできないと判断した高性能AIが四肢に命令を下す。ウインディの腕がゴールドフットの蹴りをさばき、ふわりと身を翻した。破壊すべき標的を失ったフットの機体は芝生に着地するかと思いきや、ウインディの背後の川に投げ出されたのだ。
「え」
「ヤベェ……!」
まさかこんなに水際まで追い詰められていたとは。咄嗟に手を伸ばしたウインディだが、スピード重視のために徹底的な軽量化をはかった彼の力ではゴールドフットを支えることはできず、二体はそのまま川に転落してしまった。
目の前でもがくゴールドフットの腕を掴もうとするも、濁った水だけがウインディの指をすり抜けてゆく。イヤーセンサーに響く音と関節ギアに潜り込む水の感覚が気持ち悪い。ある程度の防水機能は備わっているが、水中スポーツを専門とするリーガーには遠く及ばない。あまり長く浸かっていると、全身錆び付いてしまう。こりゃ帰ったらメカニックにどやされるだろうな。
──というか俺たち、帰れるのか?
ゴールドフットは機体に水が流れ込むのを防ぐために排気を止め、川底に沈まないよう必死に手足を動かしている。やっとのことでその手を掴まえたウインディも、元々の重量差に加えて慣れない水の中に悪戦苦闘している。このまま二人で朽ち果てるのだけは御免だ。俺はまだ、こいつとサッカーがしたいんだ。祈るようにぎゅっとカメラアイを瞑ったマッハウインディの機体が、何者かによって突然持ち上げられた。
「げほっ……!あ、あれ……?」
口から吐き出された水がバシャ、と芝生に落ちる。さっきまで川の中にいたはずなのに。ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「二人とも、大丈夫か!?」
顔を上げると、チームメイトでゴールキーパーのダーキーがいた。先ほど自分を持ち上げてくれたのは、彼の腕だったのだ。
「二人とも、ってことは……」
ふと隣を見ると、ゴールドフットが座り込んでいた。しかも、金のたてがみに小枝や釣り糸を引っ掛けて。しばらく互いに睨み合っていたが、
「……ぶふっ」
先に沈黙を破ったのは、マッハウインディだった。
「な、何がおかしいんだよ」
いきなり吹き出したウインディに怪訝な顔をするフットだが、口元がひくひくと笑いを堪えている。
「だーっはっはっは!!」
二人は同じタイミングで笑い声を上げた。つい先ほどまで剥き出しの殺意をぶつけて殴り合っていたのをすっかり忘れたかのように笑い転げる二人にダーキーが呆気に取られていると、
「笑っとる場合かーーーーーッ!!」
背後から飛んできたクリーツの怒号に、三人はビクッと肩を震わせた。
「何でサッカーリーガーがどつき合ってんだ!!そんなエネルギーがあるなら試合で使え!!」
ゴールドフットとマッハウインディの頭に拳骨を食らわせ、「いってぇ!」と飛び上がるクリーツに、一旦静まった笑い声が再び巻き起こる。
「あはっ、お、俺たち鋼鉄だぜ!拳骨なんかしたらあんたの骨が砕けちまうよ!あーおっかしー!!」
「やかましい!!お前ら帰ったらフルメンテだからな!!」
相変わらずゲラゲラと笑い転げる二人をダーキーに回収させて荷台に乗せると、クリーツはホバーカーを発進させた。
燃えるような夕陽が、エースストライカーたちの帰路を照らしている。
明日はよく晴れそうだ。