大氷原でつかまえて
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最後にこの足が大地を踏みしめてから、何日が経っただろうか。
漆黒の宇宙空間を航行するシャトルに昼夜の区別は無い。生物が宇宙空間で活動する場合は、体内に備わった概日リズムに合わせた生活習慣を形成するために機内に設置した時計の時刻に応じて昼と夜が決められているが、このシャトルにはそれを必要とする生命体は搭乗していない。壁面に並んだ充電ベッドで休眠状態に入っている鋼鉄の身体は、一見すると地上のスポーツリーグで活躍するアイアンリーガーに見えるが、彼らの強靭さはアイアンリーガーのそれを遥かに凌ぐ。より多くの敵を破壊するために強化された機体に、如何なる戦況に於いても迅速かつ的確な判断を下せるAI。人間は、彼らをアイアンソルジャーと呼んだ。
「──GZ」
無線による通信で、小隊長であるGZは休眠から再起動した。充電ベッドの磁力を振り払うように身を起こし、薄暗い通路を進んでゆく。
GZが操舵室へ入ると同時に、中央のモニターに映像が映し出される。珍妙な帽子に色眼鏡──自分たちに作戦命令を下す工作員、セクションXだ。
「次の目的地だ」
操舵室の窓の外に見えたのは、青い星だった。表面の約70パーセントを水で覆われた、今のところ全宇宙の天体の中で唯一生命体の存在が確認されている惑星、地球だ。二度とその土を踏むことは無いと思っていた場所への突然の帰還命令に、GZは訝しんだ。
「いいかGZ、これは帰還命令では無い。次の戦場だ」
「何だと?」
工作員から飛び出した想定外の言葉に、GZは思わず聞き返した。これまで自分たちが送り込まれた戦場は、生物や植物はおろか水すら無い荒廃した星ばかりであったからだ。そして、人間は安全な場所からソルジャーを使役していた。
アイアンソルジャーが創り出される遥か昔、人類が武器を交えて戦闘を繰り広げ、赤い血を流していたことは、ソルジャーのAIにもインプットされている。
まさか、再び地球を戦場にしようというのか。一体、何のために。戸惑うGZをよそに、工作員は続ける。
「N地点に飛行機が不時着した……いや、正確には我々が不時着させた、と言うべきか。その中の者たちを殲滅せよ」
「待て、民間機を襲撃するのか?」
傭兵として数々の戦場を渡り歩いた強者であるGZにも、さすがに動揺が伺える。地球で民間機を襲撃するなど、同じ大隊に所属する他の部隊からも聞いたことがない。任務の目的が読めないもどかしさに、GZは眉を顰めた。
「目的はお前に関係のないことだ。お前は傭兵としての実績を買われ、特にこの作戦に選ばれている。頼んだぞ」
GZの返事を待たずに、通信が切られた。規則正しい排気の音だけが、無人の操舵室にやけに大きく響く。
──目的はお前に関係の無いことだ。
工作員の言葉が思考回路でリフレインする。そうだ、我々ソルジャーは戦うためだけに存在しているのだ。そこに己の意思を介在させる必要は無い。命令は実行する、失敗はしない。それが全てだ。
操縦桿を握り、シャトルをマニュアル操作に切り替える。高度を下げ、厚い雲の中に突入すると、乱反射した太陽光からカメラアイを保護するためにバイザーが自動で下がった。操舵室の窓が曇り、氷の粒が叩きつけられる。どうやらこの雲の下では雪が降っているらしい。やがて白雲を抜けると、雪原の上に左エンジンを損傷したシャトルが見えた。大きく空気を吸い込んでから、艦内無線で隊員に通達する。
「これより着陸態勢に入る。総員、戦闘準備開始!」
この作戦が彼の運命を大きく変える出来事になろうとは、まだ知る由も無かった。
漆黒の宇宙空間を航行するシャトルに昼夜の区別は無い。生物が宇宙空間で活動する場合は、体内に備わった概日リズムに合わせた生活習慣を形成するために機内に設置した時計の時刻に応じて昼と夜が決められているが、このシャトルにはそれを必要とする生命体は搭乗していない。壁面に並んだ充電ベッドで休眠状態に入っている鋼鉄の身体は、一見すると地上のスポーツリーグで活躍するアイアンリーガーに見えるが、彼らの強靭さはアイアンリーガーのそれを遥かに凌ぐ。より多くの敵を破壊するために強化された機体に、如何なる戦況に於いても迅速かつ的確な判断を下せるAI。人間は、彼らをアイアンソルジャーと呼んだ。
「──GZ」
無線による通信で、小隊長であるGZは休眠から再起動した。充電ベッドの磁力を振り払うように身を起こし、薄暗い通路を進んでゆく。
GZが操舵室へ入ると同時に、中央のモニターに映像が映し出される。珍妙な帽子に色眼鏡──自分たちに作戦命令を下す工作員、セクションXだ。
「次の目的地だ」
操舵室の窓の外に見えたのは、青い星だった。表面の約70パーセントを水で覆われた、今のところ全宇宙の天体の中で唯一生命体の存在が確認されている惑星、地球だ。二度とその土を踏むことは無いと思っていた場所への突然の帰還命令に、GZは訝しんだ。
「いいかGZ、これは帰還命令では無い。次の戦場だ」
「何だと?」
工作員から飛び出した想定外の言葉に、GZは思わず聞き返した。これまで自分たちが送り込まれた戦場は、生物や植物はおろか水すら無い荒廃した星ばかりであったからだ。そして、人間は安全な場所からソルジャーを使役していた。
アイアンソルジャーが創り出される遥か昔、人類が武器を交えて戦闘を繰り広げ、赤い血を流していたことは、ソルジャーのAIにもインプットされている。
まさか、再び地球を戦場にしようというのか。一体、何のために。戸惑うGZをよそに、工作員は続ける。
「N地点に飛行機が不時着した……いや、正確には我々が不時着させた、と言うべきか。その中の者たちを殲滅せよ」
「待て、民間機を襲撃するのか?」
傭兵として数々の戦場を渡り歩いた強者であるGZにも、さすがに動揺が伺える。地球で民間機を襲撃するなど、同じ大隊に所属する他の部隊からも聞いたことがない。任務の目的が読めないもどかしさに、GZは眉を顰めた。
「目的はお前に関係のないことだ。お前は傭兵としての実績を買われ、特にこの作戦に選ばれている。頼んだぞ」
GZの返事を待たずに、通信が切られた。規則正しい排気の音だけが、無人の操舵室にやけに大きく響く。
──目的はお前に関係の無いことだ。
工作員の言葉が思考回路でリフレインする。そうだ、我々ソルジャーは戦うためだけに存在しているのだ。そこに己の意思を介在させる必要は無い。命令は実行する、失敗はしない。それが全てだ。
操縦桿を握り、シャトルをマニュアル操作に切り替える。高度を下げ、厚い雲の中に突入すると、乱反射した太陽光からカメラアイを保護するためにバイザーが自動で下がった。操舵室の窓が曇り、氷の粒が叩きつけられる。どうやらこの雲の下では雪が降っているらしい。やがて白雲を抜けると、雪原の上に左エンジンを損傷したシャトルが見えた。大きく空気を吸い込んでから、艦内無線で隊員に通達する。
「これより着陸態勢に入る。総員、戦闘準備開始!」
この作戦が彼の運命を大きく変える出来事になろうとは、まだ知る由も無かった。