雲の裏はいつも銀色
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「おっつかれさま〜!!」
機械の騒音に負けない元気な声が、メンテナンスルームに響き渡る。
丁寧にセットされた金髪に、意志の強さを感じさせる青い瞳。ラフプレーによる破壊と暴力に興じるアイアンリーグの中で、常にフェアプレーの精神を貫くサッカーチーム・シルバーキャッスルの若きオーナー、ルリー銀城だ。
「ルリーさん!」
先にメンテナンスルームにいた人物が彼女の声に気づき、顔を上げる。作業の手を止めてルリーのもとへ駆け寄ると、「お疲れ様です」と丁寧にお辞儀をした。
「んもー、あたしの方が年下なんだからそんなにかしこまらないでよ!さん付けもいらない」
「は、初めての職場でオーナーのこと呼び捨てになんてできないよ」
困った顔でそう言ったのは、トウコ雪本。国立大学でロボット工学を学び、この春からシルバーキャッスルに加入したばかりの新人女性メカニックだ。ダメ元で出した求人に応募が来たときには一体どんな奴が来るのか戦々恐々としていたが、実際の彼女は、誠実な人柄と確かな実力でオーナーや監督、アイアンリーガーたちの信頼を集めており、シルバーキャッスル陣営をいい意味で大きく裏切る人物だった。
「もうすぐ練習終わるから、皆のメンテナンスよろしくね」
ルリーが言い終わるのとほぼ同時に、練習を終えたリーガーたちが、ゾロゾロと部屋に入ってくる。
「皆、今日もお疲れ様!明日はオフだから、しっかり身体を休めること。トウコも明日は出勤しちゃダメ!ちゃんと休みなさい」
「はい!」
アイアンリーガーたちが全員充電ベッドに接続されたのを確認すると、トウコは「おやすみ」と呟き、メンテナンスルームを退出した。
***
カーテンの隙間から差し込む太陽光で、目が覚めた。枕元で充電している携帯電話の時計は、8時57分を示している。
「ふわぁ……よく寝た……」
休みの日は目覚ましをかけず、気の済むまで惰眠を貪るのは学生時代から制定しているマイルールのひとつだ。とはいえ、働き始めてからはアラーム無しでもいつもの時間に目覚めてしまうことが多かった。それがこの時間まで眠れるようになっているということは、少しずつ今の生活に順応してきていると判断してもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、トウコは布団から出て台所へ向かい、朝食の準備に取り掛かる。といっても、昨日買っておいたパンがあるから、湯を沸かしてコーヒーを淹れるだけである。あとは溜まった洗濯物を回そう。洗濯機に服を放り込んで……そうだ、ベッドカバーも一緒に洗ってしまおう。布団から剥いだカバーも放り込み、スイッチを入れる。朝食と身支度を済ませている間に洗濯が終わるって計算だ。
「ふ〜、終わった……」
洗濯物を干し終わったところで部屋が少し散らかっていることに気づき、散乱した本や化粧品を片付けて、掃除機と雑巾掛けまでしてしまった。1Kといえど、本気を出して掃除するとなかなか体力を消耗する。
ベランダに出て外の風に当たると、お気に入りの洗剤と柔軟剤の匂いがふんわりと漂ってくる。道行く通行人をぼんやりと眺めていると、一際大きな物体が視界に入ってきた。
逆立てた髪のようなブラウンのヘッドパーツに、空手の道着を思わせるオフホワイトの機体は、よく見知ったアイアンリーガーだ。
「──リュウケン!」
トウコの声に足を止めたアイアンリーガー、キアイリュウケンがこちらを見上げてくる。一瞬、驚いたように見開かれたライトブラウンの瞳は、声の主を捉えると、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「よかったらお茶してかない?オイルあるよ」
「い、いいの?」
親指を立ててウインクを返すと、リュウケンはいそいそと玄関の方へ回った。程なくして、金属製の足が階段を登る音が聞こえてきた。玄関を開けると、「お邪魔します」と呟きながら大きな機体を一生懸命に屈めて部屋の中へ入ってきた。
(ここが、トウコのおうち……)
初めて見る彼女の住処を、興味津々で見回す。ベランダで揺れるツナギに軍手。それらとは別に低い位置に干されているレースのついた小さな布は、何だか見てはいけないもののような気がしてすぐに目を逸らした。
「──お待たせ!」
両手にオイルドリンクと、自分の分のコーヒーを持ったトウコが台所から戻ってきた。
「アイアンリーガーが来るとやっぱり狭いね」
彼女はそう言って座椅子に腰掛けると、ふーふーと息を吹きかけてコーヒーを冷ます。リュウケンも、容器に備え付けられたストローを伸ばして中身を啜った。
「他のリーガーは、ここに来たことあるの」
聞いたところでどうする気もないが、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「あはは、無いよ。リュウケンが初めて」
(僕が、初めて……)
長い髪をおろして、ゆったりとしたワンピースを着たトウコは、いつもと違う人みたいだ。
他のアイアンリーガーが見たことのない彼女の姿を、自分だけが見ている。その事実に、リュウケンの胸はどうしようもなく高鳴る。
(なんだろう、この気持ち)
胸の高鳴りから気を逸らすため、再び部屋の中を見まわす。すると、テーブルの上のあるものに目が止まった。そこに置かれた銀色の小さなチューブには、"OIL"の文字が。
(オイル……?)
それにしても、随分と少ない。リュウケンならば一口で飲み干してしまえそうな量だ。というか人間がオイルを飲んで身体に悪影響は出ないのだろうか。いや、そもそもトウコが人間であるという前提が間違っているかもしれない。リュウケンの思考回路はフルパワーで稼働している。モーターが高速回転する音が聞こえ、排気口が熱を持ち始めた。
あれこれ考えているうちに、リュウケンはひとつの突拍子もない仮説に辿り着いた。もしかして、トウコはロボットなのではないか、と。
アイアンリーガーの需要をより上手く汲み取るために、メカニックにロボットを採用するという考え方もあるかもしれない。オーナーのルリーと同じように小さくて柔らかい身体をしているのは、より人間に近い外見にするためだと考えれば説明がつく。日進月歩のロボット産業だ。自分が生まれた頃からは想像もつかない、新しい技術が登場しているに違いない。自分の立てた仮説に納得し、うんうんと頷いたときに、ふと思い浮かんだことがある。
人間とロボットが共存する世界になって久しいこの現代に、わざわざその事実を隠す必要がどこにあるのだろうか。特に、アイアンリーガーと関わる仕事であるなら尚更だ。さらに奇妙なことに、彼女が自分たちと同じように潤滑油や燃料油を補給しているところは見たことがない。きっと普段は人間に見せるためにかなり無理をしていて、今日みたいな休日に、人目につかない自宅でエネルギーを補給しているに違いない。
何か特別な理由で、ロボットであることを隠しているのだとしたら。
(ぼ、僕はとんでもない秘密を知ってしまったかもしれない……!)
──ボンッ!
目の前に座るリュウケンから爆発音がした。トウコが驚きのあまり固まっていると、次の瞬間、リュウケンは白目を剥いて口から煙を吐き出し始めた。
「どうしたのリュウケン!?ぎゃっ、ショートしてる!!」
***
──後日。
「……トウコ、これ」
突然差し出されたリュウケンの手。その中にあるものに、トウコは思わず目を丸くした。
「オイルじゃない。どうして私に?」
「あんな少しのオイルじゃギアがすぐに摩耗してしまう。さ、ぐいっと」
「ちょ、ちょっと、誰に何吹き込まれたのよ!!」
トウコにオイルを飲ませようとするリュウケンの目撃情報が相次いだとかそうでないとか。
機械の騒音に負けない元気な声が、メンテナンスルームに響き渡る。
丁寧にセットされた金髪に、意志の強さを感じさせる青い瞳。ラフプレーによる破壊と暴力に興じるアイアンリーグの中で、常にフェアプレーの精神を貫くサッカーチーム・シルバーキャッスルの若きオーナー、ルリー銀城だ。
「ルリーさん!」
先にメンテナンスルームにいた人物が彼女の声に気づき、顔を上げる。作業の手を止めてルリーのもとへ駆け寄ると、「お疲れ様です」と丁寧にお辞儀をした。
「んもー、あたしの方が年下なんだからそんなにかしこまらないでよ!さん付けもいらない」
「は、初めての職場でオーナーのこと呼び捨てになんてできないよ」
困った顔でそう言ったのは、トウコ雪本。国立大学でロボット工学を学び、この春からシルバーキャッスルに加入したばかりの新人女性メカニックだ。ダメ元で出した求人に応募が来たときには一体どんな奴が来るのか戦々恐々としていたが、実際の彼女は、誠実な人柄と確かな実力でオーナーや監督、アイアンリーガーたちの信頼を集めており、シルバーキャッスル陣営をいい意味で大きく裏切る人物だった。
「もうすぐ練習終わるから、皆のメンテナンスよろしくね」
ルリーが言い終わるのとほぼ同時に、練習を終えたリーガーたちが、ゾロゾロと部屋に入ってくる。
「皆、今日もお疲れ様!明日はオフだから、しっかり身体を休めること。トウコも明日は出勤しちゃダメ!ちゃんと休みなさい」
「はい!」
アイアンリーガーたちが全員充電ベッドに接続されたのを確認すると、トウコは「おやすみ」と呟き、メンテナンスルームを退出した。
***
カーテンの隙間から差し込む太陽光で、目が覚めた。枕元で充電している携帯電話の時計は、8時57分を示している。
「ふわぁ……よく寝た……」
休みの日は目覚ましをかけず、気の済むまで惰眠を貪るのは学生時代から制定しているマイルールのひとつだ。とはいえ、働き始めてからはアラーム無しでもいつもの時間に目覚めてしまうことが多かった。それがこの時間まで眠れるようになっているということは、少しずつ今の生活に順応してきていると判断してもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、トウコは布団から出て台所へ向かい、朝食の準備に取り掛かる。といっても、昨日買っておいたパンがあるから、湯を沸かしてコーヒーを淹れるだけである。あとは溜まった洗濯物を回そう。洗濯機に服を放り込んで……そうだ、ベッドカバーも一緒に洗ってしまおう。布団から剥いだカバーも放り込み、スイッチを入れる。朝食と身支度を済ませている間に洗濯が終わるって計算だ。
「ふ〜、終わった……」
洗濯物を干し終わったところで部屋が少し散らかっていることに気づき、散乱した本や化粧品を片付けて、掃除機と雑巾掛けまでしてしまった。1Kといえど、本気を出して掃除するとなかなか体力を消耗する。
ベランダに出て外の風に当たると、お気に入りの洗剤と柔軟剤の匂いがふんわりと漂ってくる。道行く通行人をぼんやりと眺めていると、一際大きな物体が視界に入ってきた。
逆立てた髪のようなブラウンのヘッドパーツに、空手の道着を思わせるオフホワイトの機体は、よく見知ったアイアンリーガーだ。
「──リュウケン!」
トウコの声に足を止めたアイアンリーガー、キアイリュウケンがこちらを見上げてくる。一瞬、驚いたように見開かれたライトブラウンの瞳は、声の主を捉えると、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「よかったらお茶してかない?オイルあるよ」
「い、いいの?」
親指を立ててウインクを返すと、リュウケンはいそいそと玄関の方へ回った。程なくして、金属製の足が階段を登る音が聞こえてきた。玄関を開けると、「お邪魔します」と呟きながら大きな機体を一生懸命に屈めて部屋の中へ入ってきた。
(ここが、トウコのおうち……)
初めて見る彼女の住処を、興味津々で見回す。ベランダで揺れるツナギに軍手。それらとは別に低い位置に干されているレースのついた小さな布は、何だか見てはいけないもののような気がしてすぐに目を逸らした。
「──お待たせ!」
両手にオイルドリンクと、自分の分のコーヒーを持ったトウコが台所から戻ってきた。
「アイアンリーガーが来るとやっぱり狭いね」
彼女はそう言って座椅子に腰掛けると、ふーふーと息を吹きかけてコーヒーを冷ます。リュウケンも、容器に備え付けられたストローを伸ばして中身を啜った。
「他のリーガーは、ここに来たことあるの」
聞いたところでどうする気もないが、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「あはは、無いよ。リュウケンが初めて」
(僕が、初めて……)
長い髪をおろして、ゆったりとしたワンピースを着たトウコは、いつもと違う人みたいだ。
他のアイアンリーガーが見たことのない彼女の姿を、自分だけが見ている。その事実に、リュウケンの胸はどうしようもなく高鳴る。
(なんだろう、この気持ち)
胸の高鳴りから気を逸らすため、再び部屋の中を見まわす。すると、テーブルの上のあるものに目が止まった。そこに置かれた銀色の小さなチューブには、"OIL"の文字が。
(オイル……?)
それにしても、随分と少ない。リュウケンならば一口で飲み干してしまえそうな量だ。というか人間がオイルを飲んで身体に悪影響は出ないのだろうか。いや、そもそもトウコが人間であるという前提が間違っているかもしれない。リュウケンの思考回路はフルパワーで稼働している。モーターが高速回転する音が聞こえ、排気口が熱を持ち始めた。
あれこれ考えているうちに、リュウケンはひとつの突拍子もない仮説に辿り着いた。もしかして、トウコはロボットなのではないか、と。
アイアンリーガーの需要をより上手く汲み取るために、メカニックにロボットを採用するという考え方もあるかもしれない。オーナーのルリーと同じように小さくて柔らかい身体をしているのは、より人間に近い外見にするためだと考えれば説明がつく。日進月歩のロボット産業だ。自分が生まれた頃からは想像もつかない、新しい技術が登場しているに違いない。自分の立てた仮説に納得し、うんうんと頷いたときに、ふと思い浮かんだことがある。
人間とロボットが共存する世界になって久しいこの現代に、わざわざその事実を隠す必要がどこにあるのだろうか。特に、アイアンリーガーと関わる仕事であるなら尚更だ。さらに奇妙なことに、彼女が自分たちと同じように潤滑油や燃料油を補給しているところは見たことがない。きっと普段は人間に見せるためにかなり無理をしていて、今日みたいな休日に、人目につかない自宅でエネルギーを補給しているに違いない。
何か特別な理由で、ロボットであることを隠しているのだとしたら。
(ぼ、僕はとんでもない秘密を知ってしまったかもしれない……!)
──ボンッ!
目の前に座るリュウケンから爆発音がした。トウコが驚きのあまり固まっていると、次の瞬間、リュウケンは白目を剥いて口から煙を吐き出し始めた。
「どうしたのリュウケン!?ぎゃっ、ショートしてる!!」
***
──後日。
「……トウコ、これ」
突然差し出されたリュウケンの手。その中にあるものに、トウコは思わず目を丸くした。
「オイルじゃない。どうして私に?」
「あんな少しのオイルじゃギアがすぐに摩耗してしまう。さ、ぐいっと」
「ちょ、ちょっと、誰に何吹き込まれたのよ!!」
トウコにオイルを飲ませようとするリュウケンの目撃情報が相次いだとかそうでないとか。
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