荒涼たる新世界
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美少年。マヤには、その言葉がぴったりだ。
細長い手足と中性的な顔立ちに、ワインレッドの髪をサラサラと靡かせる姿は、屈強な男たちの中で一際目を引いた。容貌もさることながら、弓術と拳法に秀でたマヤは、新入りにも関わらず周囲から一目置かれていた。
炎燐拳の使い手で南斗五車星の一角を担うシュレンですら、1度だけマヤと手合わせをした際に、危ないところまで持ち込まれた。炎に怯むことなく間合いを詰めてくる度胸と、小柄な体躯がハンデになるどころかそれを最大限に活かしたマヤの拳は、戦場に於いて弟のヒューイと同等か、はたまたそれ以上に息の合ったコンビネーションを発揮した。
シュレンは最近、そんなマヤが気になって仕方がない。少年であることを差し引いてもあまりに細い体躯に、時折見せる色気のある仕草。どうしても、彼が自分と同じ男であることに納得がいかなかった。まさか自分が男に、しかも年端もいかぬ少年に心を乱されることがあろうとは。
彼は突然ふらりとシュレンたちの居城に現れ、朱の軍団への入隊を希望した。理由を聞いても「強くなりたい」の一点張りで、痺れを切らしたシュレンが拳を交え、その実力を見込んだため入隊に至ったのだ。
ほかの兵士たちともつかず離れずの関係を築き、マヤの素性を知る者は皆無と言ってもいいくらいだ。そのミステリアスさも相まって、シュレンの心に渦巻く名状し難い感情は日ごとに膨らんでいった。
***
マヤにとって初めての遠征の帰り、ある街で宿泊することになった。最終戦争の前は華やかな歓楽街として栄えていた街で、現在も飲み屋や娼館が立ち並ぶ、男たちにとっては天国のような場所である。
陽が落ちた頃、街にはネオンが灯り始めた。
「女抱くなんて久しぶりだな!」
戦帰りで昂ったままの兵士が口走る。
「マヤはまだお子ちゃまだからダメだぜ!宿で寝んねしてな」
「頭を撫でるな!せいぜい寝坊してシュレン様に怒られないように気をつけなよ」
子供扱いされたことに若干腹を立てつつも冗談交じりで返すマヤを尻目に、男たちはワイワイと談笑しながら夜の街に繰り出して行った。
***
「やっぱりキツイなぁ、これ……」
部屋で1人呟く彼女 の胸から、白いさらしが滑り落ちる。やや小ぶりではあるが、柔らかで形の良い胸が露わになる。
マヤは男のふりをして朱の軍団に潜り込んだのだ。他の者には知られぬよう、細心の注意を払って生活している。
部屋で簡単な食事と風呂を済ませた後、マヤは長い溜め息をついた。ふと耳を澄ますと、隣の部屋から物音が聞こえる。たしかシュレンが泊まっている部屋だ。
最初は同じ拳士として彼の強さに憧れ、生きる道標だと思っていた。それがいつからか、別のものに──淡い恋心に変わっていったのだ。しかし、普段は同じ男として接しているシュレンにそんな気持ちを打ち明けられるわけがない。まして女であることが知られたら、軍団から放り出されるかもしれない。そうなるくらいなら、このまま隠し通していた方がずっとマシだ。
(シュレン様も、出かけるのかな……)
シュレンが女の人を抱いているところなんて、想像しただけで胸が苦しくなる。マヤは頭まで布団をかぶると、身体をぎゅっと丸めた。
隣の部屋の物音が止むと、コンコン、とドアをノックする音が耳に入る。
「マヤ、居るか?」
「シュ、シュレン様!」
想い人の突然の来訪に、文字通り飛び起きたマヤ。こんな夜更けに一体何の用があるというのか。とにかく急いでドアを開けると、
「──他の者には内緒だぞ」
尖った犬歯を見せて悪戯っぽく笑うシュレンの手元には、重そうな酒瓶とグラス。
他に座れる場所がないため仕方なく粗末なベッドに2人腰掛けると、いつもより近い距離にドキドキしてしまう。速まる鼓動を誤魔化すようにグラスに注がれた琥珀色の液体を喉に流し込むと、喉がカッと熱くなる。
「美味しい……!」
「そりゃ良かった。強い酒だから無理はするなよ」
***
「……あ、あの……」
酒が進んできた頃、マヤが遠慮がちに話しかけてきた。業務連絡以外で彼から話しかけてくることは滅多にないため、シュレンはマヤを真剣な顔で見つめていた。
「その……シュレン様は街へ行かなくてよいのですか?」
マヤはずっと心に引っ掛かっていたことを聞くべく、やっとのことで重い口を開いた。
「あいつらにはいつも苦労をかけているから、こんな時くらい羽を伸ばしてほしくてな。留守番を引き受けたのだ」
こういうことを平然とやってのけるのも彼が多くの部下から慕われ、尊敬を集める所以だ。恐怖によって忠誠を誓わせたりなど決してしない。マヤもまた、そんな彼に命懸けでついて行くことを選んだ者の1人であった。
「──それに、すぐ近くにこんな美人がいるのだ。わざわざ街へ行くこともあるまい」
「ぼっ、僕は男ですよ!?」
普段から女みたいな顔だとからかわれているが(実際、女なのだが……)、シュレンにそう言われると、まるで女であることを見抜かれているような気がする。同時に、いつも皆の中心にいる彼を今この瞬間だけでも独占していると思うと、嬉しくてたまらなくなった。
「……最近、どうだ。少しは慣れたか」
「はい、何とかやっていけそうです」
口ではそう言うものの、顔には疲労の色が窺える。慣れない環境と初めての遠征で緊張して、よく眠れないのだろう。未成年に寝酒を勧めるのは大人としていかがなものかと思うが、こういう時は多少強引にでも寝てしまった方が良いのだ。
「飲んで話していたらじきに眠くなる」
その言葉通り、他愛のない会話を続けるうちに視界がぼやけてきた。ふわふわした頭に響くシュレンの低い声が心地良い。このまま彼の肩に身体を預けて眠ってしまいたい──意識を手放しかけたその時。
「きゃっ!!」
マヤの甲高い悲鳴が、静寂を破った。
床に投げ出していた足に感じた不穏な気配。ネズミがマヤの足をよじ登っていたのだ。
「いやぁっ!あっち行けってば!」
脚をバタバタと動かすと、ネズミはマヤの足から離れ、着地するとそのまま床と扉の隙間から外に逃げていった。
「大丈夫か?」
「す、すみません……」
突然動いて酔いが回ったのか、バランスを崩したマヤはシュレンの腕にしがみついていた。
酒で赤く火照った頬と潤んだ瞳に見上げられ、シュレンの理性がぐらつく。しかも腕に感じるのは、男には絶対に無いはずの柔らかな感触。甲高い悲鳴、あまりに細く、小柄な体躯。今まで彼に抱いていた違和感が、全て繋がった。
──しまった。
苦手なネズミを追い払おうとして体勢を崩し、咄嗟にシュレンの腕にしがみついてしまった。しかも、さらしを外した胸が彼の腕に当たっている。今の体勢を理解した瞬間、全身から血の気が引くのが分かった。絶対に気づかれている。
「お前……」
女だったのか、と呟くのが早いか否か、シュレンと向き直ったマヤが懐から短剣を取り出し、自身の胸に突き立てた。
「なっ……!」
「僕の正体が知られてしまった以上、ここには居られないものと思っています」
「待て、物騒なものを出すな!」
「……短い間ですが、お世話になりました」
「早まるな!」
シュレンによって払い落とされた短剣は、乾いた音を立てて床に落下した。
「……何故、男のふりをしている」
マヤは沈黙したまま目を伏せている。顔に影を落とすほどの長い睫毛が、ふるふると揺れている。
「お前ほどの実力があれば、性別を偽らずとも食うには困らないだろう」
「女だから、だよ……!」
弱々しくも自分を睨みつけながら言葉を荒らげるマヤに、シュレンは思わず面食らった。普段の彼、いや、彼女からは有り得ない言動だ。それに性別を誤魔化してまで軍団に潜り込んだのには、何か相当な訳があるに違いない。シュレンはガタガタと震えるマヤの肩を優しくさすりながら、彼女の言葉を待った。
「……僕の家は代々拳法を伝承していて、かつては僕が次期継承者としての教育を受けていました」
ようやく落ち着きを取り戻したマヤが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「でも、弟が生まれてから両親の態度は一変しました。僕の修行はすぐに打ち切られ、普通の女の子として過ごすように言われました……それまで自分のこと本当に男だと思っていたから当然馴染めるわけが無くて学校では孤立して、弟からも馬鹿にされた……」
家の都合で少女として最も多感な時期を捨てさせられ、また家の都合で少女に戻れと。人の親として許されざる所業に、シュレンは憤りを覚えた。
「家を飛び出してから村の用心棒も務めたけれど、男の拳士が来たらすぐに追い出されて……朱の軍団に入れば、色んな奴と戦って強くなれて、家の事なんか気にしなくて済む……って思ったんです。でも、女の自分じゃ相手にしてもらえないって思って……」
目の前にいるのは、かつて自分を追い詰めた少年拳士ではなく、一子相伝の悲哀に翻弄された少女。
「……辛かったな」
自分の声が震えていることに気づき、シュレンは動揺した。それを隠すように膝の上で握られたマヤの手に己の手をそっと重ねると、傷だらけでやや骨ばっているものの、思いの外小さいそれは確かに少女のもので。
「だが俺は、拳法を通してマヤと出会うことができて……嬉しいと思っている」
身勝手な男だな、と自嘲めいた笑みを浮かべるシュレンに、マヤはふるふると首を振る。我が事のように憤り、声を震わせる人のどこが身勝手だというのか。
「これからも軍団のために存分に力を奮ってくれ」
「で、では、これからもお傍に置いていただけるのですね!」
パッと顔を上げたマヤと目が合う。軍団のためだとかそんな言葉で濁すな。早く言ってしまえ。
俺は、お前のことが──
「まあ、それもあるんだが、その……」
珍しく歯切れの悪いシュレンが赤くなった顔を手で覆うと、マヤにしか聞こえない声で囁く。
「でっでも僕、肩幅広いし背だって170もあるし、女らしいところなんてひとつも……むぐっ」
あたふたと言葉を並べるマヤを正面から思いきり抱きしめると、細身の身体はシュレンの逞しい腕の中にすっぽりと収まった。
「俺から見れば、十分小さくて可愛い女の子だ」
女の子。呪いのように浴びせられてきたその言葉が、好きな人から発せられるだけでこんなにも甘美な気持ちにしてくれるなんて。男にも女にもなりきれなかった自分を丸ごと愛してくれる人を離してなるものか。そんな想いを込めて、彼の背中に腕を回してきゅっと抱きついた。
(シュレン様〜〜っ……!!)
(うっ……痛っ!痛だだだ!!マヤ、絞めるな!!)
細長い手足と中性的な顔立ちに、ワインレッドの髪をサラサラと靡かせる姿は、屈強な男たちの中で一際目を引いた。容貌もさることながら、弓術と拳法に秀でたマヤは、新入りにも関わらず周囲から一目置かれていた。
炎燐拳の使い手で南斗五車星の一角を担うシュレンですら、1度だけマヤと手合わせをした際に、危ないところまで持ち込まれた。炎に怯むことなく間合いを詰めてくる度胸と、小柄な体躯がハンデになるどころかそれを最大限に活かしたマヤの拳は、戦場に於いて弟のヒューイと同等か、はたまたそれ以上に息の合ったコンビネーションを発揮した。
シュレンは最近、そんなマヤが気になって仕方がない。少年であることを差し引いてもあまりに細い体躯に、時折見せる色気のある仕草。どうしても、彼が自分と同じ男であることに納得がいかなかった。まさか自分が男に、しかも年端もいかぬ少年に心を乱されることがあろうとは。
彼は突然ふらりとシュレンたちの居城に現れ、朱の軍団への入隊を希望した。理由を聞いても「強くなりたい」の一点張りで、痺れを切らしたシュレンが拳を交え、その実力を見込んだため入隊に至ったのだ。
ほかの兵士たちともつかず離れずの関係を築き、マヤの素性を知る者は皆無と言ってもいいくらいだ。そのミステリアスさも相まって、シュレンの心に渦巻く名状し難い感情は日ごとに膨らんでいった。
***
マヤにとって初めての遠征の帰り、ある街で宿泊することになった。最終戦争の前は華やかな歓楽街として栄えていた街で、現在も飲み屋や娼館が立ち並ぶ、男たちにとっては天国のような場所である。
陽が落ちた頃、街にはネオンが灯り始めた。
「女抱くなんて久しぶりだな!」
戦帰りで昂ったままの兵士が口走る。
「マヤはまだお子ちゃまだからダメだぜ!宿で寝んねしてな」
「頭を撫でるな!せいぜい寝坊してシュレン様に怒られないように気をつけなよ」
子供扱いされたことに若干腹を立てつつも冗談交じりで返すマヤを尻目に、男たちはワイワイと談笑しながら夜の街に繰り出して行った。
***
「やっぱりキツイなぁ、これ……」
部屋で1人呟く
マヤは男のふりをして朱の軍団に潜り込んだのだ。他の者には知られぬよう、細心の注意を払って生活している。
部屋で簡単な食事と風呂を済ませた後、マヤは長い溜め息をついた。ふと耳を澄ますと、隣の部屋から物音が聞こえる。たしかシュレンが泊まっている部屋だ。
最初は同じ拳士として彼の強さに憧れ、生きる道標だと思っていた。それがいつからか、別のものに──淡い恋心に変わっていったのだ。しかし、普段は同じ男として接しているシュレンにそんな気持ちを打ち明けられるわけがない。まして女であることが知られたら、軍団から放り出されるかもしれない。そうなるくらいなら、このまま隠し通していた方がずっとマシだ。
(シュレン様も、出かけるのかな……)
シュレンが女の人を抱いているところなんて、想像しただけで胸が苦しくなる。マヤは頭まで布団をかぶると、身体をぎゅっと丸めた。
隣の部屋の物音が止むと、コンコン、とドアをノックする音が耳に入る。
「マヤ、居るか?」
「シュ、シュレン様!」
想い人の突然の来訪に、文字通り飛び起きたマヤ。こんな夜更けに一体何の用があるというのか。とにかく急いでドアを開けると、
「──他の者には内緒だぞ」
尖った犬歯を見せて悪戯っぽく笑うシュレンの手元には、重そうな酒瓶とグラス。
他に座れる場所がないため仕方なく粗末なベッドに2人腰掛けると、いつもより近い距離にドキドキしてしまう。速まる鼓動を誤魔化すようにグラスに注がれた琥珀色の液体を喉に流し込むと、喉がカッと熱くなる。
「美味しい……!」
「そりゃ良かった。強い酒だから無理はするなよ」
***
「……あ、あの……」
酒が進んできた頃、マヤが遠慮がちに話しかけてきた。業務連絡以外で彼から話しかけてくることは滅多にないため、シュレンはマヤを真剣な顔で見つめていた。
「その……シュレン様は街へ行かなくてよいのですか?」
マヤはずっと心に引っ掛かっていたことを聞くべく、やっとのことで重い口を開いた。
「あいつらにはいつも苦労をかけているから、こんな時くらい羽を伸ばしてほしくてな。留守番を引き受けたのだ」
こういうことを平然とやってのけるのも彼が多くの部下から慕われ、尊敬を集める所以だ。恐怖によって忠誠を誓わせたりなど決してしない。マヤもまた、そんな彼に命懸けでついて行くことを選んだ者の1人であった。
「──それに、すぐ近くにこんな美人がいるのだ。わざわざ街へ行くこともあるまい」
「ぼっ、僕は男ですよ!?」
普段から女みたいな顔だとからかわれているが(実際、女なのだが……)、シュレンにそう言われると、まるで女であることを見抜かれているような気がする。同時に、いつも皆の中心にいる彼を今この瞬間だけでも独占していると思うと、嬉しくてたまらなくなった。
「……最近、どうだ。少しは慣れたか」
「はい、何とかやっていけそうです」
口ではそう言うものの、顔には疲労の色が窺える。慣れない環境と初めての遠征で緊張して、よく眠れないのだろう。未成年に寝酒を勧めるのは大人としていかがなものかと思うが、こういう時は多少強引にでも寝てしまった方が良いのだ。
「飲んで話していたらじきに眠くなる」
その言葉通り、他愛のない会話を続けるうちに視界がぼやけてきた。ふわふわした頭に響くシュレンの低い声が心地良い。このまま彼の肩に身体を預けて眠ってしまいたい──意識を手放しかけたその時。
「きゃっ!!」
マヤの甲高い悲鳴が、静寂を破った。
床に投げ出していた足に感じた不穏な気配。ネズミがマヤの足をよじ登っていたのだ。
「いやぁっ!あっち行けってば!」
脚をバタバタと動かすと、ネズミはマヤの足から離れ、着地するとそのまま床と扉の隙間から外に逃げていった。
「大丈夫か?」
「す、すみません……」
突然動いて酔いが回ったのか、バランスを崩したマヤはシュレンの腕にしがみついていた。
酒で赤く火照った頬と潤んだ瞳に見上げられ、シュレンの理性がぐらつく。しかも腕に感じるのは、男には絶対に無いはずの柔らかな感触。甲高い悲鳴、あまりに細く、小柄な体躯。今まで彼に抱いていた違和感が、全て繋がった。
──しまった。
苦手なネズミを追い払おうとして体勢を崩し、咄嗟にシュレンの腕にしがみついてしまった。しかも、さらしを外した胸が彼の腕に当たっている。今の体勢を理解した瞬間、全身から血の気が引くのが分かった。絶対に気づかれている。
「お前……」
女だったのか、と呟くのが早いか否か、シュレンと向き直ったマヤが懐から短剣を取り出し、自身の胸に突き立てた。
「なっ……!」
「僕の正体が知られてしまった以上、ここには居られないものと思っています」
「待て、物騒なものを出すな!」
「……短い間ですが、お世話になりました」
「早まるな!」
シュレンによって払い落とされた短剣は、乾いた音を立てて床に落下した。
「……何故、男のふりをしている」
マヤは沈黙したまま目を伏せている。顔に影を落とすほどの長い睫毛が、ふるふると揺れている。
「お前ほどの実力があれば、性別を偽らずとも食うには困らないだろう」
「女だから、だよ……!」
弱々しくも自分を睨みつけながら言葉を荒らげるマヤに、シュレンは思わず面食らった。普段の彼、いや、彼女からは有り得ない言動だ。それに性別を誤魔化してまで軍団に潜り込んだのには、何か相当な訳があるに違いない。シュレンはガタガタと震えるマヤの肩を優しくさすりながら、彼女の言葉を待った。
「……僕の家は代々拳法を伝承していて、かつては僕が次期継承者としての教育を受けていました」
ようやく落ち着きを取り戻したマヤが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「でも、弟が生まれてから両親の態度は一変しました。僕の修行はすぐに打ち切られ、普通の女の子として過ごすように言われました……それまで自分のこと本当に男だと思っていたから当然馴染めるわけが無くて学校では孤立して、弟からも馬鹿にされた……」
家の都合で少女として最も多感な時期を捨てさせられ、また家の都合で少女に戻れと。人の親として許されざる所業に、シュレンは憤りを覚えた。
「家を飛び出してから村の用心棒も務めたけれど、男の拳士が来たらすぐに追い出されて……朱の軍団に入れば、色んな奴と戦って強くなれて、家の事なんか気にしなくて済む……って思ったんです。でも、女の自分じゃ相手にしてもらえないって思って……」
目の前にいるのは、かつて自分を追い詰めた少年拳士ではなく、一子相伝の悲哀に翻弄された少女。
「……辛かったな」
自分の声が震えていることに気づき、シュレンは動揺した。それを隠すように膝の上で握られたマヤの手に己の手をそっと重ねると、傷だらけでやや骨ばっているものの、思いの外小さいそれは確かに少女のもので。
「だが俺は、拳法を通してマヤと出会うことができて……嬉しいと思っている」
身勝手な男だな、と自嘲めいた笑みを浮かべるシュレンに、マヤはふるふると首を振る。我が事のように憤り、声を震わせる人のどこが身勝手だというのか。
「これからも軍団のために存分に力を奮ってくれ」
「で、では、これからもお傍に置いていただけるのですね!」
パッと顔を上げたマヤと目が合う。軍団のためだとかそんな言葉で濁すな。早く言ってしまえ。
俺は、お前のことが──
「まあ、それもあるんだが、その……」
珍しく歯切れの悪いシュレンが赤くなった顔を手で覆うと、マヤにしか聞こえない声で囁く。
「でっでも僕、肩幅広いし背だって170もあるし、女らしいところなんてひとつも……むぐっ」
あたふたと言葉を並べるマヤを正面から思いきり抱きしめると、細身の身体はシュレンの逞しい腕の中にすっぽりと収まった。
「俺から見れば、十分小さくて可愛い女の子だ」
女の子。呪いのように浴びせられてきたその言葉が、好きな人から発せられるだけでこんなにも甘美な気持ちにしてくれるなんて。男にも女にもなりきれなかった自分を丸ごと愛してくれる人を離してなるものか。そんな想いを込めて、彼の背中に腕を回してきゅっと抱きついた。
(シュレン様〜〜っ……!!)
(うっ……痛っ!痛だだだ!!マヤ、絞めるな!!)
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