荒涼たる新世界
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「マヤ、入るぞ」
シュレンが声を掛けても、部屋の主──マヤの声は返ってこない。しかし、人のいる気配はする。大方デスクワークに没頭しているのだろう。そっと扉を開けると、机に向かって座る彼女の横顔が見えた。手には小さな金属の棒、いや、棒にしては随分と重厚感のある細長い小箱のようなものが乗っている。
「マヤ」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
すぐ隣まで近づいて名前を呼ぶと、余程驚いたのか素っ頓狂な声を上げるマヤ。珍しいこともあるものだとクツクツ笑っていると、慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
「も、申し訳ございません!ボーっとしてて、シュレン様に気づかず……」
「いや、大した用ではない。近くを通ったので顔を見にきただけだ」
マヤは幾分か表情を和らげ、立ち話もなんですから、とシュレンの方へ椅子を移動させると、お茶の用意をしてきます、と言い残して奥の部屋へ移動した。
「どうぞ」
慣れた手つきでお茶を出すと、自分は部屋の隅に置いてあったスツールを持ってきて腰掛けた。例の小箱は、机の上に置かれている。
「……この小箱は何だ?随分大切そうに持っていたが」
「あぁ、これですか」
マヤが小箱を手に取る。カシャッという音がして、小箱からさらに筒が出てくる。筒の端をクルクルと回すと、もう片端から赤色の塊が現れた。
「……口紅か」
核戦争以前、平和だった時代に見たことがあるものだった。
「ケース見ただけじゃ口紅だって分からないですよね、これ。ここを開くと鏡になっていて、お化粧直しに便利なんですよ。口紅の色とケースが別々に選べて、自分だけのお気に入りが作れるんです。鏡に名前まで刻印してもらっちゃった!」
普段の冷静な様子から打って変わって目を輝かせて語るマヤの姿に思わず笑みを零すと、「ご、ごめんなさい私ばかり喋ってしまって……」と顔を赤くして黙り込んだ。
「もっと聞かせてくれ」
それから、色々な話をした。核戦争の前は会社員をしていて、月の給与のうち自由に使える分の殆どをコスメに費やしていたこと、会社帰りにデパートに寄るのが楽しみだったこと、この口紅は核戦争で亡くなった母が入社祝いに買ってくれたものであること。鏡台に並んだたくさんのコスメの中からどれにしようかと迷うマヤを想像したシュレンは、彼女にある提案をした。
「今、付けてみてくれないか?」
「ええっ!最近ずっとメイクしてないし恥ずかしいです……」
使用期限が、リップブラシが無いから綺麗に塗れないなどと必死の抵抗を試みるも、
「俺しか見ていないから大丈夫だ」
低く優しい声でそんなことを言われてしまっては承諾するしかない。
「う、うぅ……分かりました」
鏡を見ながら唇に紅を引き、はみ出た口角を指先で優しく拭う。優雅さすら感じさせる一連の動作に、シュレンは思わず目を奪われる。
透けるような薄い赤がマヤの形の良い唇を彩る。派手な色ではないが、逆にそれが彼女の元より持ち合わせる美しさを引き立てていた。
「ど、どうですか……?」
「……よく似合っている。その、とても……綺麗だ」
普段使い慣れない言葉を使ったものだから、ぎこちない口調になってしまった。それでも彼女はありがとうございます、と微笑む。
「この時代みんな色々な野望を持って動いているじゃないですか。私、前に自分がどうしたいか考えたことがあるんです。その時、私は女の子が自由にお化粧を楽しめる世界を取り戻したいって思って……行き詰まった時にこの口紅を見たら、その時のことを思い出して頑張ろうって思えるんです……なんて、大した力も無いのに」
えへへ、と笑いながら胸の前で指を組む彼女があまりに可愛らしくて、自分がその笑顔を守れるのならば──
「ならば俺がマヤの望む世界を作り上げよう。マヤは俺の隣で、その手伝いをするのだ。そして、全ての戦いが収束した暁には──」
ふわりと頬に感じた温もり。シュレンの大きな右手がマヤの頬を撫でている。
「お前に口紅を贈ろう」
「シュレン様……」
すべすべした触り心地を堪能した後に、親指で下唇をなぞる。他の指は顎にかけて上を向かせると、燃えるような紅い瞳に射抜かれて、マヤの胸の鼓動はたちまち速くなる。
まるで恋人同士がするような行為に、マヤは羞恥のあまりぎゅっと目を瞑る。
「マヤ……」
熱を持った低い声が耳を掠める。ふ、とシュレンの吐息がマヤの唇にかかる。まさに2人の唇が触れ合おうとしたその時──
「マヤー!!ここの数字が全然合わねぇよォ、助けてくれ!!」
兵士の声が響く。
部屋に漂う甘い空気は一瞬で消し飛び、我に返ったシュレンはマヤの顔から手を離した。
「分かりました!すぐ行くから待っててください」
マヤはいつものクールな表情に戻ると、
「シュレン様、失礼致します」
ぺこりと一礼して部屋を後にする。
扉が閉められた部屋に1人取り残されたシュレンは先程までの自分の行動を省みて、顔を真っ赤にして暫くの間固まっていた。
(あっ、マヤの姉御口紅塗ってら!)
(これからデートか!?悪いな呼びつけちまって!)
(何でもないから早くその表完成させてください!!)
シュレンが声を掛けても、部屋の主──マヤの声は返ってこない。しかし、人のいる気配はする。大方デスクワークに没頭しているのだろう。そっと扉を開けると、机に向かって座る彼女の横顔が見えた。手には小さな金属の棒、いや、棒にしては随分と重厚感のある細長い小箱のようなものが乗っている。
「マヤ」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
すぐ隣まで近づいて名前を呼ぶと、余程驚いたのか素っ頓狂な声を上げるマヤ。珍しいこともあるものだとクツクツ笑っていると、慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
「も、申し訳ございません!ボーっとしてて、シュレン様に気づかず……」
「いや、大した用ではない。近くを通ったので顔を見にきただけだ」
マヤは幾分か表情を和らげ、立ち話もなんですから、とシュレンの方へ椅子を移動させると、お茶の用意をしてきます、と言い残して奥の部屋へ移動した。
「どうぞ」
慣れた手つきでお茶を出すと、自分は部屋の隅に置いてあったスツールを持ってきて腰掛けた。例の小箱は、机の上に置かれている。
「……この小箱は何だ?随分大切そうに持っていたが」
「あぁ、これですか」
マヤが小箱を手に取る。カシャッという音がして、小箱からさらに筒が出てくる。筒の端をクルクルと回すと、もう片端から赤色の塊が現れた。
「……口紅か」
核戦争以前、平和だった時代に見たことがあるものだった。
「ケース見ただけじゃ口紅だって分からないですよね、これ。ここを開くと鏡になっていて、お化粧直しに便利なんですよ。口紅の色とケースが別々に選べて、自分だけのお気に入りが作れるんです。鏡に名前まで刻印してもらっちゃった!」
普段の冷静な様子から打って変わって目を輝かせて語るマヤの姿に思わず笑みを零すと、「ご、ごめんなさい私ばかり喋ってしまって……」と顔を赤くして黙り込んだ。
「もっと聞かせてくれ」
それから、色々な話をした。核戦争の前は会社員をしていて、月の給与のうち自由に使える分の殆どをコスメに費やしていたこと、会社帰りにデパートに寄るのが楽しみだったこと、この口紅は核戦争で亡くなった母が入社祝いに買ってくれたものであること。鏡台に並んだたくさんのコスメの中からどれにしようかと迷うマヤを想像したシュレンは、彼女にある提案をした。
「今、付けてみてくれないか?」
「ええっ!最近ずっとメイクしてないし恥ずかしいです……」
使用期限が、リップブラシが無いから綺麗に塗れないなどと必死の抵抗を試みるも、
「俺しか見ていないから大丈夫だ」
低く優しい声でそんなことを言われてしまっては承諾するしかない。
「う、うぅ……分かりました」
鏡を見ながら唇に紅を引き、はみ出た口角を指先で優しく拭う。優雅さすら感じさせる一連の動作に、シュレンは思わず目を奪われる。
透けるような薄い赤がマヤの形の良い唇を彩る。派手な色ではないが、逆にそれが彼女の元より持ち合わせる美しさを引き立てていた。
「ど、どうですか……?」
「……よく似合っている。その、とても……綺麗だ」
普段使い慣れない言葉を使ったものだから、ぎこちない口調になってしまった。それでも彼女はありがとうございます、と微笑む。
「この時代みんな色々な野望を持って動いているじゃないですか。私、前に自分がどうしたいか考えたことがあるんです。その時、私は女の子が自由にお化粧を楽しめる世界を取り戻したいって思って……行き詰まった時にこの口紅を見たら、その時のことを思い出して頑張ろうって思えるんです……なんて、大した力も無いのに」
えへへ、と笑いながら胸の前で指を組む彼女があまりに可愛らしくて、自分がその笑顔を守れるのならば──
「ならば俺がマヤの望む世界を作り上げよう。マヤは俺の隣で、その手伝いをするのだ。そして、全ての戦いが収束した暁には──」
ふわりと頬に感じた温もり。シュレンの大きな右手がマヤの頬を撫でている。
「お前に口紅を贈ろう」
「シュレン様……」
すべすべした触り心地を堪能した後に、親指で下唇をなぞる。他の指は顎にかけて上を向かせると、燃えるような紅い瞳に射抜かれて、マヤの胸の鼓動はたちまち速くなる。
まるで恋人同士がするような行為に、マヤは羞恥のあまりぎゅっと目を瞑る。
「マヤ……」
熱を持った低い声が耳を掠める。ふ、とシュレンの吐息がマヤの唇にかかる。まさに2人の唇が触れ合おうとしたその時──
「マヤー!!ここの数字が全然合わねぇよォ、助けてくれ!!」
兵士の声が響く。
部屋に漂う甘い空気は一瞬で消し飛び、我に返ったシュレンはマヤの顔から手を離した。
「分かりました!すぐ行くから待っててください」
マヤはいつものクールな表情に戻ると、
「シュレン様、失礼致します」
ぺこりと一礼して部屋を後にする。
扉が閉められた部屋に1人取り残されたシュレンは先程までの自分の行動を省みて、顔を真っ赤にして暫くの間固まっていた。
(あっ、マヤの姉御口紅塗ってら!)
(これからデートか!?悪いな呼びつけちまって!)
(何でもないから早くその表完成させてください!!)