花は桜、君は美し
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「ったく、いつになりゃ渋谷駅の工事は終わるんだよ」
「週末になると相ッ変わらずアホみてえな人出じゃのう」
「全くじゃ。ソーシャルディスタンスもヘッタクレも無いわい」
時は2022年、10月。遠い昔に絶滅したはずの長ランに身を包んだ世にも奇妙な3人のバンカラ学生が、渋谷駅前に降り立った。
彼らが所属するのは、東京都内にある私塾「男塾」。全校生徒約300名、暴力及び傷害沙汰などでいくつもの高校を退学させられ、行き場のなくなった連中ばかりを収容する、全寮制男子校である。最大の特徴はその独自の教育カリキュラムで、真の日本男児を育成することを目標に掲げ、軍国主義を彷彿とさせる過激なスパルタ教育を施している。
「さっすが渋谷、可愛い子がいっぱいだ!」
「ギャルに清楚系にゴシックパンク……おお、あっちには地雷系もおるぞ」
3人のバンカラは、揃って辺りをキョロキョロと見回し始めた。色なし恋なしの青春から脱却するため、道ゆく女性をナンパしようとしているのである。
「お、お姉さん!」
「おお、松尾が行ったぞ!」
早速、松尾と呼ばれた独創的なヘアスタイルの学生が、女子大生と思しき若い女に声をかける。
「わ、わしと…………タピオカを、一緒に……飲んでくれんじゃろうか?」
松尾の言葉に、女はぱちぱちと瞬きをする。
「い、いけるか……?」
「頑張れ松尾……!」
あとの2人が、少し離れたところから固唾を飲んで見守っている。
「今はこれだけしか……タピオカなら、スクランブルスクエアのゴンチャがおススメです!せめて……せめて命だけは助けてください!!」
悲鳴混じりの声でそう言ったあと、女は鞄から取り出した財布を松尾に押しつけて人混みの中へ一目散に逃げて行ってしまった。
「強盗と間違われとる──ッッ!?」
「違うんじゃ、わしゃあタピオカが飲みたいだけなんじゃ……」
この世の終わりみたいな顔をした松尾が、がっくりと地面に膝をつく。
「ターゲット変更だ!おい秀麻呂、あの姉ちゃんなんてどうだ?」
丸メガネの学生が、一緒に松尾を見守っていた小柄なリーゼントの学生──秀麻呂に声をかける。
彼が指差した先には、スマートフォンを片手に佇む女がいた。先ほどの女よりも、少し落ち着いた風貌をしている。
「あの姉ちゃんさっきからずっとスマホ構っとる。多分ヒマしとるんじゃ」
「さすが男塾のインテリ、目の付けどころがシャープじゃのう」
いつの間にか戻ってきた松尾が言った。
「でもよ、けっこう年上っぽくないか?俺らみたいなガキ相手にしてくれっかなぁ……」
秀麻呂が弱気な一言を呟く。
「バカタレが!愛に年の差なんぞ関係あるか!」
まさかこんな作戦会議が繰り広げられているとはつゆ知らず、女は困ったような顔で、スマートフォンと案内板を交互に眺めている。
「あーっ、他の男がナンパしとるぞ!」
3人の司令塔役である丸メガネ──田沢の声に、松尾と秀麻呂がはっと顔を上げる。彼らが作戦を決行するより一足早く、他の男たちがターゲットに近づいていたのだ。何やら話をしているようだが、週末の渋谷駅前の喧騒にかき消され、内容を聞き取ることはできない。彼女は毅然とした態度で男たちをあしらっているが、彼らも負けじと食い下がっているようだ。
「お、おい、なんかヤバくねぇか?」
自分たちの誘いに応じないのに腹を立てたのであろう、1人の男が彼女の腕を掴んでいる。
「うーむ……ナンパは一旦置いといて、とりあえずお姉さんを助けるぞ」
田沢の言葉に、松尾と秀麻呂は大きく頷く。
「は、離してください!」
「女一人旅なんて寂しい証拠っしょ?俺らと遊ぼうぜ」
腕をがっちりと掴まれて、身動きが取れない。こんなにたくさんの人がいるのに、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと言うように目線を外して通り過ぎてゆく。
「おう、遊んでくれや」
「男はお呼びじゃねぇんだ……は?」
「──やれやれ。か弱い女子相手に複数がかりとは、日本男児の風上にもおけんやっちゃのう」
「ヒェッ!何だコイツら!?」
突然現れたバンカラ3人組に、男たちの顔が一気に青ざめる。
「ていうかなんで長ラン着てんだよ、いま令和だぜ!?」
「ぎゃ〜ッ!渋谷怖ぇ〜ッ!!」
男たちは情けない声を上げながら、散り散りに逃げていった。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
ふらりと体勢を崩した彼女を、秀麻呂が支える。
「あっ……」
身体を受け止める感触に戸惑った彼女が、小さく声を上げた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いやあ、礼を言われるほどのモンでも……」
柔らかい声で感謝の言葉を並べる彼女に、3人は思わず頬を赤く染める。
「勘違いだったら申し訳ないんじゃけど、お姉さんもしや道に迷っとるんですか?スマホと案内板交互に見とったから、気になっちまって」
冷静さを取り戻した松尾が、彼女に話しかける。
「は、はい。旅行に来たんですけど、道に迷ってしまって……」
このホテルまで行きたいんです、と彼女が出したのは、地図アプリの画面。
「ああ、ここなら西武渋谷まで行って井の頭通りをまっすぐ行ったところじゃ」
「本当?それなら私1人でも……」
そうは言うものの、先ほどのナンパ男のことが脳裏をよぎる。まだ近くにいたらどうしよう。少し不安になっていると、
「こんな時間だし、お姉さんさえ嫌じゃなかったらホテルまでお供します!」
こうして、旅行中のOLとバンカラ学生という奇妙なパーティが結成された。
***
「しかしお姉さん、他所モンが1人でこんな治安の悪い場所うろついてちゃいけませんぜ。一体何があったんですか?」
田沢が問いかける。
「舞台を観に行ってたの」
そう言って彼女が鞄から取り出したフライヤーを見た瞬間、3人は目を丸くした。「男であれ!!」の文字とともに、自分たちと同じような改造学ランを着た、強面の俳優たちが写っている。というか、自分たちそのものではないか。
何を隠そう、彼女が観ていた公演「舞台 魁!!男塾」は、私塾「男塾」の経済危機脱出のために催された興行なのである。これまでにも殺シアムや愕怨祭といった行事で運営資金を調達していたが、それだけでは到底足りず、ついに塾外でのイベント開催に踏み切った、というわけだ。
「わ、わしらの舞台観に……ゴフッ!」
松尾の鳩尾に、秀麻呂の肘打ちが決まる。
「余計なこと言うんじゃねぇ松尾!こんなご時世に舞台俳優が終演後渋谷でナンパなんて書き込まれてみろ。即座に炎上、教官から懲罰モンだぜ」
「何も知らんフリでやり過ごすんじゃ!ほー!俺ら以外にもこんなトチ狂った真似しとる学校があるんか!」
フライヤーを手に取った田沢が、わざとらしく声を上げる。
「俺ら以外って……君たち現役の学生さんだったの?てっきりフライングでハロウィンやってるのかと……」
彼女の言葉に、3人は危うくそのまま坂を転がり落ちそうな勢いでずっこけた。
「ごめんね、長ランなんて初めて見たから……」
「そりゃそうだよな、絶滅危惧種だっつーの!」
そんなことを話していると、あっという間にホテルまで辿り着いた。
「危ないところを助けてくれて道案内まで……本当にありがとう」
「な、なぁに俺たちゃ当然のことをしたまでよ!」
「それじゃ、東京観光楽しんでってくださいね!」
そう言い残すと、長ランの学生たちは井の頭通りを猛ダッシュで駆け下りていった。見た目は厳ついけれど、優しい子たちだ。
(なんか、さっき観た舞台の俳優さんに似てたな……)
***
数日後。都内某所、某私塾にて。
「静聴────ッ!!!!」
校庭に、髭をたくわえた教官の声が響きわたる。
「『舞台 魁!!男塾』も残すところあと2公演となった!アクリルスタンド完売、ブロマイドは増刷、DVDの受注も絶好調である!これもひとえに、貴様らの奮闘並びに人間愛の結晶と言えよう!なお、これらの売上は恵まれない人々に全額寄付される!」
「チッ、俺たちより恵まれない奴がこの世におるんかよ」
古びた学帽を被った青年が、舌打ちをする。
「フッフフ、たまには舞台で歓声を浴びるのもいいじゃねぇか」
「そうですよ。特に富樫、あなたには二度とない機会でしょうから、目一杯楽しみなさいな」
頭にハチマキを巻き、刀を背負った学生が宥めるも、その横から薄紅色の髪の美青年が意地悪く笑う。
「テメェ飛燕、言ってくれるじゃねぇか!」
「そこ、何をくっちゃべっとるか────ッ!!」
「お、押忍!!」
目ざとい教官におしゃべりを見つけられ、学生たちは姿勢を正す。
「塾長訓示じゃ!心して聞けい!」
髭をたくわえた教官に代わり、着物を身に纏ったスキンヘッドの大男が、ゆっくりと朝礼台に上がる。
そして、ゆっくりと息を吸い込むと──
「わしが男塾塾長、江田島平八である!!!!」
天地を揺るがす大音声に、校庭に集まった塾生は見事にずっこける。そして朝礼は終了し、塾生は何事もなかったかのように各自解散していった。
「松尾、秀麻呂、田沢!!」
教官が、3人の塾生を呼び止める。
「お、おーっす!!」
「貴様ら、土曜日の夜公演後に渋谷駅周辺を徘徊していたそうだな」
「ゲッ!!」
まさか、もうバレるなんて。額に背中に、ダラダラと冷や汗が流れ出る。
「今朝、匿名の電話があってな。髪型や図体の特徴からすぐに貴様ら3人を特定できた」
刀を携え、ジリジリと距離を詰めていく。松尾が、嫌な予感がするのう……と小さく呟く。千秋楽で降板なんてさせられたら洒落にならない。
「大手柄じゃの〜!!」
「えっ……?」
「危ない男に絡まれているところを助けたそうではないか。夜分にうろつくのは感心せんが、今回に限り無罪放免とする。その調子で今日の公演も気張ってけよ!!」
「押忍!!」
あのお姉さんだ。松尾、秀麻呂、田沢は顔を見合わせて笑った。
***
「これ……桜?」
ホテルをチェックアウトして、駅のコインロッカーに荷物を預けて街をぶらぶらしていると、桜の花びらが風に乗って舞い降りてきた。10月に桜が咲くわけがない。狂い桜が舞う方に目を向けると、学校があった。いかにも長い歴史がありそうな校舎と、門柱には力強い筆跡で「男塾」の文字が。昨日観ていた舞台と、妙にリンクしている。
「まさか……ね」
今日もまた、 漢桜 狂い咲くステージが始まる。
「週末になると相ッ変わらずアホみてえな人出じゃのう」
「全くじゃ。ソーシャルディスタンスもヘッタクレも無いわい」
時は2022年、10月。遠い昔に絶滅したはずの長ランに身を包んだ世にも奇妙な3人のバンカラ学生が、渋谷駅前に降り立った。
彼らが所属するのは、東京都内にある私塾「男塾」。全校生徒約300名、暴力及び傷害沙汰などでいくつもの高校を退学させられ、行き場のなくなった連中ばかりを収容する、全寮制男子校である。最大の特徴はその独自の教育カリキュラムで、真の日本男児を育成することを目標に掲げ、軍国主義を彷彿とさせる過激なスパルタ教育を施している。
「さっすが渋谷、可愛い子がいっぱいだ!」
「ギャルに清楚系にゴシックパンク……おお、あっちには地雷系もおるぞ」
3人のバンカラは、揃って辺りをキョロキョロと見回し始めた。色なし恋なしの青春から脱却するため、道ゆく女性をナンパしようとしているのである。
「お、お姉さん!」
「おお、松尾が行ったぞ!」
早速、松尾と呼ばれた独創的なヘアスタイルの学生が、女子大生と思しき若い女に声をかける。
「わ、わしと…………タピオカを、一緒に……飲んでくれんじゃろうか?」
松尾の言葉に、女はぱちぱちと瞬きをする。
「い、いけるか……?」
「頑張れ松尾……!」
あとの2人が、少し離れたところから固唾を飲んで見守っている。
「今はこれだけしか……タピオカなら、スクランブルスクエアのゴンチャがおススメです!せめて……せめて命だけは助けてください!!」
悲鳴混じりの声でそう言ったあと、女は鞄から取り出した財布を松尾に押しつけて人混みの中へ一目散に逃げて行ってしまった。
「強盗と間違われとる──ッッ!?」
「違うんじゃ、わしゃあタピオカが飲みたいだけなんじゃ……」
この世の終わりみたいな顔をした松尾が、がっくりと地面に膝をつく。
「ターゲット変更だ!おい秀麻呂、あの姉ちゃんなんてどうだ?」
丸メガネの学生が、一緒に松尾を見守っていた小柄なリーゼントの学生──秀麻呂に声をかける。
彼が指差した先には、スマートフォンを片手に佇む女がいた。先ほどの女よりも、少し落ち着いた風貌をしている。
「あの姉ちゃんさっきからずっとスマホ構っとる。多分ヒマしとるんじゃ」
「さすが男塾のインテリ、目の付けどころがシャープじゃのう」
いつの間にか戻ってきた松尾が言った。
「でもよ、けっこう年上っぽくないか?俺らみたいなガキ相手にしてくれっかなぁ……」
秀麻呂が弱気な一言を呟く。
「バカタレが!愛に年の差なんぞ関係あるか!」
まさかこんな作戦会議が繰り広げられているとはつゆ知らず、女は困ったような顔で、スマートフォンと案内板を交互に眺めている。
「あーっ、他の男がナンパしとるぞ!」
3人の司令塔役である丸メガネ──田沢の声に、松尾と秀麻呂がはっと顔を上げる。彼らが作戦を決行するより一足早く、他の男たちがターゲットに近づいていたのだ。何やら話をしているようだが、週末の渋谷駅前の喧騒にかき消され、内容を聞き取ることはできない。彼女は毅然とした態度で男たちをあしらっているが、彼らも負けじと食い下がっているようだ。
「お、おい、なんかヤバくねぇか?」
自分たちの誘いに応じないのに腹を立てたのであろう、1人の男が彼女の腕を掴んでいる。
「うーむ……ナンパは一旦置いといて、とりあえずお姉さんを助けるぞ」
田沢の言葉に、松尾と秀麻呂は大きく頷く。
「は、離してください!」
「女一人旅なんて寂しい証拠っしょ?俺らと遊ぼうぜ」
腕をがっちりと掴まれて、身動きが取れない。こんなにたくさんの人がいるのに、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だと言うように目線を外して通り過ぎてゆく。
「おう、遊んでくれや」
「男はお呼びじゃねぇんだ……は?」
「──やれやれ。か弱い女子相手に複数がかりとは、日本男児の風上にもおけんやっちゃのう」
「ヒェッ!何だコイツら!?」
突然現れたバンカラ3人組に、男たちの顔が一気に青ざめる。
「ていうかなんで長ラン着てんだよ、いま令和だぜ!?」
「ぎゃ〜ッ!渋谷怖ぇ〜ッ!!」
男たちは情けない声を上げながら、散り散りに逃げていった。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
ふらりと体勢を崩した彼女を、秀麻呂が支える。
「あっ……」
身体を受け止める感触に戸惑った彼女が、小さく声を上げた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いやあ、礼を言われるほどのモンでも……」
柔らかい声で感謝の言葉を並べる彼女に、3人は思わず頬を赤く染める。
「勘違いだったら申し訳ないんじゃけど、お姉さんもしや道に迷っとるんですか?スマホと案内板交互に見とったから、気になっちまって」
冷静さを取り戻した松尾が、彼女に話しかける。
「は、はい。旅行に来たんですけど、道に迷ってしまって……」
このホテルまで行きたいんです、と彼女が出したのは、地図アプリの画面。
「ああ、ここなら西武渋谷まで行って井の頭通りをまっすぐ行ったところじゃ」
「本当?それなら私1人でも……」
そうは言うものの、先ほどのナンパ男のことが脳裏をよぎる。まだ近くにいたらどうしよう。少し不安になっていると、
「こんな時間だし、お姉さんさえ嫌じゃなかったらホテルまでお供します!」
こうして、旅行中のOLとバンカラ学生という奇妙なパーティが結成された。
***
「しかしお姉さん、他所モンが1人でこんな治安の悪い場所うろついてちゃいけませんぜ。一体何があったんですか?」
田沢が問いかける。
「舞台を観に行ってたの」
そう言って彼女が鞄から取り出したフライヤーを見た瞬間、3人は目を丸くした。「男であれ!!」の文字とともに、自分たちと同じような改造学ランを着た、強面の俳優たちが写っている。というか、自分たちそのものではないか。
何を隠そう、彼女が観ていた公演「舞台 魁!!男塾」は、私塾「男塾」の経済危機脱出のために催された興行なのである。これまでにも殺シアムや愕怨祭といった行事で運営資金を調達していたが、それだけでは到底足りず、ついに塾外でのイベント開催に踏み切った、というわけだ。
「わ、わしらの舞台観に……ゴフッ!」
松尾の鳩尾に、秀麻呂の肘打ちが決まる。
「余計なこと言うんじゃねぇ松尾!こんなご時世に舞台俳優が終演後渋谷でナンパなんて書き込まれてみろ。即座に炎上、教官から懲罰モンだぜ」
「何も知らんフリでやり過ごすんじゃ!ほー!俺ら以外にもこんなトチ狂った真似しとる学校があるんか!」
フライヤーを手に取った田沢が、わざとらしく声を上げる。
「俺ら以外って……君たち現役の学生さんだったの?てっきりフライングでハロウィンやってるのかと……」
彼女の言葉に、3人は危うくそのまま坂を転がり落ちそうな勢いでずっこけた。
「ごめんね、長ランなんて初めて見たから……」
「そりゃそうだよな、絶滅危惧種だっつーの!」
そんなことを話していると、あっという間にホテルまで辿り着いた。
「危ないところを助けてくれて道案内まで……本当にありがとう」
「な、なぁに俺たちゃ当然のことをしたまでよ!」
「それじゃ、東京観光楽しんでってくださいね!」
そう言い残すと、長ランの学生たちは井の頭通りを猛ダッシュで駆け下りていった。見た目は厳ついけれど、優しい子たちだ。
(なんか、さっき観た舞台の俳優さんに似てたな……)
***
数日後。都内某所、某私塾にて。
「静聴────ッ!!!!」
校庭に、髭をたくわえた教官の声が響きわたる。
「『舞台 魁!!男塾』も残すところあと2公演となった!アクリルスタンド完売、ブロマイドは増刷、DVDの受注も絶好調である!これもひとえに、貴様らの奮闘並びに人間愛の結晶と言えよう!なお、これらの売上は恵まれない人々に全額寄付される!」
「チッ、俺たちより恵まれない奴がこの世におるんかよ」
古びた学帽を被った青年が、舌打ちをする。
「フッフフ、たまには舞台で歓声を浴びるのもいいじゃねぇか」
「そうですよ。特に富樫、あなたには二度とない機会でしょうから、目一杯楽しみなさいな」
頭にハチマキを巻き、刀を背負った学生が宥めるも、その横から薄紅色の髪の美青年が意地悪く笑う。
「テメェ飛燕、言ってくれるじゃねぇか!」
「そこ、何をくっちゃべっとるか────ッ!!」
「お、押忍!!」
目ざとい教官におしゃべりを見つけられ、学生たちは姿勢を正す。
「塾長訓示じゃ!心して聞けい!」
髭をたくわえた教官に代わり、着物を身に纏ったスキンヘッドの大男が、ゆっくりと朝礼台に上がる。
そして、ゆっくりと息を吸い込むと──
「わしが男塾塾長、江田島平八である!!!!」
天地を揺るがす大音声に、校庭に集まった塾生は見事にずっこける。そして朝礼は終了し、塾生は何事もなかったかのように各自解散していった。
「松尾、秀麻呂、田沢!!」
教官が、3人の塾生を呼び止める。
「お、おーっす!!」
「貴様ら、土曜日の夜公演後に渋谷駅周辺を徘徊していたそうだな」
「ゲッ!!」
まさか、もうバレるなんて。額に背中に、ダラダラと冷や汗が流れ出る。
「今朝、匿名の電話があってな。髪型や図体の特徴からすぐに貴様ら3人を特定できた」
刀を携え、ジリジリと距離を詰めていく。松尾が、嫌な予感がするのう……と小さく呟く。千秋楽で降板なんてさせられたら洒落にならない。
「大手柄じゃの〜!!」
「えっ……?」
「危ない男に絡まれているところを助けたそうではないか。夜分にうろつくのは感心せんが、今回に限り無罪放免とする。その調子で今日の公演も気張ってけよ!!」
「押忍!!」
あのお姉さんだ。松尾、秀麻呂、田沢は顔を見合わせて笑った。
***
「これ……桜?」
ホテルをチェックアウトして、駅のコインロッカーに荷物を預けて街をぶらぶらしていると、桜の花びらが風に乗って舞い降りてきた。10月に桜が咲くわけがない。狂い桜が舞う方に目を向けると、学校があった。いかにも長い歴史がありそうな校舎と、門柱には力強い筆跡で「男塾」の文字が。昨日観ていた舞台と、妙にリンクしている。
「まさか……ね」
今日もまた、