花は桜、君は美し

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 七牙冥界闘の追加戦力として男塾への入塾が許可されてからひと月余り。異国の地での学生生活にも少しばかり慣れてきた頃、狼髏館館主・宗 嶺厳は、未だかつてない窮地に立たされていた。

(ここは、一体どこだ……?)

 時空の歪みでパラレルワールドへ飛ばされたのでも、突然現れたヘリコプターに乗せられ、遠く離れた闘場へ連れてこられたのでもない。ここは紛うことなき東京の下町である。
 ことの発端は数十分前に遡る。
 寮生活に必要な食料品や生活用品の買い出しを命じられた嶺厳に、他の塾生が一緒に行こうと提案してきた。入塾して日が浅く、近隣の地理に詳しくない彼への気遣いだったのだが、「買い物くらい1人で行ける」と突っぱねて、1人で来てしまったのだ。そして見事道に迷った、というわけなのである。
 商店街は来た道をそのまま戻ればよかったのだが、少し離れた住宅街まで来た途端、同じような街並みばかりでどこを通ってきたのか分からなくなってしまった。やっと見つけた掲示板の住宅地図は経年劣化で文字や線が所々剥がれ落ち、当てにできそうもない。

「我的天……」

 はぁ、と小さくため息をつく。

「あの、何かお困りですか?」
 
 背後から聞こえてきた声に、ビクッと肩を震わせる。平静を装って振り返ると、1人の女が立っていた。丁寧に化粧を施した小さな顔に、西陽を反射して輝く長い黒髪。殺気はおろか警戒心も持たない、ただの一般人だ。こんなに容易く背後を取られるとは、狼髏館館主が聞いて呆れる。

「その制服、男塾ですよね?」
「那个……」

 男塾、と言っているのはかろうじて聞き取れたが、咄嗟に日本語が出てこない。

「我不会说日语……」

 やっとの思いで絞り出した言葉が今の状況に適切ではないのは分かっている。共に大陸から渡ってきた同郷の者たちとばかりつるんでいたのが、こんな形で仇となるとは思ってもみなかった。そんな嶺厳の心情を知ってか知らずか、目の前の少女は眉根を寄せ、何か考え事をしているようだ。そして真っ直ぐに嶺厳を見据え、口を開いた。

「你需要什么帮忙吗?(何かお困りですか?)」

 彼女が中国語で問いかけてきたため、嶺厳は思わず目を見開いた。

「你会说中文吗?(中国語が話せるのか?)」
「我可以说一点中文(少しだけ)」

 照れ臭そうにはにかみながら、たどたどしい発音でまだあまり上手くないの、と付け足す。言葉の上手い下手よりも、困っている自分に声をかけてくれたという事実に、嶺厳はほっと胸を撫で下ろす。

「你迷路了吗?(道に迷ったんですか?)」
「……是的(ああ)」

 彼女の問いかけに、素直に肯定で返す。寮まで案内してほしい旨を伝えると、屈託のない笑顔で快諾してくれた。

「この辺似たような道ばっかりで迷うんだよねぇ。私もよく迷子になったもん」
 
 彼女は半分独り言のように日本語で何か呟いた。意味を解することはできないが、道に迷った自分に共感を示していることは読み取れた。

「一起走吧(一緒に行こう)」

 そう言って、彼女は嶺厳の一歩前に出た。


***


 寮までの道すがら、彼女と色々な話をした。この近くに住む学生で、最近始めた中華料理店でのアルバイトの帰り道であったこと、そこで働く中国人と仲良くなるために中国語の勉強をしていること。嶺厳も、彼女が持っていた携帯端末の翻訳機能に頼りながら男塾での出来事を話した。あまり口の立つ質ではないが、彼女が嶺厳の言葉ひとつひとつに素直に笑ったり驚いたりする様子に、ついいつもより口数が多くなってしまう。

「やった、着いた!」

 一歩前を歩く彼女にぶつかりかけて、既のところで足を止める。視線を横に向けると、見慣れた木造の寮舎に筆文字の看板が。

「あ、あの……」

 礼を言わなくては。嶺厳がまごついていると、彼女がそっと端末を差し出してくれた。が、それを手で遮る。
 機械越しじゃなくて、ちゃんと自分の声で伝えたい。

「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして!」

 またねー!と大きく手を振りながら、彼女は夕焼けでオレンジ色に染まった街へと足を進める。途中で何度か振り返って手を振るものだから、結局、彼女の姿が完全に見えなくなるまで見送っていた。


***


「なあ、剣」
 
 夜、筆頭室にやってきた珍客を、剣桃太郎はきょとんとした表情で眺めていた。

「你愿意做我的朋友吗?って日本語でどう言うんだ」
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