花は桜、君は美し
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会いたいんだ 今すぐその角から
飛び出してきてくれないか
夏の魔物に連れ去られ 僕のもとへ
談話室のラジオから、視聴者から募集した恋のエピソードと、リクエスト曲が流れてくる。前に使った者が適当に周波数を合わせたのか、ノイズや他の番組の音声が混じっている。特段その番組が聴きたかったわけではないが、雑音が混じっているのは気になるのでダイヤルを回して周波数を合わせると、或るところで音がクリアに聞こえるようになった。
(ったくゴールデンウィークだってのに冴えねえぜ)
今年のゴールデンウィークは最大10連休!などと世間は騒ぎ立てているが、富樫は学生なのでカレンダー通りに月曜日と金曜日だけ授業があり、真ん中に3連休という、羽目を外すに外せない微妙な日取りである。かと言って授業をフケようものなら教官からどんな懲罰が下るか、考えただけでも身震いがする。
そうこうしている間にも曲は進んでゆく。
偶然と夏の魔法とやらの力で 僕のものに──
「──なるワケねーだろ!!」
たまらずラジオから流れてくる音楽に突っ込んでしまった。歌詞のもどかしさと自分の言動にあぁもう!と悪態をつきながら床に寝そべる。
(会いてぇな……)
中学の同級生の桜木マヤと偶然の再会を果たしたのが、ひと月ほど前のこと。その時に彼女から電話番号をもらったのだが、彼女の都合も考えて1度も電話できずにいたのだ。
彼女は今、何をしているのか。
自分のことなど忘れて、高校の友人と遊びに行っているのだろうか。それとも、気になる男でもできたか──
「うわあぁぁ!!そいつ誰じゃあ!?」
部屋にこもっていると良くないことばかり考えてしまう。こうしちゃいられねぇ、と反動をつけて起き上がると、長ランに付着した藺草を手で払い落として外へ出た。男塾の寮がある住宅街も、連休の浮き足立った空気に包まれている。
(あーあ、あの角から桜木出てこねえかな)
さっきまで聞いていた曲のことを思い出す。そんな都合のいいこと起こるわけがねえだろ、なんて鼻で笑っていると、誰かが角から曲がってこちらに歩いてきた。何となく、マヤに似ている気がする。
「富樫くん!」
マヤが自分を呼ぶ声が聞こえる。とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。こいつは重症、だ……
「でっ、出たァ!?」
まさかの本人登場に、思わず後ずさる。
「何よ、人の顔見てそんな声出しちゃって」
失礼しちゃう、と膨れた彼女が身に付けているのは、短い丈のTシャツにスキニーデニム。着ているものひとつで随分雰囲気が変わるものだ。
「お前、こんなとこで何してんだよ」
「朝から勉強してたんだけど飽きちゃって、散歩してたらこの辺まで来ちゃった……富樫くんは?」
「俺も似たようなもんだ。ま、勉強なんかしてねえけどな!」
そう言って豪快に笑う富樫は以前会った時のままで、マヤは何となく安心感を覚えた。
「桜木さえ良ければ、一緒に散歩しようや。1人より2人の方が楽しいだろ」
な?と長身をかがめて目線を合わせられたので、無言でこくこくと頷く。
「よっしゃ!出発進行じゃー!!」
上機嫌でのしのしと歩いていく富樫に置いていかれないように、マヤも狭い歩幅で必死について行った。
「ま、待って……!」
***
(これは……デートなのか……?)
海沿いの緑地で、2人揃って水面を眺める。
(ヤベェ、何話したらいいかぜんっぜん分かんねぇ!)
富樫の葛藤など露知らず、隣に座るマヤは「きもちい〜」なんて言いながら大きく伸びをしている。
(コイツ細いわりに胸あるんだな……うわっそんなカッコしてたら腹見えるじゃねぇか……!つうかもう見えてる!!腰細〜〜っ!!)
春に会った時には制服で覆われていた華奢な身体に思わず目を奪われていると、不意にマヤと視線がぶつかる。
「……ッ!!」
じぃ、と見つめてくるつぶらな瞳はすぐに逸らされ、再び水面へと向けられた。胸や腹に釘付けになっていたことを悟られているような気がして、富樫も彼女から目を逸らした。
「……本当はね、」
先に沈黙を破ったのは、マヤの方だった。
「男塾の近く散歩してたの、偶然じゃなかったの」
マヤが途切れ途切れに紡ぐ言葉を要約すると、こういうことらしい。
朝から勉強していたのは紛れもない事実であること。ゴールデンウィークの特別課題をやっつけていた時に、ふと富樫のことを思い出し、今何をしているのか気になって勉強が手につかなくなり、男塾の近くまで来れば会えるかもしれないと思ったのだ、と。
「へ、変だよね、こんなの」
「……変じゃねぇよ」
最後の方は弱々しく、絞り出すような声で呟いた彼女が、恐る恐る顔を上げた。
「俺も桜木のこと考え出したら止まらんようになって……会いてえって思って外に出とったんじゃ」
「えっ……」
「言ったろ、似たようなもんだって」
自分がそうしていたのと同じように、富樫もまた自分のことを考えていたなんて。そんなこと言われたら、期待してしまう。
「──桜木」
いつもの騒がしい声じゃない。隣に座る自分だけに聞こえるような、少しだけ掠れた声で呼ばれて、胸がキュンとする。
「こ、今度はちゃんと電話すっからよ……また俺と……デート、してくれるか……?」
い、言ってしまった。頬が熱くなってゆくのを感じる。きっと自分は今、とんでもなく赤い顔をしているに違いない。
「うん……また、デートしよ?」
とりあえず、真夏の空の下で震える必要はなさそうだ。
飛び出してきてくれないか
夏の魔物に連れ去られ 僕のもとへ
談話室のラジオから、視聴者から募集した恋のエピソードと、リクエスト曲が流れてくる。前に使った者が適当に周波数を合わせたのか、ノイズや他の番組の音声が混じっている。特段その番組が聴きたかったわけではないが、雑音が混じっているのは気になるのでダイヤルを回して周波数を合わせると、或るところで音がクリアに聞こえるようになった。
(ったくゴールデンウィークだってのに冴えねえぜ)
今年のゴールデンウィークは最大10連休!などと世間は騒ぎ立てているが、富樫は学生なのでカレンダー通りに月曜日と金曜日だけ授業があり、真ん中に3連休という、羽目を外すに外せない微妙な日取りである。かと言って授業をフケようものなら教官からどんな懲罰が下るか、考えただけでも身震いがする。
そうこうしている間にも曲は進んでゆく。
偶然と夏の魔法とやらの力で 僕のものに──
「──なるワケねーだろ!!」
たまらずラジオから流れてくる音楽に突っ込んでしまった。歌詞のもどかしさと自分の言動にあぁもう!と悪態をつきながら床に寝そべる。
(会いてぇな……)
中学の同級生の桜木マヤと偶然の再会を果たしたのが、ひと月ほど前のこと。その時に彼女から電話番号をもらったのだが、彼女の都合も考えて1度も電話できずにいたのだ。
彼女は今、何をしているのか。
自分のことなど忘れて、高校の友人と遊びに行っているのだろうか。それとも、気になる男でもできたか──
「うわあぁぁ!!そいつ誰じゃあ!?」
部屋にこもっていると良くないことばかり考えてしまう。こうしちゃいられねぇ、と反動をつけて起き上がると、長ランに付着した藺草を手で払い落として外へ出た。男塾の寮がある住宅街も、連休の浮き足立った空気に包まれている。
(あーあ、あの角から桜木出てこねえかな)
さっきまで聞いていた曲のことを思い出す。そんな都合のいいこと起こるわけがねえだろ、なんて鼻で笑っていると、誰かが角から曲がってこちらに歩いてきた。何となく、マヤに似ている気がする。
「富樫くん!」
マヤが自分を呼ぶ声が聞こえる。とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。こいつは重症、だ……
「でっ、出たァ!?」
まさかの本人登場に、思わず後ずさる。
「何よ、人の顔見てそんな声出しちゃって」
失礼しちゃう、と膨れた彼女が身に付けているのは、短い丈のTシャツにスキニーデニム。着ているものひとつで随分雰囲気が変わるものだ。
「お前、こんなとこで何してんだよ」
「朝から勉強してたんだけど飽きちゃって、散歩してたらこの辺まで来ちゃった……富樫くんは?」
「俺も似たようなもんだ。ま、勉強なんかしてねえけどな!」
そう言って豪快に笑う富樫は以前会った時のままで、マヤは何となく安心感を覚えた。
「桜木さえ良ければ、一緒に散歩しようや。1人より2人の方が楽しいだろ」
な?と長身をかがめて目線を合わせられたので、無言でこくこくと頷く。
「よっしゃ!出発進行じゃー!!」
上機嫌でのしのしと歩いていく富樫に置いていかれないように、マヤも狭い歩幅で必死について行った。
「ま、待って……!」
***
(これは……デートなのか……?)
海沿いの緑地で、2人揃って水面を眺める。
(ヤベェ、何話したらいいかぜんっぜん分かんねぇ!)
富樫の葛藤など露知らず、隣に座るマヤは「きもちい〜」なんて言いながら大きく伸びをしている。
(コイツ細いわりに胸あるんだな……うわっそんなカッコしてたら腹見えるじゃねぇか……!つうかもう見えてる!!腰細〜〜っ!!)
春に会った時には制服で覆われていた華奢な身体に思わず目を奪われていると、不意にマヤと視線がぶつかる。
「……ッ!!」
じぃ、と見つめてくるつぶらな瞳はすぐに逸らされ、再び水面へと向けられた。胸や腹に釘付けになっていたことを悟られているような気がして、富樫も彼女から目を逸らした。
「……本当はね、」
先に沈黙を破ったのは、マヤの方だった。
「男塾の近く散歩してたの、偶然じゃなかったの」
マヤが途切れ途切れに紡ぐ言葉を要約すると、こういうことらしい。
朝から勉強していたのは紛れもない事実であること。ゴールデンウィークの特別課題をやっつけていた時に、ふと富樫のことを思い出し、今何をしているのか気になって勉強が手につかなくなり、男塾の近くまで来れば会えるかもしれないと思ったのだ、と。
「へ、変だよね、こんなの」
「……変じゃねぇよ」
最後の方は弱々しく、絞り出すような声で呟いた彼女が、恐る恐る顔を上げた。
「俺も桜木のこと考え出したら止まらんようになって……会いてえって思って外に出とったんじゃ」
「えっ……」
「言ったろ、似たようなもんだって」
自分がそうしていたのと同じように、富樫もまた自分のことを考えていたなんて。そんなこと言われたら、期待してしまう。
「──桜木」
いつもの騒がしい声じゃない。隣に座る自分だけに聞こえるような、少しだけ掠れた声で呼ばれて、胸がキュンとする。
「こ、今度はちゃんと電話すっからよ……また俺と……デート、してくれるか……?」
い、言ってしまった。頬が熱くなってゆくのを感じる。きっと自分は今、とんでもなく赤い顔をしているに違いない。
「うん……また、デートしよ?」
とりあえず、真夏の空の下で震える必要はなさそうだ。