花は桜、君は美し
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ぎゅう〜。ぐるるるる。
腹の虫が盛大に鳴き声を上げたことによって、夢の世界から意識が浮上する。どうやら寝そべりながら本を読んでいる最中に寝落ちしてしまったらしい。磨りガラス越しの太陽の位置はまだ高く、長時間眠っていたわけではないようだ。
まだ夕飯までかなり時間があるというのに、腹が減って仕方ない。それもそのはず、寮の粗末な食事は、育ち盛りで運動量の多い塾生には明らかに足りない。男塾新1号生・桜木マヤも例に漏れず、腹の虫を鎮圧するべく脳内で作戦会議を繰り広げる。
東郷は朝からバイクで出かけたし、他の塾生たちも昼前には街へ繰り出した。寮長の馬之助も買い出し中だ。やるなら今しかない。
「……よし。“アレ”をやるか……」
数分の会議ののち、マヤは誰もいない部屋で1人呟くと、白い粉の入ったビニール袋を手に取り、厨へと向かった。
部屋から持ち出した白い粉をボウルにあけ、牛乳と混ぜ合わせる。ここで牛乳を少し減らして、その分みりんを足すとふんわりして美味しいのだ。
温めておいたフライパンに生地を垂らし、火が通るのを待つ。すでに厨には甘い匂いが漂っており、柄にもなくマヤの口元が緩む。
「ほほーん。美味そうな匂いがするのう」
屈強な野郎共の巣窟に似つかわしくない、無邪気な子供の声。こんな声をしているのは、この塾に1人しかいない。
「──泊鳳」
声のするほうを振り返ると、マヤよりも幾分背丈の低い少年が、歯を見せてにしし、と笑っている。
「見つかっちまったか」
自分の他にも寮に残っている人間がいたとは。だが、泊鳳ならば大事にもなるまい。おいで、と手招きすると、おさげ髪を揺らして小躍りしながら厨に入ってくる。
「何ぞね、これ?」
フライパンを興味深く覗き込み、すんすんと鼻を鳴らす。
「ホットケーキだよ。粉に牛乳を混ぜて焼くだけの、甘くて美味しいおやつさ」
ちょうど片面が焼きあがった頃らしく、マヤはフライ返しを差し込んで、プツプツと気泡が入った薄黄色の円をひっくり返す。
ぽふ、と軽い音がしてきつね色の生地が現れると、泊鳳がわあ!と歓声を上げた。
「泊鳳もやってみるかい?」
「お、おうっ!」
もう片面も火が通ったところで皿に移すと、一旦フライパンを火から下ろし、濡れ布巾で冷ます。一連の動作を不思議そうに眺める泊鳳に生地の入ったボウルとおたまを渡し、再度温めたフライパンに生地を流すよう促す。
「プツプツと気泡が出てきただろう?そしたら、フライ返しを端から差し込んでひっくり返すんだ」
「うまくできるかいの……」
かつて梁山泊十六傑の首領を務め、體動察の法まで習得した拳法の達人がホットケーキをひっくり返すのにドキドキしている。そのミスマッチさに笑いそうになるが、本人は真剣なのだ。笑いをかみ殺して、泊鳳ならできるよ、と声をかける。
「ほっ!」
──ぽふっ。
「できた!できたぞ桜木!」
くりくりとした丸い瞳を輝かせた泊鳳が、マヤの方を振り返る。
「泊鳳すごーい!」
小さな両手とハイタッチしたあとは、焼き上がりを待ちながら紅茶の準備に取りかかる。予定より少し大がかりなお茶会になってしまったが、これはこれで楽しい。
「いただきまーす!」
とろりと溶けたバターとメープルシロップの照りが食欲をそそる。
「こんな美味いもん初めて食うたずら!!」
「気に入ってもらえて良かったよ。まだあるからゆっくり食べるといい」
マヤの言葉を聞いているのかいないのか、紅い頬をハムスターのように膨らませてホットケーキに夢中になる様子は、梁山泊首領の威厳など微塵も感じさせない小さな子供だ。
「……あんちゃん達にも、食べさせてやりたかったな」
普段の小生意気な彼からは想像もつかない寂しそうな顔で、ぽつりと呟く。泊鳳は天挑五輪大武會で2人の兄を失っていた。真剣勝負ゆえ恨みを残すようなことはなく、だからこそ梁山泊の復興を誓って男塾に入塾してきたのだが、やはりまだ甘えたい盛りの子供なのだ。幼顔に似つかわしくない憂いのある表情に彼の背負っているものの重さを垣間見たような気がして、マヤの胸がきゅっと締め付けられる。
「こうして同級生になれたのもきっと何かの縁さ。皆のこと、兄貴だと思って甘えたらいいよ」
本当のお兄さん達には敵わないだろうけどね。と付け加えながら頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、先程までテーブルの向かいに座っていた泊鳳の姿が無い。
「泊鳳?」
「──ほんじゃ、遠慮なく甘えさせてもらおうかの!」
えらく近いところから聞こえた楽しそうな声と、膝に感じる重み。視線を落とすと、泊鳳がマヤの膝の上に座っているではないか。しかも、その手はマヤの学ランのボタンを外しにかかっている。
「こ、こら!胸をまさぐるな!!」
「お前は相っ変わらず細っこいの〜。もっと食わんと当たり負けするぞ、ほれ!」
ぐむ、とホットケーキを口の中に押し込まれたことによって、マヤの抗議は完全に封じられてしまった。
(まぁ、いっか……)
膝の上できゃっきゃとはしゃぐ、異国の地からやって来た歳下の同級生を眺めながら、口内に広がるバターとメープルシロップの風味を堪能する。こんな昼下がりも悪くないな、と思った。
腹の虫が盛大に鳴き声を上げたことによって、夢の世界から意識が浮上する。どうやら寝そべりながら本を読んでいる最中に寝落ちしてしまったらしい。磨りガラス越しの太陽の位置はまだ高く、長時間眠っていたわけではないようだ。
まだ夕飯までかなり時間があるというのに、腹が減って仕方ない。それもそのはず、寮の粗末な食事は、育ち盛りで運動量の多い塾生には明らかに足りない。男塾新1号生・桜木マヤも例に漏れず、腹の虫を鎮圧するべく脳内で作戦会議を繰り広げる。
東郷は朝からバイクで出かけたし、他の塾生たちも昼前には街へ繰り出した。寮長の馬之助も買い出し中だ。やるなら今しかない。
「……よし。“アレ”をやるか……」
数分の会議ののち、マヤは誰もいない部屋で1人呟くと、白い粉の入ったビニール袋を手に取り、厨へと向かった。
部屋から持ち出した白い粉をボウルにあけ、牛乳と混ぜ合わせる。ここで牛乳を少し減らして、その分みりんを足すとふんわりして美味しいのだ。
温めておいたフライパンに生地を垂らし、火が通るのを待つ。すでに厨には甘い匂いが漂っており、柄にもなくマヤの口元が緩む。
「ほほーん。美味そうな匂いがするのう」
屈強な野郎共の巣窟に似つかわしくない、無邪気な子供の声。こんな声をしているのは、この塾に1人しかいない。
「──泊鳳」
声のするほうを振り返ると、マヤよりも幾分背丈の低い少年が、歯を見せてにしし、と笑っている。
「見つかっちまったか」
自分の他にも寮に残っている人間がいたとは。だが、泊鳳ならば大事にもなるまい。おいで、と手招きすると、おさげ髪を揺らして小躍りしながら厨に入ってくる。
「何ぞね、これ?」
フライパンを興味深く覗き込み、すんすんと鼻を鳴らす。
「ホットケーキだよ。粉に牛乳を混ぜて焼くだけの、甘くて美味しいおやつさ」
ちょうど片面が焼きあがった頃らしく、マヤはフライ返しを差し込んで、プツプツと気泡が入った薄黄色の円をひっくり返す。
ぽふ、と軽い音がしてきつね色の生地が現れると、泊鳳がわあ!と歓声を上げた。
「泊鳳もやってみるかい?」
「お、おうっ!」
もう片面も火が通ったところで皿に移すと、一旦フライパンを火から下ろし、濡れ布巾で冷ます。一連の動作を不思議そうに眺める泊鳳に生地の入ったボウルとおたまを渡し、再度温めたフライパンに生地を流すよう促す。
「プツプツと気泡が出てきただろう?そしたら、フライ返しを端から差し込んでひっくり返すんだ」
「うまくできるかいの……」
かつて梁山泊十六傑の首領を務め、體動察の法まで習得した拳法の達人がホットケーキをひっくり返すのにドキドキしている。そのミスマッチさに笑いそうになるが、本人は真剣なのだ。笑いをかみ殺して、泊鳳ならできるよ、と声をかける。
「ほっ!」
──ぽふっ。
「できた!できたぞ桜木!」
くりくりとした丸い瞳を輝かせた泊鳳が、マヤの方を振り返る。
「泊鳳すごーい!」
小さな両手とハイタッチしたあとは、焼き上がりを待ちながら紅茶の準備に取りかかる。予定より少し大がかりなお茶会になってしまったが、これはこれで楽しい。
「いただきまーす!」
とろりと溶けたバターとメープルシロップの照りが食欲をそそる。
「こんな美味いもん初めて食うたずら!!」
「気に入ってもらえて良かったよ。まだあるからゆっくり食べるといい」
マヤの言葉を聞いているのかいないのか、紅い頬をハムスターのように膨らませてホットケーキに夢中になる様子は、梁山泊首領の威厳など微塵も感じさせない小さな子供だ。
「……あんちゃん達にも、食べさせてやりたかったな」
普段の小生意気な彼からは想像もつかない寂しそうな顔で、ぽつりと呟く。泊鳳は天挑五輪大武會で2人の兄を失っていた。真剣勝負ゆえ恨みを残すようなことはなく、だからこそ梁山泊の復興を誓って男塾に入塾してきたのだが、やはりまだ甘えたい盛りの子供なのだ。幼顔に似つかわしくない憂いのある表情に彼の背負っているものの重さを垣間見たような気がして、マヤの胸がきゅっと締め付けられる。
「こうして同級生になれたのもきっと何かの縁さ。皆のこと、兄貴だと思って甘えたらいいよ」
本当のお兄さん達には敵わないだろうけどね。と付け加えながら頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、先程までテーブルの向かいに座っていた泊鳳の姿が無い。
「泊鳳?」
「──ほんじゃ、遠慮なく甘えさせてもらおうかの!」
えらく近いところから聞こえた楽しそうな声と、膝に感じる重み。視線を落とすと、泊鳳がマヤの膝の上に座っているではないか。しかも、その手はマヤの学ランのボタンを外しにかかっている。
「こ、こら!胸をまさぐるな!!」
「お前は相っ変わらず細っこいの〜。もっと食わんと当たり負けするぞ、ほれ!」
ぐむ、とホットケーキを口の中に押し込まれたことによって、マヤの抗議は完全に封じられてしまった。
(まぁ、いっか……)
膝の上できゃっきゃとはしゃぐ、異国の地からやって来た歳下の同級生を眺めながら、口内に広がるバターとメープルシロップの風味を堪能する。こんな昼下がりも悪くないな、と思った。