花は桜、君は美し
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桜の花が満開を迎えた今日この頃、男塾1号生・富樫源次は当てもなく街を彷徨っていた。
それなりに都会であるため、途中で本屋に立ち寄ったり、CDショップで最新アルバムを試聴したりと娯楽には事欠かないが、僅かな自由時間を浪費するだけで何の充実感も得られない。特に目的地も無いまま桜並木の下を歩いていると、陽の光を吸収して温まった学ランと学帽も手伝って頭がぼんやりとしてくる。
「──きゃ!」
霞がかった思考回路を現実に引き戻したのは、か細い声と腕の辺りに何かがぶつかった感覚。視線を下に落とすと、地面に尻餅をつく少女がいた。あまりにもボーッとしていたため、前方から歩いてきた彼女とぶつかってしまったらしい。
「わ、悪ぃ!大丈夫か?」
カーディガンから指先だけを出した小さな手を引いて立たせてやると、彼女が真新しい学生服を着用していることに気がつく。自分と同じ高校生だろうか。緩すぎないリボンにきっちりと整ったプリーツスカートといった清楚な着こなしに、思わず目を奪われる。
「私こそごめんなさい!あの、お怪我は……」
少女は途中で言葉を詰まらせると、ぱっちりとした瞳をさらに丸くして富樫を見つめた。
「と、富樫くん……?」
突然名前を呼ばれて固まる富樫。普段から男同士でつるんでいる自分に女の、しかも歳の近そうな知り合いなど思い当たるフシがない。しかしそこは男子高校生──その上、全寮制男子校の生徒である──女子に声を掛けられて冷静でいられる訳がない。
「はは〜ん、さてはお前、俺のファンだな?いや〜この富樫源次、とうとう他校の女子にまで知れ渡るようになったか!お近づきの印にお茶でもどうだ!?」
色無し恋無しの男塾での日々で女子と出会えるなど皆無に等しい。すっかり調子に乗った富樫は、貴重な出会いを無駄にしたくない一心でぐいぐいと迫ってゆく。
「わ、私で良ければ喜んで……!」
な、なんということだ。
たまたま出会った女子をお茶に誘ったらあっさり承諾されてしまった。教官の鬼ヒゲが見たら憤死しかねない。アイスコーヒーを喉に流し込んだ後、目の前の小柄で大人しそうな女子高生に、できる限り丁寧に、礼儀正しく尋ねた。
「改めまして、自分は男塾1号生、富樫源次と申します!お嬢さんのお名前を教えていただけますか」
「桜木マヤ……富樫くん、本当に私のこと覚えてないの?」
桜木マヤと名乗る女子高生は、過去に富樫と何かしらの関わりがあったかのように話し出した。しかし、こんな美少女に出会っていたら今頃とっくに自分のものにしていたはず。一体どこで会ったのだろうか。富樫は普段滅多に使わない頭をフル回転させて、記憶を辿った。
桜木、桜木マヤ──……
「あーーーーーッッ!!」
突然大声を上げる富樫に、居合わせた客がビクッと肩を震わせる。
「お前、ガリ勉の桜木か!」
「お、思い出してくれたの!?」
マヤは俯いていた顔をパッと上げた。そう、2人は中学の同級生だったのだ。マヤは学年一の秀才、富樫は学年一の不良。
富樫が暴力事件で濡れ衣を着せられ停学処分にされかけた時に、たまたま目撃していたマヤが証言したことがきっかけで、まるで正反対の2人に接点が生まれたのだ。
マヤ自身は内気な性格だったが、テストで常に1位の優等生となれば否応なしに目立つため、周囲から「頭が良いのを鼻にかけている」などと根拠の無い陰口を叩かれることもあった。停学騒ぎ以降は、富樫がそんな連中に食ってかかるようになった。
2人の奇妙な関係は在学中ずっと続いたが、互いの性格や周りの目もあってそれ以上の進展は無いまま卒業してしまった。
「しっかし随分雰囲気変わったな。名前聞くまで分からなかったぜ」
富樫がマヤのことを即座に思い出せなかったのも無理はない。中学の頃の分厚い瓶底メガネにおさげ髪から一変、目の前の彼女は、睫毛をくるんとカールさせた大きな瞳に艶やかな黒髪ロングヘアの、紛うことなき美少女なのだから。
「うん、せっかく中学の同級生いない学校に行けたからイメチェンしようと思って、春休みの間に色々頑張ったの」
マヤは都内一の進学校に入学し、勉強に遊びに明け暮れる毎日だと言う。互いのことを話せば話すほど、己の学校生活がいかに世間と乖離したものであるか実感させられる。
「──でも今の富樫くん、すごく楽しそう」
「そ、そうかぁ?」
過酷な授業に鬼教官に理不尽な先輩。一切の理屈が通らない学校生活だが、共に乗り越えてきた個性豊かな仲間達のことを考えると、何だかんだで「楽しそう」という言葉を否定し切れないのも事実だ。
富樫の話に真剣に耳を傾けながらも、時折クスクスと笑うマヤにつられて笑みが零れる。見かけこそ変わったものの、優しくて少し控えめな口調は当時のままだ。日々の鍛錬と厳格な規律の中で培われた塾生同士の固い結束とはまた違う、力の抜けたやりとりに心が和む。
ああだこうだと話に花を咲かせているうちに外はすっかり夕闇に包まれ、空には宵の明星が輝いていた。
「やっべ、もうすぐ門限じゃ!」
氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲み干すと、急いで席を立って会計を済ませる。マヤも残りのキャラメルマキアートを飲み干すと、富樫の後を追いかける。
「あっ、そうだ!」
店を出たマヤはカバンからメモ帳を取り出すと、サラサラとボールペンを走らせる。
「これ、うちの電話番号!家電だから親が出るかもだけど……暇な時電話して」
「お、おぅ……!?」
「今日はありがとう!またね、富樫くん」
突然の出来事に困惑する富樫に半ば強引にメモを手渡すと、長い黒髪を揺らして帰宅ラッシュの人混みに姿を消した。
(ど、どうしよう……)
まさか、また会えるなんて。富樫からすれば、不良だらけの中学で真面目に勉強していた自分が物珍しかっただけで特に深い意味など無かったのだろうが、マヤからすれば、富樫のおかげで自分を変えることができたようなものだ。突然電話番号を渡すなんて変な奴だと思われたかもしれないが、自分の中の何かが、これで終わりにしてはいけないと告げているような気がしたのだ。
(じ、女子から電話番号もらった……)
寮への帰路を急ぎながらも、頭の中はマヤのことでいっぱいだ。唯一の肉親であった兄以外にたった1人、心を許すことのできた存在。ろくに言葉を交わしたことすらない自分のために生徒指導室まで乗り込んできた彼女の姿が鮮明に蘇ってくる。
またね、ということは、次があると期待してもいいのだろうか。いや、絶対に繋げてみせる。
「おー富樫、門限ギリギリじゃねえか」
バタバタと寮の玄関を潜る物音を聞きつけた虎丸が襖から顔を出し、富樫に声を掛ける。
肩で息をしながら乱雑に靴を脱ぎ捨てて廊下に上がったところで、虎丸は、富樫にある異変が起こっていることに気がついた。
「お前、顔真っ赤じゃねえか!熱でもあんのか?」
乱暴な手つきで学帽を脱がせると、自身の額をごつん、とくっつける。熱を測っているつもりなのだろうが、勢い余ってもはや頭突きだ。
「気色悪ぃことすんなよ!走って帰ってきたから暑いんだよ」
額をくっつけている虎丸を引き剥がして学帽を取り返すと、早足で部屋へ向かう。
「……変な奴っちゃな」
赤く染まった頬を隠すように学帽を目深に被り直し、懐から取り出したメモを見やる。桜の模様があしらわれた半透明の用紙に、彼女の人柄を表すような優しい文字が綴られている。
頬に集まった熱の正体は、きっとあの時伝え損ねた想い──
それなりに都会であるため、途中で本屋に立ち寄ったり、CDショップで最新アルバムを試聴したりと娯楽には事欠かないが、僅かな自由時間を浪費するだけで何の充実感も得られない。特に目的地も無いまま桜並木の下を歩いていると、陽の光を吸収して温まった学ランと学帽も手伝って頭がぼんやりとしてくる。
「──きゃ!」
霞がかった思考回路を現実に引き戻したのは、か細い声と腕の辺りに何かがぶつかった感覚。視線を下に落とすと、地面に尻餅をつく少女がいた。あまりにもボーッとしていたため、前方から歩いてきた彼女とぶつかってしまったらしい。
「わ、悪ぃ!大丈夫か?」
カーディガンから指先だけを出した小さな手を引いて立たせてやると、彼女が真新しい学生服を着用していることに気がつく。自分と同じ高校生だろうか。緩すぎないリボンにきっちりと整ったプリーツスカートといった清楚な着こなしに、思わず目を奪われる。
「私こそごめんなさい!あの、お怪我は……」
少女は途中で言葉を詰まらせると、ぱっちりとした瞳をさらに丸くして富樫を見つめた。
「と、富樫くん……?」
突然名前を呼ばれて固まる富樫。普段から男同士でつるんでいる自分に女の、しかも歳の近そうな知り合いなど思い当たるフシがない。しかしそこは男子高校生──その上、全寮制男子校の生徒である──女子に声を掛けられて冷静でいられる訳がない。
「はは〜ん、さてはお前、俺のファンだな?いや〜この富樫源次、とうとう他校の女子にまで知れ渡るようになったか!お近づきの印にお茶でもどうだ!?」
色無し恋無しの男塾での日々で女子と出会えるなど皆無に等しい。すっかり調子に乗った富樫は、貴重な出会いを無駄にしたくない一心でぐいぐいと迫ってゆく。
「わ、私で良ければ喜んで……!」
な、なんということだ。
たまたま出会った女子をお茶に誘ったらあっさり承諾されてしまった。教官の鬼ヒゲが見たら憤死しかねない。アイスコーヒーを喉に流し込んだ後、目の前の小柄で大人しそうな女子高生に、できる限り丁寧に、礼儀正しく尋ねた。
「改めまして、自分は男塾1号生、富樫源次と申します!お嬢さんのお名前を教えていただけますか」
「桜木マヤ……富樫くん、本当に私のこと覚えてないの?」
桜木マヤと名乗る女子高生は、過去に富樫と何かしらの関わりがあったかのように話し出した。しかし、こんな美少女に出会っていたら今頃とっくに自分のものにしていたはず。一体どこで会ったのだろうか。富樫は普段滅多に使わない頭をフル回転させて、記憶を辿った。
桜木、桜木マヤ──……
「あーーーーーッッ!!」
突然大声を上げる富樫に、居合わせた客がビクッと肩を震わせる。
「お前、ガリ勉の桜木か!」
「お、思い出してくれたの!?」
マヤは俯いていた顔をパッと上げた。そう、2人は中学の同級生だったのだ。マヤは学年一の秀才、富樫は学年一の不良。
富樫が暴力事件で濡れ衣を着せられ停学処分にされかけた時に、たまたま目撃していたマヤが証言したことがきっかけで、まるで正反対の2人に接点が生まれたのだ。
マヤ自身は内気な性格だったが、テストで常に1位の優等生となれば否応なしに目立つため、周囲から「頭が良いのを鼻にかけている」などと根拠の無い陰口を叩かれることもあった。停学騒ぎ以降は、富樫がそんな連中に食ってかかるようになった。
2人の奇妙な関係は在学中ずっと続いたが、互いの性格や周りの目もあってそれ以上の進展は無いまま卒業してしまった。
「しっかし随分雰囲気変わったな。名前聞くまで分からなかったぜ」
富樫がマヤのことを即座に思い出せなかったのも無理はない。中学の頃の分厚い瓶底メガネにおさげ髪から一変、目の前の彼女は、睫毛をくるんとカールさせた大きな瞳に艶やかな黒髪ロングヘアの、紛うことなき美少女なのだから。
「うん、せっかく中学の同級生いない学校に行けたからイメチェンしようと思って、春休みの間に色々頑張ったの」
マヤは都内一の進学校に入学し、勉強に遊びに明け暮れる毎日だと言う。互いのことを話せば話すほど、己の学校生活がいかに世間と乖離したものであるか実感させられる。
「──でも今の富樫くん、すごく楽しそう」
「そ、そうかぁ?」
過酷な授業に鬼教官に理不尽な先輩。一切の理屈が通らない学校生活だが、共に乗り越えてきた個性豊かな仲間達のことを考えると、何だかんだで「楽しそう」という言葉を否定し切れないのも事実だ。
富樫の話に真剣に耳を傾けながらも、時折クスクスと笑うマヤにつられて笑みが零れる。見かけこそ変わったものの、優しくて少し控えめな口調は当時のままだ。日々の鍛錬と厳格な規律の中で培われた塾生同士の固い結束とはまた違う、力の抜けたやりとりに心が和む。
ああだこうだと話に花を咲かせているうちに外はすっかり夕闇に包まれ、空には宵の明星が輝いていた。
「やっべ、もうすぐ門限じゃ!」
氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲み干すと、急いで席を立って会計を済ませる。マヤも残りのキャラメルマキアートを飲み干すと、富樫の後を追いかける。
「あっ、そうだ!」
店を出たマヤはカバンからメモ帳を取り出すと、サラサラとボールペンを走らせる。
「これ、うちの電話番号!家電だから親が出るかもだけど……暇な時電話して」
「お、おぅ……!?」
「今日はありがとう!またね、富樫くん」
突然の出来事に困惑する富樫に半ば強引にメモを手渡すと、長い黒髪を揺らして帰宅ラッシュの人混みに姿を消した。
(ど、どうしよう……)
まさか、また会えるなんて。富樫からすれば、不良だらけの中学で真面目に勉強していた自分が物珍しかっただけで特に深い意味など無かったのだろうが、マヤからすれば、富樫のおかげで自分を変えることができたようなものだ。突然電話番号を渡すなんて変な奴だと思われたかもしれないが、自分の中の何かが、これで終わりにしてはいけないと告げているような気がしたのだ。
(じ、女子から電話番号もらった……)
寮への帰路を急ぎながらも、頭の中はマヤのことでいっぱいだ。唯一の肉親であった兄以外にたった1人、心を許すことのできた存在。ろくに言葉を交わしたことすらない自分のために生徒指導室まで乗り込んできた彼女の姿が鮮明に蘇ってくる。
またね、ということは、次があると期待してもいいのだろうか。いや、絶対に繋げてみせる。
「おー富樫、門限ギリギリじゃねえか」
バタバタと寮の玄関を潜る物音を聞きつけた虎丸が襖から顔を出し、富樫に声を掛ける。
肩で息をしながら乱雑に靴を脱ぎ捨てて廊下に上がったところで、虎丸は、富樫にある異変が起こっていることに気がついた。
「お前、顔真っ赤じゃねえか!熱でもあんのか?」
乱暴な手つきで学帽を脱がせると、自身の額をごつん、とくっつける。熱を測っているつもりなのだろうが、勢い余ってもはや頭突きだ。
「気色悪ぃことすんなよ!走って帰ってきたから暑いんだよ」
額をくっつけている虎丸を引き剥がして学帽を取り返すと、早足で部屋へ向かう。
「……変な奴っちゃな」
赤く染まった頬を隠すように学帽を目深に被り直し、懐から取り出したメモを見やる。桜の模様があしらわれた半透明の用紙に、彼女の人柄を表すような優しい文字が綴られている。
頬に集まった熱の正体は、きっとあの時伝え損ねた想い──
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