勝利の女神様に口づけを
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わざとだったり、うっかりだったり。池にはとにかく色々なものが落ちてくる。
その日アトランティスが見つけたのは、指輪だった。
細い金属でできた小さな輪に、ハート型のピンクの宝石がくっついている。宝飾品に詳しくないアトランティスでも一目見て女物だと分かった。
水中からひっそり外の様子を伺うと、揺れる水面越しに人影が見える。若い女──雰囲気からして少女と呼んだ方がしっくりくるかもしれない──が困った顔でこちらを覗き込んでいる。どうやら故意に投げ込んだわけではないらしい。かと言って自分にそれを拾ってやる義理もない。アトランティスは暫く無視を決め込んでいたが──
(こいつ、いつまでいる気だよ……)
水の外が薄暗くなってきたにも関わらず、少女は池の中を覗き込んでいる。実際は光の屈折やら何やらでこちらの様子は外から見えないようになっているのだが、ずっと視線を注がれるのは気分の良いものではない。早くどこかに行ってくれ。その一心で、アトランティスは鉤爪の先に指輪を引っ掛けてから、ゆっくり浮上した。
「──おい」
「ギャーッ!!」
少女のか弱そうな見た目からは想像もつかない叫び声に驚くアトランティス。だが、その後に続いた言葉に比べればまだ可愛いものであった。
「か、河童!?」
「カッ……」
今、何と言った?泣く子も黙る悪魔超人を河童と見間違えただと?
「テメェ誰が河童だ!よーく見やがれ、俺は悪魔超人アトランティスだ!!」
「わ、わぁ!ほんとだアトランティスだ!失礼しました!」
河童呼ばわりされた屈辱をそのままぶつけるように声を荒らげると、少女はすみませんすみませんと連呼しながらぺこぺこ頭を下げる。
「これ、お前のだろ?」
そう言って指先に引っ掛けた指輪を目の前に掲げると、少女はパッと顔を上げた。
「拾ってくれたの!?」
「たまたま落ちてきたからな」
少女の手のひらにそっと指輪を乗せる。これで落とし物は無事に持ち主のもとへ戻った。用が済んだのなら早く自分の前から姿を消してほしい。素っ気なく答えるアトランティスに対し、彼女は、満面の笑みで「ありがとう!」と言った。
「優しいんだね、アトランティスって」
「んなっ……」
少女の言葉が、アトランティスの心に突き刺さる。優しい?悪魔超人のこの俺が?
「か、勘違いするんじゃねぇ!いいか、俺たち悪魔超人は──」
「── 名前!」
アトランティスは自分たち悪魔超人がいかに残虐非道であるかを説こうとしたが、それは突然聞こえてきた男の声によって遮られた。
「お前、何やってんだよ!」
ひとりの男が割って入り、アトランティスを睨みつける。
「お、おい、アトランティス!俺の名前にちょっかいかけやがって!」
震える声からは、悪魔超人と対峙することへの恐怖がありありと感じ取れる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!アトランティスは指輪を拾ってくれて……」
「はぁ?悪魔超人がそんなことするわけねーだろ!早く行くぞ!」
男は指輪の持ち主── 名前の言葉に耳を傾けることなく、彼女の腕を掴んで足早に立ち去る。
「ケケケッ、頼もしい彼氏サマだな」
小さくなってゆく2人の背中を見送ってから、アトランティスはちゃぽん、と水中に姿を消した。
***
それからしばらく経った頃、指輪のことなどすっかり忘れていたアトランティスがいつものように水底を揺蕩っていると、頭上からキラキラと光るものが舞い降りてきた。
(あれは……)
光を反射して輝く小さな金属が、アトランティスの記憶を呼び起こす。
(あいつ、また落としたのかよ)
二度目は無ぇぞとそっぽを向くと、少女の顔が鮮明に蘇った。指輪を落としたときの泣き出しそうな顔と、拾ってやったときの嬉しそうな顔。
「……チッ」
こんな小さな金属に心を揺さぶられるなんて、悪魔超人が聞いて呆れる。アトランティスは渋々身を翻して指輪を握りしめると、あの日と同じように水から頭を出した。
「──落としたぞ」
名前の前に姿を現したアトランティスが、拳を開いて指輪を見せる。きっと初めて会ったときと同じようにパッと顔を輝かせて受け取るのだろう、そう確信していたのだが──
「……もう、いいの」
消え入りそうな声で呟いてから、名前は首を横に振った。
「あぁ?」
予想外の反応に、アトランティスは柄にもなく戸惑ってしまう。
「もういいって、どういう意味だよ」
大切にしていたものじゃなかったのか。アトランティスが問いかけても、名前は俯いたまま黙り込んでいる。
「おい、なんか言えよ」
「……」
「黙ってちゃ分かんねーだろーが!」
アトランティスが苛立って声を荒らげると、名前はビクッと肩を震わせた。さすがに言いすぎたかと心配になって恐る恐る顔を覗き込むと、大きな瞳に涙が浮かんでいた。
「ふ、フラれた、の」
「あンときの彼氏か」
名前は俯いたまま小さく頷く。この指輪は彼氏にもらったもので、フラれたことによるショックで捨てに来た、ってところか。アトランティスは勝手に推測しつつ、彼女が話し始めるのを待った。
「うっ……わ、わざと指輪落として……ひっ……悪魔超人、引っかけたんだろって……」
涙を流しながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「アトランティスは、っく……指輪拾ってくれただけだって……何度も言ったのに、聞いてくれなくて、」
ついには子供のように泣きじゃくり始めた名前を慰める術もなく、アトランティスはただただ彼女を見つめる。
「っうぇ……アトランティス、そんな人じゃ、ないのに」
嗚咽混じりに絞り出された言葉に、思わずどきりとした。てっきり恋人からあらぬ疑いをかけられた上に別れを告げられて泣いていたとばかり思っていたが、それだけではないらしく、いや、それどころか──
(もしかして、俺が誤解されてたのが悲しくて泣いてんのか……?)
対戦相手や観客から罵声を浴びせられるのが日常茶飯事の悪魔超人のために涙を流す人間がいるなんて。アトランティスは暫くの間、信じられないといった表情で名前を見つめていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。
「ケッ、悪魔庇ってフラれるたぁとんだ変人だな」
口ではそう言いつつも、胸の内にじんわりと広がる不思議な感情を否定する気にはなれなかった。
「ひっく……うっ……」
「ほらよ」
落ち着いた頃合いを見計らって指輪を差し出すと、名前はおずおずと受け取って指に嵌めた。
「まー並の男ならお前みてーな変人持て余すだろうが……」
「ひ、ひどい……」
「俺には丁度いいかもな」
「えっ?」
名前は目をぱちくりさせてアトランティスの方を見上げる。言葉の意味を理解するより前に、涙が乾ききらない頬にひんやりとしたものが触れた。視界いっぱいに広がるのは、アトランティスの赤い瞳。
「えぇっ!?あ、ゎ……」
「その気になったらまた来いよ」
顔を真っ赤にして慌てふためく名前にケケケッ、と愉快そうに笑ってから、アトランティスは水中に姿を消した。
その日アトランティスが見つけたのは、指輪だった。
細い金属でできた小さな輪に、ハート型のピンクの宝石がくっついている。宝飾品に詳しくないアトランティスでも一目見て女物だと分かった。
水中からひっそり外の様子を伺うと、揺れる水面越しに人影が見える。若い女──雰囲気からして少女と呼んだ方がしっくりくるかもしれない──が困った顔でこちらを覗き込んでいる。どうやら故意に投げ込んだわけではないらしい。かと言って自分にそれを拾ってやる義理もない。アトランティスは暫く無視を決め込んでいたが──
(こいつ、いつまでいる気だよ……)
水の外が薄暗くなってきたにも関わらず、少女は池の中を覗き込んでいる。実際は光の屈折やら何やらでこちらの様子は外から見えないようになっているのだが、ずっと視線を注がれるのは気分の良いものではない。早くどこかに行ってくれ。その一心で、アトランティスは鉤爪の先に指輪を引っ掛けてから、ゆっくり浮上した。
「──おい」
「ギャーッ!!」
少女のか弱そうな見た目からは想像もつかない叫び声に驚くアトランティス。だが、その後に続いた言葉に比べればまだ可愛いものであった。
「か、河童!?」
「カッ……」
今、何と言った?泣く子も黙る悪魔超人を河童と見間違えただと?
「テメェ誰が河童だ!よーく見やがれ、俺は悪魔超人アトランティスだ!!」
「わ、わぁ!ほんとだアトランティスだ!失礼しました!」
河童呼ばわりされた屈辱をそのままぶつけるように声を荒らげると、少女はすみませんすみませんと連呼しながらぺこぺこ頭を下げる。
「これ、お前のだろ?」
そう言って指先に引っ掛けた指輪を目の前に掲げると、少女はパッと顔を上げた。
「拾ってくれたの!?」
「たまたま落ちてきたからな」
少女の手のひらにそっと指輪を乗せる。これで落とし物は無事に持ち主のもとへ戻った。用が済んだのなら早く自分の前から姿を消してほしい。素っ気なく答えるアトランティスに対し、彼女は、満面の笑みで「ありがとう!」と言った。
「優しいんだね、アトランティスって」
「んなっ……」
少女の言葉が、アトランティスの心に突き刺さる。優しい?悪魔超人のこの俺が?
「か、勘違いするんじゃねぇ!いいか、俺たち悪魔超人は──」
「── 名前!」
アトランティスは自分たち悪魔超人がいかに残虐非道であるかを説こうとしたが、それは突然聞こえてきた男の声によって遮られた。
「お前、何やってんだよ!」
ひとりの男が割って入り、アトランティスを睨みつける。
「お、おい、アトランティス!俺の名前にちょっかいかけやがって!」
震える声からは、悪魔超人と対峙することへの恐怖がありありと感じ取れる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!アトランティスは指輪を拾ってくれて……」
「はぁ?悪魔超人がそんなことするわけねーだろ!早く行くぞ!」
男は指輪の持ち主── 名前の言葉に耳を傾けることなく、彼女の腕を掴んで足早に立ち去る。
「ケケケッ、頼もしい彼氏サマだな」
小さくなってゆく2人の背中を見送ってから、アトランティスはちゃぽん、と水中に姿を消した。
***
それからしばらく経った頃、指輪のことなどすっかり忘れていたアトランティスがいつものように水底を揺蕩っていると、頭上からキラキラと光るものが舞い降りてきた。
(あれは……)
光を反射して輝く小さな金属が、アトランティスの記憶を呼び起こす。
(あいつ、また落としたのかよ)
二度目は無ぇぞとそっぽを向くと、少女の顔が鮮明に蘇った。指輪を落としたときの泣き出しそうな顔と、拾ってやったときの嬉しそうな顔。
「……チッ」
こんな小さな金属に心を揺さぶられるなんて、悪魔超人が聞いて呆れる。アトランティスは渋々身を翻して指輪を握りしめると、あの日と同じように水から頭を出した。
「──落としたぞ」
名前の前に姿を現したアトランティスが、拳を開いて指輪を見せる。きっと初めて会ったときと同じようにパッと顔を輝かせて受け取るのだろう、そう確信していたのだが──
「……もう、いいの」
消え入りそうな声で呟いてから、名前は首を横に振った。
「あぁ?」
予想外の反応に、アトランティスは柄にもなく戸惑ってしまう。
「もういいって、どういう意味だよ」
大切にしていたものじゃなかったのか。アトランティスが問いかけても、名前は俯いたまま黙り込んでいる。
「おい、なんか言えよ」
「……」
「黙ってちゃ分かんねーだろーが!」
アトランティスが苛立って声を荒らげると、名前はビクッと肩を震わせた。さすがに言いすぎたかと心配になって恐る恐る顔を覗き込むと、大きな瞳に涙が浮かんでいた。
「ふ、フラれた、の」
「あンときの彼氏か」
名前は俯いたまま小さく頷く。この指輪は彼氏にもらったもので、フラれたことによるショックで捨てに来た、ってところか。アトランティスは勝手に推測しつつ、彼女が話し始めるのを待った。
「うっ……わ、わざと指輪落として……ひっ……悪魔超人、引っかけたんだろって……」
涙を流しながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「アトランティスは、っく……指輪拾ってくれただけだって……何度も言ったのに、聞いてくれなくて、」
ついには子供のように泣きじゃくり始めた名前を慰める術もなく、アトランティスはただただ彼女を見つめる。
「っうぇ……アトランティス、そんな人じゃ、ないのに」
嗚咽混じりに絞り出された言葉に、思わずどきりとした。てっきり恋人からあらぬ疑いをかけられた上に別れを告げられて泣いていたとばかり思っていたが、それだけではないらしく、いや、それどころか──
(もしかして、俺が誤解されてたのが悲しくて泣いてんのか……?)
対戦相手や観客から罵声を浴びせられるのが日常茶飯事の悪魔超人のために涙を流す人間がいるなんて。アトランティスは暫くの間、信じられないといった表情で名前を見つめていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。
「ケッ、悪魔庇ってフラれるたぁとんだ変人だな」
口ではそう言いつつも、胸の内にじんわりと広がる不思議な感情を否定する気にはなれなかった。
「ひっく……うっ……」
「ほらよ」
落ち着いた頃合いを見計らって指輪を差し出すと、名前はおずおずと受け取って指に嵌めた。
「まー並の男ならお前みてーな変人持て余すだろうが……」
「ひ、ひどい……」
「俺には丁度いいかもな」
「えっ?」
名前は目をぱちくりさせてアトランティスの方を見上げる。言葉の意味を理解するより前に、涙が乾ききらない頬にひんやりとしたものが触れた。視界いっぱいに広がるのは、アトランティスの赤い瞳。
「えぇっ!?あ、ゎ……」
「その気になったらまた来いよ」
顔を真っ赤にして慌てふためく名前にケケケッ、と愉快そうに笑ってから、アトランティスは水中に姿を消した。
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