short story
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彼の声が聞こえたのは、いい加減白い天井を眺めるのに飽きていた頃だった
「七海!!!!」
廊下からドタバタと騒がしいと思った直後
愛しい人の声が聞こえた
『ちょっと……他の人も居るから静かにして』
そんな大声だして、杉田智和だって騒ぎになったらどうするの
同じ病室がおばあちゃんばかりだからよかったものの
「びっくりしたよ…入院したとかいうから…」
『あたしもびっくりしたよ』
仕事中、人とぶつかった
さらにその人が台車で運んでいた機材が、転んだ私の右足に集中攻撃
折れこそしなかったが、骨へのダメージは大きいらしく、入院しなきゃいけないらしい
詳しいのことは自分でもよく理解できていない
「ねえ、痛いの?痛い?大丈夫?」
彼が見たこともないくらい取り乱しているのをみて、少し笑いそうになる
『包帯巻かれてるし、感覚よくわかんないよ、まあ大丈夫だから落ち着いて』
「そっか…なら良かった…
りんご買ってきたけど、食べる?」
『うん!食べる!』
杉田さんが剥いたりんごを
ひらすらにしゃくしゃくと食べていく
「食欲はあるんだね」
『悪いの足だけだからね』
そう、悪いのは足だけ
内臓を壊したわけでもない
多量に出血したわけでもない
足だって、なくなったわけじゃない…
「七海、俺の前でまで無理しなくてもいいんだよ」
『え?』
「…よそ行きの顔してる。俺の前にも他に誰か来たんだろ?」
『え、あ、まあ……大学のときの友達が…きたけど』
無理してる?私が?
無理もなにも
私は大丈夫……だから……
「無理に笑わなくてもいいよ」
『無理なんかしてないもん!!!
……………あっ』
無意識に大きな声が出た
「……悪い」
『ううん…ごめん……』
沈黙が少し続いて、
彼の剥いたりんごが少しずつ茶ばんでいく
何か話したくても、何を話せば良いのか分からなくなった
「七海、俺、帰るよ。また明日来るから」
ガタッとパイプ椅子から立ち上がった彼
うつむきがちに立ち去ろうとする姿に切ないものが込み上げた
『待っ………て』
後先考えずに、自由のきく手で彼の服の裾を掴んだ
行かないで
一緒にいたい
独りにしないで
「七海」
『ほんとは、すごく怖かったの
転んだ瞬間、ものすごく痛くて、
痛い場所を見たら、物凄く大きなものがのってて、みたこと無いくらい腫れてて
自分ひとりで動けなくて………
その瞬間に、もしかしたら、これからずっと歩けなくなったり、ひとりで立てなくなったらどうしようって
………もう、杉田さんの隣を歩けないかもしれないって……』
気付いたら涙があふれていた
無意識に押し込めていた感情が抑えきれなくなって
裾をつかんでいた手を、杉田さんがぎゅっと握ってくれた
『うっ………ご、ごめん…』
「もう……なんで謝るのさ」
涙でぼやけた視界が
杉田さんの優しい指がぬぐってくれたことで晴れていく
「七海、実際、もう歩けないですよって医者に言われたの?」
『ううん、言われてない。神経に異常はないから、治れば普通に歩けますって……』
「うん、大丈夫なんじゃないか」
『でも、ずっと、もしかしたらって………』
心配性だから
これから歩けないかもしれないって
そうしたら、杉田さんと一緒にいられなくなるかもしれないって
「七海、君の足はきっと大丈夫だよ、それに…」
『…?』
「君が歩けなくなっても、俺はずっと君のそばにいるよ」
『っ………!杉田さん……っ』
またぼやける視界
またわんわんと泣く私を彼は優しく抱きしめてくれた
彼はいつだってわたしの心配をかきけしてくれる
『……絶対嘘。』
「嘘じゃないよ」
『……………ありがとう』
本当は、ホントに足がだめになったりしたら
私に構わず、新しい人を見つけてほしい
そんなことを思いながらも、私は嫉妬するだろうけど
「…七海、余計なこと考えてるでしょ」
『………』
「俺の言うこと素直に受け取っときなよ、考えすぎだよ、心配性」
何もかも見透かされている気がした
難しいことは考えないようにしよう
「退院おめでとう!」
『ええ?大袈裟だなあ…』
退院の日付を伝えたら、迎えに来てくれるというから
ただ車で来るのだと思ったら、大きな花束をもって彼が来た
「七海…ぐすっ………ほんと何事もなくてよかった………」
『こんなとこで演技しなくて良いから、てか、まだ松葉杖だし、何事もなくはないから』
「ああっそっか、花束持てないよね…ごめん」
ぐすぐすと泣く演技をしながらも
手を貸しながら歩いてくれる
「ねえ、足が良くなったら、どっか遠いところにいこっか」
『いいね、どこにする?』
「うーん、千葉のゲーセンとか?」
『遠いの基準低くない?』
数日前の不安は、もうなかった