序──温泉宿にて


side:KOHA-NINAGAWA



「紅花~! 緋緒~! お風呂行こー!」
「わーい!! 行く~!!」
「待ってぇ……」

 眠たげな緋緒を引き摺って、あたしは鈴架先生と一緒に、このお宿自慢の温泉へ向かって歩く。

 今、あたしたち紫龍館メンバーは日頃の労いとして、温泉旅行に来ていた。

 アスタリスクの外で生活した経験のない緋緒には全てが新鮮なようで、何処にでもあるようなものにも目を輝かせていた。アスタリスク内にあるようなものにも、人の手だけで為されるおもてなしにも、何にでも。
 最も、あたしたち紫龍館のみんな、アスタリスクへ入って長いので、外の様子に感動するのは変わらない。


「お風呂~! うっわ、でっかーい!!」
「紅花、泳いじゃ駄目よ」
「はーい!!」
「……ね、りんちゃんセンセ」
「んー?」
「……ボク、入っていいの?」

 服を脱ぎ始めるあたしたちを尻目に、緋緒は自分の身体を見下ろし、不安そうにしている。──どうしたんだろ?

「どうして?」
「セン兄ちゃんがね。タトゥー入れてたら、公衆浴場には入っちゃ駄目なんだ、って」


 しょんぼりと、緋緒は肩を落としている。浅音くん、あとで覚えてろよ。

 だけど鈴架先生が、笑って緋緒の頭を撫でた。

「大丈夫よ~。ここ、タトゥーもOKだから」
「ホント!?」
「ホーント。それに、ここは貸切。私たちの泊まってる離れ専用なの。だから、気にしなくていいんだよ」

 先生の言葉に、緋緒の顔がみるみる晴れやかなものに変わる。いそいそと服を脱ぎ始めるのを見て、あたしはタオル片手に浴室へと移動した。

 浴室で目にする、緋緒の白い肢体。
 その全身に、大小さまざま、色もさまざまのタトゥーが彫り込まれている。
 このタトゥーはすべて、桜史くんが施したものだ。


 まだ小さな子どもに何を、と言う人はたくさんいる。あたしだって、はじめに彼女の身体を見た時には驚いた。

 綺麗なのは確かだけど、痛くないのかな。

 そう思っていたら、緋緒をジッと見ていたみたいだ。同級生は少し顔を赤くして、「何?」と問うてくる。

「どうしたの? ボク、何か変?」
「え、あ、ゴメン!!」

 あたしは慌てて顔を背けた。わざとらしいほど、全身を泡立てていく。

 緋緒は首を傾げつつ、あたしの隣に座った。同じように、石鹸を泡立てはじめる。

 もふもふの泡で洗いはじめた緋緒はやっぱり眠そうで、あたしはまた熱が出てるんじゃないかって心配になる。

「ねぇ、緋緒」
「う?」
「……それ、痛くない?」

 あたしは自分の太ももを触って、『それ』を示す。緋緒の足、右の太ももには蝶が。右の脚には花、左太ももには勾玉の模様がそれぞれ入っている。

 緋緒はあたしの言いたい事が解ったのか、へにゃりと笑った。刺青の上に乗っかる泡を、そっと掌で退ける。

「コレ? 痛くないよ」
「全然?」
「うん。──彫ってもらう時は、痛いけど」

 その時の痛みを思い出したのか、緋緒の顔が盛大に歪められた。──桜史くんめ……。

「……さくら兄ちゃんは、悪くないよ」
「緋緒?」
「さくら兄ちゃんはね。ボクを助けてくれてるの。だから、悪くない。怒らないで」
「……ん。解った」

 頷けば、緋緒は安堵したように笑った。






side:YUKO-SUZUKA



「あ、やっと帰って来た」

 部屋に戻ると、そう言って迎えられた。言ったのは聖詩。傍らには大智もいて、2人ともリラックスウェア姿だ。

「女性陣、戻って来たー?」
「はーい」

 奥から声を掛けて来た、あれは浅音だ。襖を開けてみれば、畳の上でゴロゴロ転がっているのが見えた。

 浅音はいつも、寝るか食べるか。そんな所が緋緒と似てしまっている。嘆かわしい、なんて言えば緋緒が悄気返るのは分かってるから言わない。


「ねー。早くご飯行こうよ~」


 起き上がった浅音が、荷物の脇に屈み込んだ緋緒にのし掛かる。彼の重さで、緋緒がふぎゅ、と潰れてしまった。

「浅音、チビ潰すな」
「へーい。ごめんごめん」

 桜史が、浅音の首根っこを掴んで引き離す。浅音は素直に緋緒から離れた。


「龍人と葵祥は?」

 私が訊けば、大智が部屋の外を指した。

「お風呂。優先生たちが行ってからだから、ちょっとゆっくりかなぁ」
「ちょっとぉ? 結構長くない?」

 大智の言葉に、聖詩が重ねる。大智はそうかな、と苦笑した。

 紅花と緋緒は、荷物の処理を終えたようだ。浅音とじゃれ合いだしている。


 紫龍館のメンバーは、総じて仲がいい。結束が固く、他を寄せ付けないのが特徴とされている。それは人数がごく少数だからというのもあるだろうし、他の寮生たちよりずっと重い任務を担う連帯感も一役買っているかも知れなかった。

 そして、紫龍館年少にして最悪最凶と呼ばれる、緋緒の存在。

 彼女がその身に宿すクリスタルは、とんでもなく強い。制御するのに必死、抑えるのに精一杯で、体が追い付かない。故に桜史のクリスタルでもって一部を封印し、制御アイテムを駆使してようやく、人並みの生活を送れるようになる。それほど強大な力の主であるせいか、緋緒はいつも「人を害する」力の使い方を強いられる。

 心優しい緋緒が、人を害する事に何も思わない訳がない。紫龍館のメンバーに任務が入るたび、その心を痛める緋緒を、誰もが守ってやりたいと思っている。


 穢れなきままでいることも、
 傷つかずにいることも、
 到底無理だと、
 誰もが知っている。


 だからせめて、傷が軽くて済むようにと、みんなが互いの為に心を砕いている。

 私がそんな思考に耽っていると、

「優子さん? どうしたの、突っ立って」
「優姉?」

 葵祥と龍人の声がした。
 振り向けば当然、2人の姿がある。

 龍人が私を「優姉」と呼ぶのはすごく久し振りだ。せっかく──ほんの数日とは言え──アスタリスクを出るのだから、と私が頼み込んだ。

「んーん。みんな仲いいなって、それだけ」

 年長組2人に笑えば、彼らも笑って頷く。

「まぁねぇ。それが紫龍館の取り柄ですから?」
「はは、確かに。──浅音、お待たせ。腹減ったろ」
「わーい!! やっと飯ー!!」
「あ、こら走んな!!」
「龍、声でかい」
「あ、悪り」


 葵祥の言葉に龍人が頷く。食堂へ駆け出す浅音を窘める龍人を、桜史がさらに窘める。初等部組はそれに笑いながら歩き出す。
 私は年長組と連れ立って、彼らの後に続くのだった。
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