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ナマエ
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「クリスマス、いや25日は緊急の用が入らなければ君と過ごせそうだ」
「ほんと!やったぁ」
向かい側の彼女はトーストを片手に声を弾ませた。久しぶりに休みが重なったのもあって、今日は遅めの朝食だ。共にいる時は必ず一緒に食卓を囲む、はっきりとした約束は無かったが二人にとってそれが当たり前であった。トーストを齧った彼女はもぐもぐと咀嚼しながら、時計の下に貼ってあるカレンダーに視線を向けた。釣られて御剣もカレンダーに視線を向ける。
「そういえば、今までクリスマス一緒に居たことないね」
「……そうだな」
クリスマス、世間一般では誰もが楽しみにする一大イベントだが、御剣にとっては苦しいものであった。12月に入ると無意識に仕事を詰め込み、好んで年末年始は日付感覚を失うほど仕事に没頭していた。毎年そんな年末を過ごしていたせいで、彼女と付き合いを始めてからもつい年末は予定を詰めてしまってクリスマスを共に過ごすことは無かった。今年こそは必ず彼女と一日を過ごす、「24日と25日は予定を入れない」とスケジュール帳を買ったその日に真っ先に赤いペンで大きく書いたことは墓まで持っていく秘密にするつもりである。
「その、毎年一緒に過ごせなくてすまない」
「んーん、私は待てるけど仕事は待ってくれないからね」
「だが……」
「いーの、今年は一緒に過ごせるんでしょ?だから私は気にしない」
ね、と念押しされてしまえば何も言い返せない。謝罪の言葉を重ねたくとも、ここから何を言っても「もう」と頬を膨らませた彼女に突っぱねられるだろう。そうなればこちらに出来ることは謝罪ではなく、彼女をどれだけ喜ばせることが出来るか手を尽くすことだけだ。そう想いを固めるも、今度は彼女をがっかりさせかねない問題が浮上する。御剣は難解な事件が起きた時と同じくらい眉間に皺を寄せた。
「また難しい顔しちゃって。今度はどうしたの?」
「……厶。その、“クリスマス”というイベントはあまり馴染みがなくて、君と何をするべきなのだろうかと」
御剣がそう告げると彼女はマグカップを両手で持って納得したように声を上げた。彼女には過去のことを軽く話していた。父親が弁護士をやっていたこと、その父を亡くした事件の当事者であること、その事件のせいでエレベーターのような閉鎖的な狭い場所と地震が苦手なこと、その事件をきっかけに弁護士ではなく検事を目指すようになったこと。それと、
───クリスマスという日が苦しい記憶と結びついてしまっていることも。
毎年クリスマスを共に過ごせなくても、彼女が文句一つ言わなかったのは私を気遣ってのことだろう。クリスマスというイベントはささやかなプレゼント交換をするだけで終わり、日常生活において決して口にしてはいけない言葉のようになっていた。きっとクリスマスムードに様変わりする街並みを見て苦い顔をしていたに違いない。自覚はないものの、御剣はそう確信していた。
「今まで、嫌な記憶を思い出したくないがために避けて生きていた」
「うん」
「そのせいで、君との楽しい思い出でクリスマスという日を幸せなものに変えたいと思っても、何をするものなのか分からないなんてな……君を悲しませた数年間のツケが回ってきたんだろう」
「……」
緩やかな弧を描いていた彼女の唇は一文字に結ばれた。呆れられても仕方ない。すっかり冷えきった手元のマグカップに視線は自然と落ちていた。残り少ないミルクティーを一気に喉へ流し込む。逃げていても変わらない。変わるために今年は彼女と共に過ごそうと決めたのだ。ようやく彼女の目を見る決心がついて顔を上げると、御剣の想定とは違い彼女はなぜか頬を赤らめあわあわと落ち着きなく視線を泳がせていた。なぜそういう反応をされたのか、さっぱり検討がつかなくて首を傾げた。
「……えぇと、それは一体どういう感情なのだろうか」
「いっ、いや、その、あー……嬉しくて」
「な、なぜだ?」
嬉しい、とは。
彼女の回答を聞いてもなお謎は深まる。数々の難事件のトリックを見破ってきた百戦錬磨の凄腕検事にも分からないことはあるのだ。御剣の質問にも態度を変えることなく、彼女は唇を指でふにふにと遊んでいる。
「その、“私とのクリスマスの思い出”がみつくんにとって辛い印象のクリスマスを幸せなクリスマスの……なんて言えばいいかな、象徴みたいな感じになったらいいって思ってくれてるのが嬉しくて……いや、なんか違うな……」
彼女の決定的な自白に御剣はぽかんとかっこ悪いであろう表情のまま、指先一つ動かせなくなった。
ああ、なんで忘れていたのだろう。君は私の情けない内面も、そうやって前向きに受け止めてくれる、優しくて前向きで、私には眩しいくらい暖かい人だった。後ろ向きな感情が視野を狭くさせていたようだ。
徐々に冷えていた顔に血液が集まり熱くなるのを感じる。そんな御剣を気にすることなく、彼女は別の言い方をあれでもない、こうでもないと模索し続けている。ふ、と思わず御剣が笑うと彼女は顔を上げ二人の視線がぱっちりと合った。ふわりとつられて彼女も柔らかい笑みを浮かべる。御剣の指先が白くなるくらい強く握っていたカップを取り上げ、その手をそっと両手で握った。
「来年のクリスマスが待ち遠しくて仕方なくなるくらい、今年のクリスマスは私がみつくんを楽しませるよ」
「ふ……それは楽しみだな」
「ふふ、でしょ!今年は今までしたいと思ってたこと、たーくさんさせてもらうからね」
覚悟しててね。
そう笑う彼女の笑顔はたくましくて、優しくて。私は彼女と共に何度もクリスマスという日を過ごせることをその言葉と笑顔だけで、すでに心待ちにしていたのだった。
