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ナマエ
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「……あの、みつくん」
「な、なんだろうか」
後ろに居るみつくんに戸惑いの目を向ける。家に帰るや否や、「か、肩は凝っていないだろうか」と。彼がそんなことを言うなんて珍しくて仕方ない。豆鉄砲を食らった鳩のように私はきょとんとしたまま「ま、まあ、凝ってるかなぁ」と何故か私までつられて吃ってしまった。それから高級レストランに来たみたいなエスコートでソファに座らせられ今に至る。
「今日はどうしたの?」
「……単なる気紛れだ」
そう言う彼の手はぎこちなく、慣れてないことに愛しさを覚える。慣れないことを私にはしたいと思ってくれること、それだけで心がほんわりと温かくて幸せだ。でも、理由は気になる。法廷では言葉巧みに証人から真実を引き摺り出すその手腕も、動揺を悟られないようにごく僅かにしか動かない表情も、私の前ではどうも上手く使えないらしい。恋人である特権なんだろう。心底彼から愛されているんだなぁ、とまた関係ないことを考えた。
ふと、壁にかかったカレンダーが目に入る。今日は二月二週目に突入した。新しい一年が始まったと思っていたらもう一ヶ月終わってしまった。時の進みは早いものだ。
今月は、──あぁそういうことか。頭の中でみつくんのこの行動の“動機”が見つかり一つの仮説が浮かんだ。先ずはカマでも掛けてみよう。素人がプロに勝つ、なんて無理があるかも知れないがなんたって私は彼女だ。存在自体が弱点。どんな些細な矛盾も、彼に突きつければ大袈裟な反応が返ってくる。バリエーション豊富なので今は割愛させてもらおう。
「そういえば来週はバレンタインだね」
「そッ、そうだな」
一瞬声が裏返って、私の肩をリンゴすら破壊しそうな握力で握られる。絞られるように痛いと叫べば「すまない」と慌てて手を離し優しく撫でてくれた。一連の流れが可愛い。
やっぱりそういう事だったか、と納得すれば更に畳み掛ける。
「みつくん、チョコレート好きだよね」
「……あぁ」
ふふ、と笑みが零れる。欲しいものを買ってもらいたい小学生のような行動が愛らしくて、振り返って彼の襟を引き寄せ唇を重ねる。
「みつくん、可愛い」
「……何のことだろうか」
「ふふ、チョコレートは勿論あげるよ。でも、他の人から貰ってたら妬いちゃうかも」
陳腐な言葉だかそれに嘘偽りは無い。まあ、仕事関係の人からだと断りにくいだろうから無理だろうな、と思いながらも冗談めかして。見上げると疑問符を頭に浮かべた彼の顔があった。そこまでおかしなことを言っただろうか。此方もつられて疑問符を浮かべる。
「元より君以外から受け取るつもりなどないが」
「え、」
え。
「ほ、本当に……?」
「私がこのような嘘をついたことなどあったか?」
ない。そんなことない。
彼はとても誠実で、世界中の人々に自慢したいくらい素敵な恋人だ。正直私には勿体ないと時々思うくらい。
「でも、断れない時とかあるんじゃないかな」
「そういう時は受け取るだけ受け取って成歩堂にでも押し付ける」
「っはは、成歩堂さんにとんでもない迷惑かかっちゃうね」
「彼奴の所には依頼人に出す菓子折りも無いのだ。この位問題ないだろう」
仕事より私を少しでも優先してくれたのが嬉しい。考えるより先に彼の背中に腕を回してぎゅう、と抱き着く。嬉しい、嬉しい。その気持ちを伝えたくて、でも伝える言葉が思いつかないから沢山私の頬を押し付ける。
「君がこんなに喜んでくれるなら、多少の手間も面倒事も嫌じゃないな」
「……面倒事がある前提なんだね」
面倒事はできる限り避けて貰いたいが、嬉しい気持ちと天秤にかけると圧倒的に負けてしまう。悪い女でごめんなさい、心の中でそっと謝る。
「バレンタイン、楽しみにしててね。腕によりをかけて作るよ」
「ふっ、卵焼きすら上手く焼けない君が……か」
「ちょっと、ホットミルクすら作れないみつくんに言われたくありません」
少しむっとしながら視線が絡む。刹那、弾けるように互いに笑いだす。幸せが押し寄せて私は流されてしまいそうだ。でも、彼が抱きとめてくれるから溺れない。
よし、少なくとも当日に美味しいチョコブラウニーを作れるように練習しないと。今日から暫くチョコレート漬けで鼻の頭に出来たニキビに困ることをこの時の私達は知らない。
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