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ナマエ
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「……お?」
フォーシャインから足を一歩踏み出すと聞こえる怒号。癇癪を起こしているのが誰か、その阿呆の面を拝んでやろうと真島は声の方向へと足を向けた。近付くにつれて聞こえる会話の内容はどうやら痴話喧嘩らしいく一気に興が冷める。アホらし。かと言ってここまで来たのに見て見ぬふりをするのも気が進まない。どうせ顔を見るだけで逃げる腰抜けか、殴りかかってくる命知らずの二択だ。あの角を曲がれば声の主の姿が見えるだろう。今回は逃げる腰抜け、そう予想を立てながら角から路地を覗いた。
「いい加減にしろよこのクソアマ!せっかく話しかけてやってんのに調子乗りやがって」
「いや、ホント、予定あるから早く行きたいんです」
「アァ?!俺の誘いを断って他の予定だァ?テメェ何様のつもりなんだよ!!」
「えぇ……」
自分より二周りほど大きい男に怖がる素振りは無く、ただただ迷惑そうに見上げる女。えぇ度胸しとるやんか。度胸のある女はええ女、そんな言葉が脳裏を過ぎった。テンションが急上昇し、興味が湧いてくる。
何かあればすぐ男を殴り飛ばせる間合いまでそっと詰め寄りつつ、観察を続ける。距離が近くなるにつれ、彼女の表情がよく見えた。ん?あの顔どっかで。既視感の所在を探しつつヒントが無いか、頭の先から足の先まで視線を向けるとその足元に転がるライターが目に入る。あれはSHINEのライター。あぁ、せや、この女SHINEの常連客や。
そうとわかればやることは一つ。男の背後へ忍び寄り、とんとんと肩を叩いてやった。男は威嚇するように唸りつつ振り向いたが、顔を見ただけで情けない声を上げて走って逃げた。真島は呆れつつ、腑抜けばっかりでつまらないと眉を顰めた。
「大丈夫かいな」
「は、はい、ありがとうございます」
視線がかち合い、大きな瞳がきらりと傾き始めた日を反射している。綺麗で真っ直ぐな目に思わず見蕩れた。それを隠すように慌てて視線を逸らし、足元に転がるライターを拾い上げ彼女に手渡す。
「ワシはSHINEの裏方しとってな。あんた結構来てくれとるやろ?女の客は珍しいからの、覚えとったわ」
そう伝えると彼女の頬が緩む。警戒はどうやら解いて頂けたらしい。こちらこそよくお世話になっております、と丁寧な礼を一つした彼女が時計に視線を落とすと大きく目を見開いた。
「ひっ、もうこんな時間……!」
「なんや、予定あんのか?」
「伝説のキャバ嬢と呼ばれる方とのお約束があって、あぁ、やっと約束出来たのにこんな日に限って……」
彼女は慌てて携帯を取り出し電話をかけ始める。ああ、ユキちゃんのことやな。たまには違う客と話してみないかと声をかけたところ、観光もしたいとユキちゃんは二つ返事でこっちに来ることになった。そんな一週間限定のユキの争奪戦が激しくなることは明白だったので、完全予約制にしたのだった。そんな大人気のユキとの時間をもぎ取るのは大変だっただろう。彼女がもしもし、と早口で言うのがおかしくて、その手から携帯を取り上げるとそのまま耳に当てた。
「もしもしぃ、ユキちゃんか?」
「あれ、もしかして真島さんですか?」
彼女が一体何をするつもりなんだと不安そうにこちらを見上げてくるので、にぃっと笑い返してやった。まあまあと窘めるように手を動かすと不服そうな顔をしながらも、携帯を取り返そうと伸ばした手を引っ込めた。全くこの子は、さっき男に絡まれてた時の方が危なかったというのに。楽しみにしていた嬢との約束に間に合わないことの方が恐れているように見えるのはおかしいやろ。まあ、ワシとしてはオモロいからええんやけど。電話先のユキに事情を説明しとりあえず店で落ち合う約束を取り付ける。
「ちゃーんと安全に連れてきてくださいよ!」
「ヒヒッ、誰に言うとるんや。ほな後でな」
変な奴に指一本触れさせちゃダメですからねっ、と念押しされ苦笑してしまう。はいはいと適当にあしらい通話を切って携帯を彼女に返した。早くどうなったのかの話をしろと言わんばかりの視線に思わず声に笑いが乗ってしまいそうになったので堪えた。
「ほな、とりあえず店行くで」
「ど、どうなったんですか?!」
「それを今から話し合いに行くんや。ワシも居るしユキちゃんも事情はちゃーんと分かってくれとる。悪いようにはせんから安心せぇ」
はよ行くで、となかなか動き出せない彼女の背を軽く押してやると、そのまま力に逆らうことなく膝から崩れ落ち始める。慌てて支え、どうしたと慌てて問えば「あ、足に上手く力入んなくて……」と少し照れたように視線を逸らしながら小さな声で白状した。薄暗い中でも抱きとめた彼女が恥ずかしそうに縮める姿が何とも愛らしくて。そうかと自分が思っているよりも数段低い声で呟く。真島はそのまま彼女を背負って足早に店へと歩みを進めた。
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「ちゅうわけで、ユキちゃん何とかならへん?」
「うーん……来週には蒼天堀帰っちゃうんですよね……」
SHINEに着いて早々、ユキが中から飛び出して来た。そのまま背負われている彼女を見ると怪我をさせたと勘違いしたのか顔を真っ赤にして「真島さんの嘘つきーっ!」とぽかぽか腹を殴ってきたもんだから落ち着かせるのに時間がかかった。陽田がとりあえず席に座るよう促すまで、真島の話に耳を貸すことなく一方的に捲し立てる姿を多分背中の彼女も苦笑いで見守っていたことだろう。
そんなことがあり、ようやく三人で客席のテーブルを腰を据え話し始めたのは良かったもののユキの予定はぎっちりで別日にするとなると三ヶ月先になってしまうようで。ユキからの報告にまるで余命宣告を受けたかのように彼女は沈み込んだ。正直真島にはそこまでユキが良いかと言われると分からないが、この場で言ってしまえば女性二人から恐ろしい反感を買うこと間違いないので口を噤んだ。触らぬ神に祟なしだ。
「今更やけどなんで嬢ちゃんはキャバクラ通ってるんや?」
「あ、それは単に可愛いものが好きなだけでして。昔からアイドルとか好きなんです」
「ほぉん、女の子と話すのが好きなんか」
「はい!色んなお店の子と話したいのでガールズバーやメイド喫茶も行きますよ」
「そら筋金入りやなぁ。せや、」
そんな話を真島は聞きふと思いついた。女の子と話に来ているというのに今はイカつい強面のおっさんと話していてもつまらないだろう。それなら“アレ”が役に立つかもしれない。桐生ちゃんを怒らせるために作ったとはいえ、役に立つ日が来るとはなぁ。真島はしみじみと思った。
「なぁ、色んな女の子と話すの好きやんな?」
「え、あぁ、はい。そうですね」
「ほな、今丁度珍しい子が来とるんやけど試しにお話してみいひん?ワシのイチオシの子ぉやで」
「えっ、是非お話してみたいです!」
予想通り食いついた彼女の横でユキがそんな子いたかしらと首を傾げる。ついさっき連絡したばかりやからな、と適当な言い訳をすれば一応納得してくれたようでまたスケジュール帳に視線を落とした。真島は席を立つ前に近くに居たボーイを捕まえ、この後どのくらい席を使っていいかを確認する。
「うーん、もし良ければなんですが、私最終日帰る前に東京観光してこうと思ってて。もし良ければ観光案内とかしてくれると嬉しいなぁ、とか」
「えっあっ、もしかして、それユキさんとプライベートで、ってことですか、!?いやいやいや、それは申し訳ないですし、お客さんとプライベートで会うのはダメですよね?!」
「ええやんか。よかったら用心棒としてワシも着いてこか?」
慌てる彼女にユキがいい案だと思ったんだけどなぁと残念そうに呟いた。ボーイからこの席は好きなだけ使っていいという許可を貰った真島もその案に乗っかる。俺がその特例許可したるから後は二人で仲良う話し合ってな、と伝えて控え室へ大変身を遂げるべく席を立った。
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「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「んえ?いいよ」
真島さんが席を立った後、ユキさんにこっそり問いかける。真島さんが許可する、というとかなり偉い人だったりするのだろうか。その事を聞いてみると実は昔はユキさんの居たキャバクラの店長だった上に、今は経営の方でSHINEには関わっているとの事だった。その時の縁で今回大阪からはるばる東京まで来たんだとか。ユキさんとこうやって話せる機会を作ってくれた真島さんに、心の中でそっと両手を合わせて感謝した。
「ねぇ、それで観光案内してもらえないかな?……あっ、勿論お仕事とかあったらそっちを優先してね」
「いやいや、仕事なんてあっても休みますよ。ユキさんとお話出来る機会なかなかないんですから」
「ふふ、じゃあお願いしてもいいってことかな?」
「わ、私で良ければ……!」
勢いで了承してしまったが本当に良かったのだろうか。いいのかな、と心の声が零れたがユキさんは「まだお金払ったりしてないしお客さんじゃないからセーフセーフ」と緩い返事が返ってきた。……まあ、秘密にすればいいし、他の人に見られても女の子同士ならお友達で通せるかなと無理やり納得した。
「真島さん、今日はすっごく優しいね」
「え、そうなんですか?」
「いつも優しいけど……こんなに色々するのは珍しい気がするな。気に入られたのかな?」
くす、とユキさんが柔らかく笑う。あぁ……美しい……ではなく、真島さんに気に入られているかもしれない、らしい。一見怖そうだが優しい人で、でもあのジャケットの下の肌を見る限りあまり関わらない方がいい人の様な気がして。きっと真島さん本人に怖いことをされることは無くても、そういう人と関わると巻き込まれたりするんじゃないかと少し不安が湧いてくる。まあでも、ユキさんがそう言うならきっといい事なんだろう。今はそう思っておくことにしよう。
観光案内をする日の待ち合わせの時間と場所を互いに手帳に書き込む。暫しの沈黙。そんな沈黙を破ったのは真島さんの声だった。が、その声が降ってきた方向を見上げると脳が理解を拒否した。
「どーも♡ゴロ美ですぅ、よろしゅうな♡」
「ま、真島さん、ですよね……?」
隣の彼女も同じように目を丸くしフリーズしていた。ようやく私が絞り出した問いは「真島さんって誰や?ウチはゴロ美やで」という理解できない返答をされた。隣のユキがふっ、と吐息を零すと弾けるように笑い出す。
「ちょ、真島さ、なんでそんな格好……んひひ、髭もそのまま、あはははっ」
「ちょお、ユキちゃん酷い人やわぁ。ウチほどのべっぴんさんおらんやろ?」
そう思うやろ?とこちらに話を振られ、頷くしか出来ない。が、じわじわこちらも笑いが込み上げてきてユキさんと同じように喉が震える。真島さんがさっき言ってた“珍しい子”ってこういうことかと理解した。隠すつもりが全くないであろう刺青が彼の本来の怖さを主張しているが、今の彼はただのコメディアンというかエンターテイナーだ。がっかりしていた私を笑わせようとしてくれたのかな、と少し自惚れる。気に入られてるってそういうことなのか。すっかり彼への警戒や恐怖心は無くなり、好意と好奇心が残る。
「もー、二人とも笑いすぎやで。ゴロ美、悲しいわぁ」
「んふ、す、すみません、ちょっと人間って理解出来る範囲を超えた美しさを前に笑うしか出来なかったみたいで」
「え〜?そやったのぉ?それならしゃあないなぁ。ほな、とりあえずお隣失礼するで」
真島さん、いやゴロ美さんが私の隣に座る。短いスカートを履いているというのに脚を閉じるつもりが無い当たり、なんとなくこの人らしいと思った。真島のほぼ正面に座っているユキが改めて吹き出す。脚を閉じてくださいと震える声で注意されたが、「そういう目でウチのこと見とるんか、ユキちゃんのえっち!」という言葉で二人してもう一度笑い出すしか出来なかった。
