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ナマエ
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初めて真島さんを見たのは桐生さんという友達と殴り合いの喧嘩をしてた姿だった。喧嘩とはいえ何故か楽しそうに拳を交えていたから野次馬の誰も止めなかったし、私も止めようとは思わなかったのをよく覚えている。いわゆるストリートファイトではあるが、スポーツのような爽やかさを感じた、なんて言うと変ではあるが実際そうだったので他に言い様が無い。
そんな二人の爽やかな喧嘩を邪魔する乱入者に向けて反射的に私は鞄を投げた。何せその男の片手にはナイフが見えたものだから、死角から狙われてしまえば彼らでもひとたまりもないだろう。そのお陰で二人は無事だったのだが、代償として鞄に入っていた数万円分のパソコンやらファンデーションが全てダメになってしまったのだった。人の命には変えられないとは言うものの、数万円の残骸を前にすると乾いた笑いが零れる。壊れたものを全て弁償すると声を掛けてくれたのが真島だった。
値段が値段だったので、怖い人だと思いながらもその申し出を有難く受けた。壊れたもの達を売っていそうな店に二人で歩いて向かっては、その店で値段も見ずに購入する彼に度肝を抜かれたのは記憶に新しい。あわあわと慌てるナマエに寧ろ機嫌をよくした彼は壊れていないものも詫びだと別れ際に渡され戸惑った。紙袋の中には今季の限定のアイシャドウパレット、会計を待っている間店でじっと見つめていたのがバレていたのだろうけど、今思うと最早デートだったのではとちょっと思ってしまう。
二度目はこのバーで偶然遭遇した。私はさておき、彼は目立つ人なので人目見てわかったが、何故か真島はナマエのことを覚えていて、気が付かなかった振りをして遠くの席に座ろうとしたところを呼び止められた。それから数度に渡ってこの店でのんびりと取り留めのない話をするようになった。
隣の席に座る真島はやけに絵になって、正直向こうがこちらをやけに気にかけてくれる理由は分からない。別世界の彼とこうやって関われるこの短い時間を手放す気はさらさらないから、特に追求するつもりも無い。マスターにおかわりを頼みつつ、ナマエは片肘をついて彼を見上げた。
「極道モンが堅気の女に惚れたーちゅうとき、どうやって口説けばええと思う?」
「え、それは真島さんの方がよく知ってるんじゃないですか?」
「あくまでも男側しか分からへんからな。女の子がどう思うか聞いてみたかったんや」
なるほど、と唸りながらナマエはグラスを手首でからりと回す。右隣に居る真島の表情は眼帯のせいもあって見えない。そういえばこちら側に座るのは初めてだ。いつも彼は私の左側に座ってくれていたことにふと気が付く。意識してたのかどうかは別として、その怖そうな顔には似つかないほど軽やかな語り口で話してくれるから気が付かなかった。
今の真島からはナマエの顔は見えない。なら普段はまともに見れない整った顔───といっても眼帯の分変化は少ないがじっくり眺めさせて頂こう。
「まず、初対面での印象は最悪じゃないですか」
「どストレートやなぁ。まあ、そうやろうけど」
「私も真島さん達のこと最初は流石に怖かったですし。二回目あると思ってませんでしたよ」
「ヒヒッ、あン時は助かったで」
からりとグラスを鳴らしながら彼は喉を鳴らした。こうやって話しているうちに、彼らなら私が余計なことをしなくても対処出来たとも思うが、真島はそんな可能性は捨て置き度々感謝を伝えてくる。ヤクザは横暴でただ偉そうにしているだけの人達だと思っていたが、案外そうでも無いらしい。彼と関わっていると知らなかったことを色々知れて面白いと思う。まあ、ヤクザの世界の価値観を知ったところでとも思うが。
「ま、そういうイメージがあるんで、一番大切なのは遊びじゃなくて本気だってことをアピールすることじゃないですかね」
「なるほどなぁ」
「女取っかえ引っ変えしてるイメージありますし」
「人によるっちゃあ人によるんやけどなぁ。まあそう思われてもしゃあないか」
ワシはンな節操無しやないんやけど、と(恐らく)苦い顔して彼が呟いた。ふぅん、なんて巫山戯て疑うような返事をしたら体を斜めに向けた彼がこちらを真っ直ぐ見つめていた。何か地雷を踏んだのだろうか。冷や汗だか脂汗だか分からない液体か背中を流れた気がするが、無駄に強がってなんてこともない風にグラスを傾ける。さっきまで私が彼の横顔を見つめていたのに、今度は私が横顔を見つめられていて居心地が悪い。
「ナマエから見て、俺はそう見えるんか」
問いかけを含まない問に息を飲んだ。あまりにも真剣な眼差しに心臓が止まって、呼吸が出来なくなりそうだった。それが恐怖からなのか、別の何かからなのかは分からない。口をついて出たのは謝罪の言葉で、それを聞くなり彼は眉間に皺を寄せこちらに体ごと真っ直ぐ向き直る。私は逃げるようにグラスの縁を指で撫でながら、視線だけを彼に向けて様子を見た。
「俺は興味無いような奴には話しかけもせぇへん」
「うん?」
よく分からない訂正に首を傾げた。それがどうしたと言うのだろうか。意表を突かれ、思わず手を止め彼を見つめ返す。
「それに、俺は二人以上同時に愛せるほど器用でもあらへん」
「は、はい」
「やから、他に女もおらん。こっちから気にかけて関わっとるのはアンタだけや」
「……うん?」
じわじわと顔が熱くなる。にわかには信じられないようなことを言われている気がして、それが勘違いだったら嫌で。思わず顔を背け手元の琥珀色の水面を眺める。私は、今、何を言われているんだ。
「俺は本気でアンタ口説いとる」
ふとグラスの縁に置いたまま動かなくなったナマエの手にレザーの一回り大きな手が触れ、そっと持ち上げられたせいで椅子も回転して彼と真正面に向き合う。その手を上下から包むように重ねられた。耳元に移動してきた心臓が周囲の音をかき消している。心臓が跳ね回る度に散らかした集中力を必死に掻き集めて、彼の次の言葉を待った。
「俺の本気、伝わっとるか?」
処理落ちした私にも理解できるようにゆっくりと告げられた言葉でさえも、上手く理解できない。数秒かけてゆっくりと言葉を噛み砕き、意味を理解したがそれが本当であるとはまだ信じられずにいた。当然彼の本気の目を見て疑うなんてしていない。ただ、受け入れ難いだけだ。
あの、真島さんが私を口説いてる?
反芻したところで理解が深まる訳もなく、そんな頭でまともな返事が出来る訳でもない。今確かなのは、この手の熱と胸の高鳴りだけ。ふっ、と空気で笑った彼がそっと私の手を持ち上げ唇を軽く触れさせた。
「な……っっ!」
「ヒヒ、これで分からへん言われたら流石にお手上げやで」
処理落ちから機能停止に陥った私を見て、彼は満足そうに笑みを深めるとマスターにおかわりを求めた。私のグラスは真島さんとこの話を始めてから一滴も減っていない。未だ固まっている私に「まだ信じて貰えへんなら体に教えたろか?」なんて悪戯っぽく笑うから慌ててカウンターに向き直る。他の人に言われたら不快でしかないセクハラ紛いな軽口も、真島さんに言われたらただ照れるだけな時点でもう私は手遅れだったらしい。何を言っても貴方にトキメキを感じていることがバレてしまうだろうから、未だに触れている彼の手を思い切り強く握り締めてやった。
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