天国獄
「お前、字綺麗になったな」
ふと書類にペンを滑らせていた手を止め、声が降ってきた方を見上げる。獄さんは「ふぅん」と何か感心するように顎を擦っていた。
「そうですか?あんまり実感無いですね」
そう返答しつつ自分の書いた文字を指でなぞりつつ見返す。この«天国法律事務所»に新卒で入ってきた時からの付き合いである天国先生が言うならきっと、ここ数年の話だろう。そうだろうか、と不思議に思いつつ一息つこうと背を伸ばす。長いこと書類と睨めっこしていたせいで肩と首がゴリゴリと嫌な音を立てたがそんなものは聞こえないと無視を決め込む。
「最初ここに来た時は説得力に欠けるような丸っこい文字書いてただろ。それが今となってはしっかりした字を書くようになったとはなぁ」
「……そう思ってたんですか」
若干凹みつつ今は良くなったと褒められたのだからプラマイゼロ、いやちょっとだけゼロの方が大きいかもしれない。私が凹んでいる隙に彼は一冊のファイルを持ってきて私のデスクに置いた。座っている私と立っている天国先生。距離が近くて少しどきりと心臓が跳ねた。ぺらぺらと数枚めくると「お、これこれ」と見やすいように差し出される。
「げ、履歴書まだ残ってるんですか……!」
「たぁけ、捨てるわけねぇーだろ。採用した人材の書類はしっかり取っておく、常識だ」
「いや、知ってますけど……こうして出されるとなんか恥ずかしいというか……うわ、本当に丸文字だ。こんな履歴書提出されても面接まで行けないですよ」
「ハハッ、そーかもな。ま、お前は志望動機やら他の点で挽回して受かってんだ。それに今にはきれーな文字書くようになってるんだし、気にすることねーよ」
けらりと笑った天国先生。慰めつつ今の成長も褒めてくれる最高の上司だ。こういう細やかなフォローがモチベーションに繋がる。この人の部下になれてよかったな、と改めて思う。
「つーか、同一人物の筆跡とは思えねぇな。ペン習字でも習ったのか?」
「いえ、特には。そもそも丸文字だという自覚もちゃんとしてませんでしたし……何があったんでしょうか」
「それはこっちが聞きてぇんだが」
「あは、そーですね。……あ、でも私結構文字の雰囲気変わりやすくて。身近な人というか仲いい人の文字になぜか似てきちゃうんですよね」
ふと思い出したのは中学生の頃。親友はとっても可愛くて読みやすい文字を書く子だった。元々私はあまり癖のない字を書いていたが、彼女と仲良くしているうちに卒業する頃にはすっかり丸文字になっていたのを思い出す。
「へぇ、なるほどな。今までもあったのか」
「はい。尊敬するくらい大好きな友達とか、好きな人とか。気がついたらその人の文字に似てきてて」
「……そうか」
天国先生はそう一言呟くと興味を一気になくしたのかぱたりと履歴書のファイルを閉じた。
「ま、雑談はこの程度にして。適当にそれ終わらせて帰れよ」
「あ、はい。頑張ります」
何か気に触ることを言っただろうか。時計を見れば16:30ぐらい。きっと天国先生はふと時計を見て終業時間間近だから切り上げたのだろう。そう結論付けて残業にならないよう書類とまた向き合ったのだった。
▼
ふと目に入った彼女の文字。やけに達筆というか、お手本のようなきれいな文字だが癖のある字。どことなく自分の筆跡に似ている気がしていた。
「尊敬するくらい大好きな友達とか、好きな人とか。気がついたらその人の文字に似てきてて」
その言葉を思い出しぶわ、と頬が熱くなる。年甲斐もなく、こんな些細なことで動揺するなんざダセェ……!!
心臓がドクドクと鳴り止まなくてうるさい。なんとか気持ちを落ち着けるべく、天国獄は煙草を片手に裏口へと向かったのだった。
ふと書類にペンを滑らせていた手を止め、声が降ってきた方を見上げる。獄さんは「ふぅん」と何か感心するように顎を擦っていた。
「そうですか?あんまり実感無いですね」
そう返答しつつ自分の書いた文字を指でなぞりつつ見返す。この«天国法律事務所»に新卒で入ってきた時からの付き合いである天国先生が言うならきっと、ここ数年の話だろう。そうだろうか、と不思議に思いつつ一息つこうと背を伸ばす。長いこと書類と睨めっこしていたせいで肩と首がゴリゴリと嫌な音を立てたがそんなものは聞こえないと無視を決め込む。
「最初ここに来た時は説得力に欠けるような丸っこい文字書いてただろ。それが今となってはしっかりした字を書くようになったとはなぁ」
「……そう思ってたんですか」
若干凹みつつ今は良くなったと褒められたのだからプラマイゼロ、いやちょっとだけゼロの方が大きいかもしれない。私が凹んでいる隙に彼は一冊のファイルを持ってきて私のデスクに置いた。座っている私と立っている天国先生。距離が近くて少しどきりと心臓が跳ねた。ぺらぺらと数枚めくると「お、これこれ」と見やすいように差し出される。
「げ、履歴書まだ残ってるんですか……!」
「たぁけ、捨てるわけねぇーだろ。採用した人材の書類はしっかり取っておく、常識だ」
「いや、知ってますけど……こうして出されるとなんか恥ずかしいというか……うわ、本当に丸文字だ。こんな履歴書提出されても面接まで行けないですよ」
「ハハッ、そーかもな。ま、お前は志望動機やら他の点で挽回して受かってんだ。それに今にはきれーな文字書くようになってるんだし、気にすることねーよ」
けらりと笑った天国先生。慰めつつ今の成長も褒めてくれる最高の上司だ。こういう細やかなフォローがモチベーションに繋がる。この人の部下になれてよかったな、と改めて思う。
「つーか、同一人物の筆跡とは思えねぇな。ペン習字でも習ったのか?」
「いえ、特には。そもそも丸文字だという自覚もちゃんとしてませんでしたし……何があったんでしょうか」
「それはこっちが聞きてぇんだが」
「あは、そーですね。……あ、でも私結構文字の雰囲気変わりやすくて。身近な人というか仲いい人の文字になぜか似てきちゃうんですよね」
ふと思い出したのは中学生の頃。親友はとっても可愛くて読みやすい文字を書く子だった。元々私はあまり癖のない字を書いていたが、彼女と仲良くしているうちに卒業する頃にはすっかり丸文字になっていたのを思い出す。
「へぇ、なるほどな。今までもあったのか」
「はい。尊敬するくらい大好きな友達とか、好きな人とか。気がついたらその人の文字に似てきてて」
「……そうか」
天国先生はそう一言呟くと興味を一気になくしたのかぱたりと履歴書のファイルを閉じた。
「ま、雑談はこの程度にして。適当にそれ終わらせて帰れよ」
「あ、はい。頑張ります」
何か気に触ることを言っただろうか。時計を見れば16:30ぐらい。きっと天国先生はふと時計を見て終業時間間近だから切り上げたのだろう。そう結論付けて残業にならないよう書類とまた向き合ったのだった。
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ふと目に入った彼女の文字。やけに達筆というか、お手本のようなきれいな文字だが癖のある字。どことなく自分の筆跡に似ている気がしていた。
「尊敬するくらい大好きな友達とか、好きな人とか。気がついたらその人の文字に似てきてて」
その言葉を思い出しぶわ、と頬が熱くなる。年甲斐もなく、こんな些細なことで動揺するなんざダセェ……!!
心臓がドクドクと鳴り止まなくてうるさい。なんとか気持ちを落ち着けるべく、天国獄は煙草を片手に裏口へと向かったのだった。
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