【ゴルトレ♀】密室

 目が覚めると、薄暗い密室にいた。まだ重い瞼を無理やりにこじ開けて、辺りを見回す。体が動いたことで首元から、かちゃりと金属の擦れる音がした。痺れの残る指先で音のした首元に触れると、牛か何かの皮の感触があった。どうやら、私は首輪をつけられているらしい。
 部屋を見回すと、そこはまるで子供部屋のような家具やおもちゃが並んでいる。カラフルな車の絵が描いてある壁紙が四方に貼られていた。
 そんな楽しい雰囲気の部屋にもかかわらず、この部屋には窓がない。正直なところ、不気味であった。
 私は確か、トレーナー寮の自室で眠っていたはずである。しかし、気がついたらこの子供部屋のような場所に首輪をつけて眠らされていたのだ。
 状況が飲み込めず、呆然と部屋の一点を見つめていると、ずっと閉ざされていたドアががちゃりと開いた。
「ゴルシ……ちゃん?」
 ぼんやりとした頭でも、すぐにわかった。ドアを開いたのは、他の誰でもない私の担当ウマ娘のゴールドシップだった。
「ゴルシちゃん、これってどういうこと? 今度はどんな遊びなの……? 流石に何の説明も無しにこれじゃ、ちょっと怖いよ」
 今まで数多くの彼女の「遊び」につきあっては来たけれど、こんなに不可解なものは初めてだ。説明を求めて彼女を見上げ、首を傾げてみせた。
「これは、遊びじゃねーよ。お前が子どもになっちゃいたい、って言ってたからな。お望み通り子どもに戻してやったわけだ」
 最近辛いことが重なり、私の精神はかなり追い詰められていた。こんな世の中嫌だ、子どもに戻ってしまいたい。情けないことにそんな思いを、トレーナー室で泣いていた私は彼女に漏らしてしまったのだ。
「あれは言葉のあやというかなんというか……というか、なんで首輪? ここはどこなの?」
 私の質問を彼女は全てスルーした。
「アタシは、アンタを守るためにこの部屋を用意したんだ。オメーはあまりに脆すぎる、壊れやすくてきれいな……アタシの宝物だ」
 彼女は優しい目をして、私の頭を撫でた。まるで、小さな子どもを諭すように、彼女は続けた。
「もう、2度と外になんて出させない。アンタが傷つくのを、見たくない。ずっとここで、アタシと楽しく過ごそう。望むものはなんでも用意するからな、トレーナー」
 彼女の表情には一点の曇りも見られなかった。純粋な目で、愛おしそうに私を見やった。
「でも、私トレーナーの仕事が……それに彼や家族も…………」
 彼女は哀れむような、悲痛そうな顔をしていた。
「仕事に追い詰められて、恋人に暴力を振るわれて。家族には金をせびられて、オメーあんな暮らしに戻りてぇのか?」
 その言葉で、はっきりとしていなかった頭が急激に冴えていくのを感じた。無理やりに押し込めていた記憶たち。そうだ、私はもう限界だったのだ。だから、彼女に心のうちを打ち明けた。苦しい、死にたい、子どもに戻りたい、と。
「ここには、トレーナーを苦しめるものはなんにもねぇからな。安心して、ずっとずっと2人だけで暮らそうぜ。子どもでいたいなら、アタシが母親になってやるよ。あんな酷い実母、忘れちまえ。今日からアタシが、オメーの母さんだ」
「おかあ……さん?」
 彼女はうんうん、と頷いて私をぎゅっと抱きしめた。豊かな胸に顔を埋めると、不思議なくらいに心が穏やかになった。だんだんと、色々な辛いことが頭から抜けていくのを感じた。
「ごるしまま」
「おうよ、どうした」
 なんだか、彼女が本当の母親に見えてくる。頭がまたぼんやりとしていく。あれ、私は今いくつだったっけ。
「まま、だっこして」
 彼女は軽々と私を持ち上げた。そしてぎゅうと強く抱きしめた。
「トレーナーはいい子だな。よしよし、えらいぞ〜」
 彼女の大きな手が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。少し乱雑だけれど、それが返って愛情を感じさせた気がした。
「トレーナー。これからずっと死ぬまでアタシが守ってやるからな」
 しぬって、なんだろう。ままはむずかしいことをいう。
「ずーっとずっと、子どもでいていいぜ。アタシは永遠にオメーを愛してるからな」
 えいえんってなぁに。
「オメーにはまだ難しかったか! まあいいや、ママはずーっとトレーナーが大好きってこった!」
 ごるしままはうれしそうに、わたしをみてわらっていた。ままがうれしそうだと、わたしもうれしいきもちになる。
「まま、だいすき」
「アタシも大好きだ。ずーっとずーっと、ずうっと大好きだからな」
 ままにだっこされていたら、なんだかねむくなってきた。
「ちょっと、ねんねする……」
 おうよ、といってままはわたしをべっどにねかせてくれた。
「ああ、そうだな。疲れちゃったよな、トレーナー」
 ままが、でんきをけした。へやがくらくなる。すぐにわたしのおめめはとじてしまった。
「おやすみ、トレーナー。起きるまで隣にいるから、安心しろよ」
 ごるしままだあいすき、そういいたかったのに、ねむくてねむくて、わたしのおくちはうまくうごかなかった。
 だから、わたしはあたまのなかでいった。ごるしままだあいすきって。
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