【ゴルトレ♀】愛してない、わけがない。

 ギラギラとした悪趣味な建物を前にして、私は今更ながら二の足を踏んでいた。チープなお城風の入り口に、また一組のカップルが吸い込まれていく。ここは通称、ラブホテル。男と女、もしくは女と女、あるいは男と男が営みを行うためだけの摩訶不思議な施設である。
「どーするよ。嫌なら今日はやめとくか?」
 隣に立っている私の恋人、ゴールドシップは困ったようにこちらを見つめていた。これ以上入り口でもじもじとしていても埒が開かない。私は思い切って一歩を踏み出した。
「ううん、大丈夫。行こう、ゴルシちゃん」
 私は、恋愛経験がゼロだった。彼女、ゴールドシップに出会うまでの話である。常に奥手で気の弱い私には、恋愛というものが非常に難しかった。そんな私を半ば強引に変えてくれたのが彼女だ。
 私の方が年上だというのに、部屋決めやらチェックインやらはすっかり彼女に任せてしまったのが気恥ずかしかった。彼女とは付き合って半年以上経つ。そろそろしたい、と彼女に言われて私は恐る恐るこのラブホテルへとやってきたのである。
 しかし実のところ、私は性的なあれこれに一種の恐怖のようなものを抱いていた。しかし嫌だとも言えず、たった今ここにいるのである。ゴールドシップのことが好きだから、彼女を受け入れたかった。ただそれだけのことだった。
 短い廊下を2人並んで歩く。この後のことを考えてしまって、体がこわばった。思わず彼女の手に触れてしまって、すぐに腕を引っ込める。
「本当に大丈夫かよ……死にそーな顔してんぞ、オメー」
 心配そうに私の目を覗き込むゴールドシップに、怒りや困惑の色は見られなかったが、私は申しわけのない気持ちでいっぱいだった。私がもっとまともな経験をできていたら、もっと年上らしく彼女をリードできていたのに……と学生時代の自分を責めてみたりもしたが、当然現在の私にはなんの変化も起こらなかった。
 部屋のドアを開けると、部屋の真ん中に大きくて真っ白なベッドが鎮座していた。こんなにもあからさまなのか……と私は苦笑いを浮かべた。
 そんな私に気がついているのかいないのかはわからないが、彼女はそベッドに向かって走って行き、そのまま白いシーツの海にダイブをかました。
「うひょー! ふっかふかだぜ!! トレーナーも来てみろよ、ほら!」
 子供みたいな笑顔を浮かべて、彼女はマットレスをボフボフと叩いて私を呼んだ。その表情は情欲なんて一切孕んでいないみたいに、朗らかだった。
 その瞬間、今まで体をこわばらせていた緊張の糸がぷつりと切れた気がした。
 彼女の隣で横になり、向かい合いながらふたりで笑った。まさか、2人でこんなところに来るなんてね、と私は呟いた。
 出会いはどう考えても普通じゃなかった。それから始まった二人三脚の日々も、予想外のことの連続だった。平穏に固執していた私の心は少しずつほぐれて、気がつかないうちに彼女に惹かれていた。彼女もまた、私を好いてくれた。
 そうして私たちは恋人同士になって、手を繋いでキスをした。そう考えると、彼女と体を重ねることはごく当たり前のことのように思われた。
 はじめてのことに対する恐怖はいつのまにかすっかり消え失せて、私は彼女の腕の中にいた。
 それから、彼女に手を引かれて初めて一緒にシャワーを浴びた。服の下の彼女は、予想通り綺麗で透き通って見えるのではと思うほどだった。
 風呂場に設置してある無駄に大きな鏡に、自分の貧相な体が映る。私は思わずタオルで体を隠してしまった。
「隠すなよ、トレーナー。アタシはアンタの全部が見たい」
 彼女はその豊かな胸を一切隠すことなくこちらに向けていた。自信からくるものなのか、はたまた生まれ持ったものなのかはわからないけれど、彼女はとくに羞恥を感じている様子はなかった。
「あっ、だめ。やだ……」
 彼女は私のタオルを素早く剥ぎ取って、浴室の手すりにかけてしまった。自分の顔が真っ赤になっていることは、鏡を見なくてもすぐにわかった。頬が燃えているみたいに熱い。
「本当に嫌だったら、やめる。アンタはアタシに触れられるの、嫌か?」
 壁ドンと呼ばれる体勢で、ゴールドシップは私にそう問いかけた。
「嫌じゃない。けど、恥ずかしい……」
 そう答えて、私は腕で自分の平らな胸を隠した。彼女は眉間に皺を寄せて、困ったような表情を浮かべた。いい歳した大人が恥ずかしいなんて、やっぱりおかしいだろうか。そう不安に思った瞬間、彼女は私にキスをした。
 いつもの軽いキスではない、深いキスだった。口内に侵入してきた彼女の舌が、私の舌を、唇の裏側を、歯茎を舐った。初めての感触だった。
 この感覚は、快感なのだろうか。彼女に口内を刺激されて私の頭はすっかり蕩け切ってしまった。閉じた瞼の裏側の色を、私はこの日初めて知った。
「悪い、急にこんなことして。正直今アタシは、アンタを抱きたくて仕方がねぇ。あんなこと言われたら、我慢できなくなっちまった」
「私何か変なこと言った……?」
 ぽやぽやとした頭で会話を巻き戻してみたけれど、特に情欲を煽るようなことは言っていないはずだ。
「天然かよ。いや、天然だったな」
 彼女は少しだけ笑って、こちらに背を向けると設置してあったボディーシャンプーを泡立てた。そしてその泡を私の体につけて、優しく撫でた。
「人に体洗ってもらうなんて、子どもの時以来だよ」
「洗いっこだからな。終わったらアタシのことも洗ってくれよ」
 彼女は濡れた尻尾を揺らした。
 シャワーに流されて、身体中の泡が排水溝に吸い込まれていくのを、私はじっと見つめていた。
「ゴルシちゃん、私のことすき?」
「すきだから2人でここにいるんだろ? 愛してないわけ、ないじゃねーか」
 このあと私たちはベッドに行って、そのまま体を重ねるのだろう。私はもう、何も怖くはなかった。
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