「そういえば切り抜き、いつの間にか無くなったな」
明智さんが何気なく言うと小笠原がボソッと答える。
「一柳さんと付き合い始めた頃になくなったよ。悪いと思ったんじゃない?」
ガックリとしてる彼女に、みんなの視線が集まる。オレは彼女を呼び掛ける。
「
なまえ、落ち込んでないで、ほら、ご飯食べなさい」
だが、彼女は微動だにしない。ため息をつきながら箸を持たす。ふと顔を見ると心なしか、瞳がウルウルしてる。
「おい……。お前。何、ウルウルしてんだよ」
何となくムカついて、ほっぺをむぎゅっと摘まむ。
「いひゃーい!」
「あ゛あ? 痛くしてんだよ。この浮気者。おしおきだ」
「あぅー」
ウルウルした目でじっとオレを見る。……ウルウル目には特に弱い。仕方なく離した。
「オレというもんが、ありながらいい度胸だな。西島くんのが良いのか? ああ?」
「んーん、昴のが良いよ! そんなの、昴のが良いに決まってんじゃん」
彼女が即答した。
「あのね、浮気じゃないの。西島くんは、昔、目の保養的に好きだったの。昔の、事だもん。それに、空想の中の王子様はもう、僕には要らないの。今はね……」
彼女が『ふふっ』といたずらな笑みを溢し『こ・こ・にぃ』と言いながら、オレの鼻の頭をポンポンと突っつき続けた。
「僕の王子様、いるもんねー。今はぁ、僕の王子様を見てたら目の保養になるしぃ。えへへ……だから空想王子はもう必要ないの。そりゃあ、ちょっとショック受けたけど。今は昴が一番だよ」
内心、照れた。ポーカーフェイスを保ち何でもないフリをしたが、本当は気分が良かった。
でも、悪戯心が湧き可愛い事を言う彼女をもう少しだけ、いじめてやりたくなった。わざと『ふぅーん』と返事をしてやった。
「何、その疑りの目。本当だもん。ドラマや映画見て、こんな風にされたーいって憧れるみたいな感じだよ? 現実とは違うの。だって相手、芸能人だもん。あるわけないじゃん。僕、一般人でしかも十人並み。そんなの、ありえな──」
そこまで言い掛けて、何か思い出し拗ねた顔になった。
「そうか、昴にはありえなく無いんだった……」
ギクッとした。やぶ蛇だった。*蘭子の事を思い出したようで彼女は、むぅーと唇を尖らせた。
「……マジ分かんない。あんなスゴい人が元カノで、何で僕を奥さんに選ぶの? レベル超下がったじゃんよ。昴の、物好き」
彼女が、いじけて絡み出した。
「スゴい人って誰です?」
事情を知らない大田が聞く。彼女が身を乗り出しオーバーに言う。
「それがあの、的場蘭子なの!」
『えっ!』大田と細野がびっくりした声を上げると彼女はうん、うんと頷きながら続ける。
「スゴいでしょー? 驚くよね? 誰が見たって、的場蘭子のが絶対良い女じゃん。不思議でしょうがないよ。気の迷いかな? そしたらその内、正気に戻って[しまったー!]とか思うかもぉー! どうしよう……はぁあぁぁ不安だぁ」
何だか、いつもの彼女らしくない。
*
三ツ星ディナーと白ご飯。の話。
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