「誰の曲?」
「ん? ふふ。僕の曲」
「え? もしかして即興で?」
『ん』と彼女が頷く。
「思いつき」
「思いつきって。曲も歌詞も良かったぞ。スゲーな、おい。あ? じゃあ、あれか。即興劇の時と同じで覚えてねーから一度きりか?」
そう聞くと彼女は『だね』とあっさり答えた。
「だねってお前。勿体ねーな。楽譜に記録しろよ」
「えー僕楽譜なんて書けないよ。やっと読めるようになったかなあって感じだし。苦手ー」
やっぱりこのままにするのは勿体無い気がして、彼女の隣に無理矢理掛けて、今聴いたのを思い出しながら譜面にして行く。隣で彼女が騒ぐ。
「すっげーな! そんな事まで出来ちゃうのぉ? すげー尊敬する」
「おい、お前も思い出せ。思い出せたら弾け。そしたらオレが書く」
「*Aye-aye,Sir!」
「よし、任せたぞ」
それから、二人で何とか全部思い出し記録した。
彼女が淹れてくれた珈琲を飲みながらそれを眺め、満足感を味わう。彼女が横から覗き込み『楽しかったね』と笑い掛けて来る。
「ん、なんか思いのほか楽しかったし、充実感があるな」
「でも、譜面起こしまで出来るとはすご過ぎ」
「あ? オレだって初めてやった」
「そうなの?」
彼女がびっくりした声を出しこっちを見た。
「そうなの。それだけお前の歌が気に入ったんだよ。だから結構必死で頑張った。ありがとうのキスは?」
彼女がちゅっとキスくれる。
「それだけ? 物足りねー」
「だって、濃厚なのすると止まんなくなるもんねー。もうちょっと休憩したい。続きは後ほど」
「後ほど、いいんだ?」
「いやって言った事、殆ど無いと思うけど?」
「ふふ。そうだな。にしても、お前のがすげーよ。即興劇に即興曲。譜面に起こせないのは勿体ねーな。とりあえず、今度浮かんだら録音しろ、な。でも、他になんか方法ねーのかな」
「ん? こっち向いてー。僕をじーっと見て。はい、あなたはお願いされるとやってあげたくなりまーす。オレが助けてあげようという気持ちになり、任せろと言わずにはいられなくなりまーす」
そう、さっきの催眠術の続きみたいに言ってから伺うように上目使いになった。
「すーぅ? お願い。一緒にやって? ね? お・ね・が・い」
甘えたような甘い声で小首を傾げ胸の前で手を合わせ言う。そして、じぃーっとオレを見る。
(う、ずりー。そんな可愛くお願いされたら。断れねー)
「ねぇー夫婦は補い合うもんだろ? ダメな僕を補って?」
彼女がずいっと寄る。それが妙に色っぽい。おまけに近寄ると彼女の匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。
(やべー。押し倒したくなって来た)
「わ、分かった! 手伝ってやる。任せろ」
(あ、これじゃまた催眠術と同じ――)
「わーい。すぅ、ありがと」
彼女がオレに飛び込んで来てむぎゅっと抱き付いた。くらくら来た。
(マジか。オレが堪えてるのに。はあー、こいつは)
「お前ね。いいんだな? 知らねーぞ?」
『ん?』少し離れきょとんとした顔でオレを見て小首を傾げる。何だろう? という顔だ。それから直ぐに何かを思い浮かべ眉をへの字にしてしゅんとした。
*Aye-aye,Sir!:Ayeは了解や賛意を示す、古いYesのようなものです。Sirは上官に向かって言う時の敬称のようなもの。AyeあるいはAye,Sir.というのが普通の「了解」「了解しました」Aye-aye,Sir.だともっと強調した、任してくださいよ!のようなニュアンスになります。……と調べたらありました。