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あれから、石神は捜査室に直ぐにやって来た。後から黒澤に聞いた事だが、あの時室長が言うまでもなく、もうすでに捜査室に向かっていたらしい。
おまけに逃走しようとするマル被を確保する際、こいつらしくもなく『貴方だけは許せません』とマル被をぶん殴ったと聞く。『俺達ももちろんですが、石神警視は特に……相当に心配していましたよ』とも黒澤は言った。それは、捜査室に現れた時のヤツのツラを、見れば理解出来た。だが、オレも室長も小野瀬さん達も、頭に血が上っていた。[仕方ねえな]で済ませられる状態じゃあなかった。ヤツが現れ、放心状態の彼女に話し掛ける前に、室長が動いた。『石神ーーっ!』と叫びヤツをぶん殴った。いつもならば止めるであろう小野瀬さん、明智さん、藤守、オレ。誰一人止めなかった。止める所か次にぶん殴ってやろうと思っていた。
思いっ切りぶん殴られて、音を立ててヤツが尻をついた時、彼女がハッとして『わー!』と言いながら二発目を殴ろうとした室長の前に躍り出て、ヤツを庇うように覆い抱きしめた。
「ダ、ダメ! ダメ! 待って、待って!」
「チビ助! どけ! 仲間を利用するような奴、庇うんじゃねえ!」
「違う、違う、違うよ! 利用なんかされてない! 誤解だよ。違うの。石神さんはちゃんと話して救ってくれようとしたよ?」
「チビ助、お前は人が良すぎる。良いように動かされたんだろ」
「違うって! 本当なんだ。話してくれようとしたのを、僕が今は余裕がないからって。言わないでって頼んだんだ! 転んでボロボロになったの手当して送ってくれたし、僕がみんなに言わないでって頼んだから、内緒にもしてくれたんだよ。黙ってたらこんな風になるかもしれなかったのに。色々優しくしてくれたの! それにあれから幾らも経ってないし、きっと僕を助ける為にあの医者、全力で挙げてくれたんじゃないかな? 僕、そう思う。それにさ、捕まえてくんなきゃ、今頃僕の内臓盗られてたかも知れないよ? 石神さん達のおかげだよ。だから、殴ったらダメ! 僕、感謝してる。僕の恩人だよ」
そう言い切られて、みんなちょっと冷静になったんだ。彼女は石神に『色々、ありがとうございました』と頭を下げた。石神は目を丸くして心底驚いた顔をしていた。
それが、五日前の事。戻って来た阿久津先生に、一連の事情を説明して信頼のおける大きい検査の出来る病院を紹介してもらい、今日結果を聞きに来た。ここで石神が待っていたという事は、ヤツも心配していたという事だろう。
「なまえさん。本当に……済まなかった。今から思えばもっと、貴女を苦しめずに済む巧い方法があったかも知れません」
「ふふ、変なの。二人して謝ってばっかりで。ふふふ。ねぇ……」
「はい?」
「今は石神警視? それとも、秀樹兄ちゃん?」
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