彼女はとりあえず姿を消すのを止めてここにとどまったが、病気が治ったワケでも問題が解決したワケでもない。
ひとしきり泣いてから泣きやんだ彼女は、今は自席に着き黙り込んで微動だにしない。緊張の糸が切れてしまったのか、ボーっとしたと思ったら項垂れて落ち込み始めた。彼女は今にも壊れてしまいそうな程に痛々しかった。だけど、正直な心情を言えばオレもみんなもショックから立ち直れてもいないし、どうにかしてやりたくても掛ける声も見つからず途方に暮れていた。オレに至ってはさっき強くなると宣言したくせに、今はまだどうしてやったら良いのかすら思いつかずにいた。ただひとりにしたくなくて彼女と頭を凭れ合わせ肩を抱き黙って寄り添った。さすがに『職場で』と咎める者はいなかった。誰もが黙り込み静かな音のないこの部屋に空虚感が満ちていた。
──と、室長のデスクの電話が鳴った。
「はい。緊急特命捜査室。ああ、石神さん。え? チビ助? 今はちょっと……え? 何? テレビ? 何チャンよ? どこでも? ああニュースね。ちょっと待ってちょうだい。藤守、ニュースつけて。え? 病院が映ってるやつを? ええ……待って。藤守、病院、あ、それよ」
藤守がつけたニュースでは、見知った景色が映ってた。
「あ? これ、阿久津診療所の近くじゃねーか?」
オレの呟きに彼女が画面に目をやる。どうやら、病院絡みの*ヤマらしい。
「ああーーーっっ! こ、こ、これ! え? ええーーっ!」
叫び、ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がると、慌て過ぎてちょっとよろけつつ室長のデスクに走って行き室長から受話器をもぎ取ると石神に『ど、ど、ど、ど』と言った。焦り過ぎてどもり、話せないらしい。室長が『どういう事か聞きたいのね? 貸しなさい。私が聞いてあげるから』と受話器を受け取り説明を求めた。
● ○ ● ○
「──と言う訳? じゃあ、チビ助はそいつに*カモにされたって事なの?」
室長が石神に確認するように繰り返し復唱して聞くと『カモ……』と呟き彼女がガタッと腰を抜かした。咄嗟に彼女を支え顔を見た。彼女は戸惑った顔で目をうろうろとさせた。とりあえず、頭を撫でながら室長の電話が終わるのを待った。
『ええ、ええ』と相槌を打ちながら聞き、電話を切る前にいつものオネエ言葉とは違う口調になり言った。
「石神──お前、知ってて黙っていたのか? ふーん。なるほどな。ああ、そうだな。指揮を取る立場なら、そうするかも知れねーな。だが……後でツラ貸せ。俺は、お前を許せん。来ねーなら覚悟しろよ? 俺がそこに乗り込むからな」
室長は電話を叩き切るように置くと、怒りを鎮めるようにデスクに置いた手をギュッと握った。それから室長はひとつ、ふぅーと深く息をついてから説明してくれた。
簡単に言えば、彼女の担当医は国際的に暗躍する犯罪組織に係わっていたらしい。患者に重篤な病状であると告知し手術をすすめ、ショックを受け判断が曖昧になった所でうまく口車に乗せ組織の病院送りにして、そこで臓器を取り出し密売していたらしい。
「いい? チビ助、他のもっとちゃんとした病院でもう一回調べてもらいましょう? ね?」
呆然とする彼女に室長がゆっくりと教えるみたいに言った。
*カモにされる:他人が利益を得るためにいいように利用されてしまうこと。
.