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正直に今の心情を吐露するなら、迷っていた。後藤の報告からすれば、今俺達が追っている病院絡みの*ヤマの次のターゲットの一人に、彼女がなってしまった可能性がある。
(だとするなら、今頃苦しんでいるに違いない。現に後藤の報告では『様子がおかしかった』と言う。だが、俺は公安だ。真実を教える事は立場的にはマズい。たとえ同じ警察官でも、捜査に関する機密は漏らさないのが鉄則だ。今までも、ただ一度を除けばそうして来た。そう、一度だけ俺は鉄則を破った。*あいつと、彼女を助ける為に。穂積さん達に情報を漏らした。幸い、犯人を無事確保出来、穂積さん達が口を閉ざしてくれたから大事には至らなかったが。公安の警視としては失格だ。そうそう同じ轍を踏むわけにもいかない。たとえ、彼女が傷付いていても……。だが、俺は救ってやる方法を知っている。傷付く彼女を前に心を鬼にして、見ないふりを出来るだろうか?)
俺らしくもなくひとり悶々と考えた。速度を落とし彼女を探しながら、車を走らせていた。
(いた、彼女だ。……らしくないな。危なっかしい。あ!)
前に彼女を見付けた。ふらふらとどこか放心状態気味で歩いて来た。心配したそばから足が縺れ手も付かず勢いよく[ドタッ]と転んだ。そのまま起き上らない。
(あんなに勢いよく転んでは、頭でも打って気絶でもしたか?)
車を寄せハザードを出し慌てて駆け寄る。手前で一応声を掛ける事にした。
「どうしたのです? こんな所に転がって」
「…………どなたですか?」
「石神です。起きないんですか?」
「………………秀樹兄ちゃんが何でこんな所にいるんですか? 幻、ですか?」
「話をする前に起きたらどうですか? 貴女らしくありませんね」
「……………………痛い、んだもん。……僕らしいって何ですか? すっごく痛いんですよっ! 僕だってね、いつもいつも我慢ばっかり出来ないんです! たまには……たまには……痛くて、痛くて……起き上がれない時だってあるんですよぉ! 僕だって、我慢したくない時だってあるのっ! 嫌になる時ぐらいあるんですーぅ! もういいんです! もう……幻さんも、僕を見なかった事にしてこのまま、捨てて行っちゃって下さいよぉ。もう、それでいいですから!」
倒れて突っ伏したまま、自棄を起こし自暴自棄に彼女が騒ぐ。
「何、逆ギレしてるんですか。仕方ない子ですね」
「だから、もういいです! 僕みたいに仕方ないダメな子は捨てておいて下さい!」
「ダメとは言っていません。それに私は貴女の、秀樹兄ちゃんですからね。転んでべそを掻いてる妹を捨てては行けませんよ」
「……今、手を貸すと大泣きしてうるさいですよ。痛いんですから我慢しませんよ。……きっと後悔しますよ」
「ふ、貴女という子は。案外、世話が掛かりますね」
「だからぁ……」
「捨てて行きませんよ。いいですよ。たまには世話を掛けなさい。妹の面倒くらいみて差し上げますよ」
「……秀樹兄ちゃん、ばかですね。我慢出来ない僕なんて、面倒でうっさいのに」
「ばかとは言ってくれますね。ほら、いつまで地面とにらめっこしてるつもりですか?」
彼女を起こすとやっぱり顔から転んだらしく、擦りむいているし鼻血も出てた。
「あーあ、これでは痛いでしょう。車まで歩けますか?」
よたよたと立ち上がろうとしてまた転びそうになる。腕を掴み支えた。顔は血が付いているが顔色は蒼白だった。
(……かわいそうに。これは相当、弱っているな)
「仕方ないですね」
俺はお姫様抱っこして助手席に運んだ。
*ヤマ:事件
詳しく知りたいは
人質。をご覧下さい。
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