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黒澤と*シキテン中、意外な人物がやって来た。
「後藤さん、あれなまえちゃんですよ? 何でこんな所に?」
捜査対象の*マル被の病院に来たようだった。病院前の通り沿いにある案内版を見てる。
「ちょっと待て。指示を仰ぐ」
急いで石神さんに報告を入れると『偶然を装って黒澤に行かせろ』との事だった。
それを黒澤に伝えると『それは、場合によっては*協力者として動いてもらう、という事で良いんですね?』と聞かれた。その声は石神さんにも届いていた。『そうだ。場合によっては致し方ない。臨機応変に動けるな?』と答える石神さんの声を聞きながら、なまえに目をやった。なまえは案内板の前でお婆さんに相談され、快く相手をしてやってた。黒澤にそれを伝えながら(厄介な事になるかも知れない)と危惧の念を抱いた。
(俺達の任務は、時には綺麗事だけでは済まない。石神さんの言う通り、場合によっては致し方ない。分かってはいる。だが、出来れば捲き込みたくない。それは、恐らく石神さんにしても、黒澤にしても、同じ思いだろう)
黒澤が偶然を装いつつ、声を掛ける。なまえは黒澤に挨拶をし言葉を二、三、交わし、お婆さんの対応もしながら三人は中に入って行った。
暫くすると黒澤が出て来た。運が悪いとしか言いようが無く、あろう事かなまえは*マル被の担当になってしまったらしい。
「一応、彼女が警察官だとバレないように『顔色が悪いからお手洗いへ行って来ては? 受け付けは俺の受付と一緒に済ませてあげます』と、保険証預かり工作して置きました。受付には『家族だ』と言って『保険証が切り替え手続き中なので、後日改めて持って来る』と代わりの書類で誤魔化したので、彼女にも病院側にもバレてません。後藤さん、これで良いんですよね?」
「…………なまえと言えども。今、事情がバレるのはマズい。このまま、様子をみよう」
数十分後、なまえはボーっとしながら病院から出て来て、近くのバス停のベンチにストンと腰掛けた。何本もバスが来て出て行っても、なまえは微動だにしない。
「後藤さん、どうします? もうかなり時間が経ってますよ? 辺りも暗くなって来ましたし」
それは俺も思っているが、この場所でこのタイミングでの接触は避けたい所だ。考えあぐねていると『あら、あの人まだいるわ。大丈夫かしら』と声が聞こえた。見れば、近くの店の店員がなまえを心配そうに見ていた。黒澤に買い物に行かせ、さり気なくなまえの所へ興味を向けさせた。女が声を掛け暫く会話をするとなまえは会釈をし、ふらふらと歩き出した。
「ああ、うまく行きましたね」
「ああ」
「でも、ちゃんと帰れるでしょうか? 様子が変ですよね?」
「…………あ、危ない」
よろけ転びそうになる。よたついて覚束ない足取りで危なっかしい。
「ああ、なんとか大丈夫みたいですね。でもあれじゃ、家に無事に着きませんよ? どうします? 後藤さん」
黒澤の言う通りだと思い、石神さんにもう一度連絡を取り報告をして指示を仰ぐ。
『今、丁度そちらに向かっている所だ。なまえさんは私が拾おう。彼女はどちら方面に向かっている?』
そう言う石神さんに位置を知らせ電話を切った。
「石神さんが近くにいたんで任せた」
俺が言うと黒澤が安堵のため息をついた。
「なら、大丈夫ですね。でも……彼女、ターゲットにされたんでしょうか? 心配ですね」
「心配でも、今、情報を漏らすわけにはいかない。これ以上なまえが巻き込まれる前に挙げるしかない」
「ですね。是が非でも尻尾を掴んでやりましょう」
*シキテン:張り込み
マル被:被疑者
協力者:情報収集などの為、手ごまとして利用するということ。S(スパイ)などの隠語でいうことがあるらしい。この話の場合、 なまえは何も知らずに利用されることになる。同じ警察官であっても情報はもらすことが無いのが公安とういような記述もあったのでこの設定になりました。
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