● ○ ● ○
(はぁー当たらねえなあー。人生初、しかも最初で最後なんだから神様もさ、ビギナーズラックで当ててくれても良いじゃん。にしても、運がねえよなあ。僕って。これからだと思ったのに。まさか、ね──)
僕は、自分の運の無さに自嘲し、苦笑いを溢した。
(夢だったら良かったのに……)
そう思いながら、少し前に起きた出来事をまた頭に浮かべる。自分の身にふりかかった信じがたい出来事。僕は、それを未だに受け止める事も、消化する事も、出来ずにいた。あれからもう何度も、あの日の事を繰り返し思い返している。
● ○ ● ○
ちょっと前から体調がイマイチで、その時も調子が悪かった。早めに対処しようと、裕子ちゃんのとこに行った。珍しく休診だった。何か急な用で一、二週間程留守らしい。仕方がないから違う病院に行った。裕子ちゃんが帰って来るまでの間、とりあえずと思い阿久津診療所からの帰り道にあった病院で受診した。
(こんな所にも病院あったのか。いつも裕子ちゃんとこしか行かないから知らなかったな。最近出来たのかな?)
そんな事を考え待っていたら色々検査を受けるように言われた。訳の分かんねー内に何やかやと調べられ、うんざりだった。でも、裕子ちゃんもいないし、初診だから仕方ないのかと思い我慢して検査を受けた。結果は後日かと思ったら『うちの病院は即日分かるので』と看護師に連れられて、最初に会った医者に話を聞く事になった。病院嫌いが影響するのか、僕にはその医者が第一印象から何だか胡散臭い気がしてしまっていた。
「は? い、今、何て?」
その印象の良くない医者は戸惑う僕に、もう一度飛んでもない事を告げた。
● ○ ● ○
「……の……あの、大丈夫ですか?」
ふっと気が付くと女の人が心配気に覗き込んでいた。
「え?」
「あの、気分でも悪いんですか?」
「え?」
「顔色が真っ青よ? 貧血? ああ、私はね、向かいの、あのお店に勤めてて。お節介かと思ったんだけど……。あなた、私が見掛けてから、もう何時間もそこでそうしてるから気になって。大丈夫?」
そう言われて、辺りが暗くなり始めてる事に漸く気が付いた。
「あ、だ、大丈夫です……あ、ありがとうございます」
(あれ? 医者に話を聞いてたんじゃなかったっけ? いつ出て来たんだっけ……?)
「あ、ちょっとあなた、待って。お財布とか色々落としたわよ。はい……あら、あなたあそこの病院行ったの?」
女の人が財布とか拾ってくれて何か話し掛けて来る。
「悪い事言わないから、他の病院にも行きなさい? ここ、ちょっと良くない噂あるから。ね?」
(何だろ……言葉が頭に入って来ない。この人、今何て、言った? ……そうだ。今、何時だろ。遅くなると昴が心配する……)
「ねえ? あなた、大丈夫? ご家族とか誰かに迎えに来てもらう?」
肩を揺すられて、ゆっくりとした口調で聞かれた。
(迎え? ダメ、昴が心配する)
「だ、大丈夫、です」
「そう? お財布と診察券とハンカチ、ポケットに入れるわね? 本当に一人で帰れる?」
「は、はい……あ、ありがとうございました」
頭を下げると心配そうな顔で『気を付けてね』と顔を覗き込まれながら、またゆっくりと念を押されるように言われた。
頷き頭を下げて歩き出すが、歩く内に今どこにいるのか、帰り道が分からなくなった。頭の中にはあの医者の言葉がぐるぐると繰り返されていて、僕がその時考えられたのは家に居るだろう彼の事だけ。
(どうしよう。昴には話すべき……? でも、そしたら彼は大丈夫かな?)
ただそれだけだった。
.