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さっき、彼女が着替える間にオレは広間に寄った。仲の良い連中は、気になって帰れないようで申し訳なかったからだ。心配する人達に夫として、挨拶をし頭を下げた。
結構な人数が残ってた。みんな、お茶を飲みながら小さめな声で話し、彼女が来るのを待ってた。
秋月母や、ふみや、千佳は危ないシーンを目の当たりにしたせいで心配で青くなってしまい、しばらく隅で横になってた。
特に幼い頃から親代わりと思って接して来た秋月さん達は心底、心配してしまい『いつもこんなに危険なのか?』と聞かれた。返す言葉が無く、頭を下げるしかなかった。それがまた心配心を煽ったのか『海司もこんな風ですか?』と秋月母に聞かれ、桂木さんもオレも答えに窮した。
海司が『俺は大丈夫だ。心配すんな。それに、あいつも大丈夫だよ』と言うと、結菜が『大丈夫、海司もなまえちゃんも。絶対大丈夫。私はそう信じてる』と言って庇った。
オレもなまえもこの仕事に就くヤツ等は、心配される側の気持ちもする側の気持ちも、きっとよく分かってると思う。
オレだって、何よりも彼女をなくしたくない。さっきみたいな時は本当に怖い。
だけど、あの笑顔。オレを守ったと言って嬉しそうに、誇らしそうに、笑ったあの笑顔も取り上げたくねー。彼女の誇りを奪いたくない。
そんな対極の矛盾した心にジレンマを感じる事は多々ある。
彼女だって同じ筈だ。
結婚前に警視総監の夢は応援したいがSPは怖いと泣いた時も、そして今日、必死でオレを守りこれからも一生守ってやると言った時も、多分オレと同じでジレンマや怖さと闘ってるんじゃねーかと思う。
だけどこういうオレ達が抱えるジレンマを、本気で心配する人達に理解しろと言うのは酷だ。
オレ達が出来る事は少しでも安全にと、頭を働かせて工夫したり、備えて訓練するしかねぇとオレは思う。
工夫といえば今日、彼女も成長したなと感じる事があった。以前は、自分の命を投げ出すみたいに動いてた所があったのに、今回はちゃんと考えたと言ってた。
今までを知らない人から見れば、些細な事に感じるかも知れないが重要な変化だ。
[自分を大事にしろ]それは、室長やみんなが繰り返し彼女言って来た言葉。だが、今一つ彼女の心に響いて行かなかった言葉でもある。
その彼女が──。
誰かも守り、自分の命を守る事を考えた。
その変化がオレには、嬉しかった。
心構えなんて、自分で思わなきゃ周りで変えられるもんじゃねー。
でも、きっとまた気にするな。目に浮かぶように想像がつく。
[男は守られ系の可愛い女が好きなのに。僕、可愛げねーよなー。生意気だしぃ。もっとフェミニンでセクシーな女じゃないとなー]
(ため息つきながらシュンとして落ち込むんだろうなー)
広間に向かう途中、傍らの彼女を見ながら思ってた。
(今夜は特に、うんと優しくして褒めてやろう。この感謝の気持ちも、ちゃんと彼女に届くように伝えたい。それから勿論、この愛しさも)
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