滑らかに語る彼女にオレや室長、黒澤は呆気に取られる。
「なまえちゃん、フランス行った事無いんですよね?」
黒澤が、思わずという風に問い掛けると、彼女は『ん? 無いよ』と答え、酒を口にするとまたうっとりと夢見る少女のような顔で『はぁー』と吐息混じりのため息を漏らした。
「ねぇ、前に[アメリ]って映画で見たモンマルトルの丘に行って、白亜の美しいサクレ・クール寺院を見るのも良いよねぇ。それで[アメリ]で出た[カフェ・デ・ドゥ・ムーラン]で、アメリが食べていたクレーム・ブリュレ食べんの。その後は、寺院周辺の石畳の小道を二人で手をつないで歩くの……うは~♪ ロマンティック~! 考えるだけでドキドキする! あ、モンマルトルなら風車も見たい。それから、モンパルナスタワーとか、ヴェルサイユ宮殿も良いなぁ。はぁー。夢が膨らむぅ~♪」
そんな彼女に、男三人は申し合わせたように、笑ってしまった。彼女はきょとんとして、小首を傾げると不安そうに言った。
「何? ヘンな事、言った?」
「いやいや、そうじゃありませんよ。なまえちゃん」
「ああ、ヘンな事なんか言ってねえよ。チビ助があんまり楽しみにしてるんでな。お前、よっぽど行ってみたかったんだなあ。フランス。昴、これは、新婚旅行はフランスで決まりだな」
「ふふ……ですね。だけど、多分、そんなに沢山はまわれねーぞ?」
「あ、そっか。そうだよね。えへへ……つい。あんまり忙しいのもイヤだしなぁ。どこが良いかな……」
「んー、ニースとー。マルシェでお買い物と石畳の小道のお散歩は、オレも気になるな」
「新婚旅行ですから、ゆったりと二人で散策もロマンティックで良いですねぇ」
「黒澤さんもそう思う? だよねぇ。散策しながら知らない街並みを眺めるの、素敵だよ。きっと」
目をキラキラさせて言う彼女を見ながら、室長は酒を口に運び、それからしみじみと言った。
「跳ねっ返りのじゃじゃ馬も、嫁に行く時は普通の夢見る女の子になるんだなあ。お父さんは、安心したぞ。良かったな。チビ助。いっぱい、いっぱい楽しんで来いよ」
目を細め、優しい笑顔でガシガシと頭を撫でる室長に、彼女は幸せそうな笑顔を満面に浮かべ、子供のように屈託なく『うんっ!』と頷いた。そんな二人を見てると、胸の奥がじんわりとあたたまり、優しい気持ちになって来る。
(初めての海外旅行だし、こんなに楽しみにしてるんだ。目一杯、楽しませてやろう。とにかく、迷子にさせねーようにしねーとな)
そう思ってると、黒澤が思い出したように言った。
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