(事件か……)
そう思った時だった。対面の建物の中から男を連行するなまえが出て来た。声が聞こえ、顔の表情が見て取れるような距離だ。彼女はすぐにオレを見つけ、目があった。彼女は目を見開き驚いた表情になり、一瞬固まった。続いて中から出て来た男が『何、ボサっとしてる! 全く使えない新人だ』と後ろから彼女を小突き怒鳴り付けると、ぐちぐちと言い出した。長くなりそうだと思ったのか、制服警官が彼女から男を引き継ぎ近くのパトカーへ向かった。
「何、見てるのよ? パトカー? 誰かいたの? ああ、アイツなら心配いらないわ。清水の部下の男だもの。後で釘を刺しとくわ。あら? あれ、貴方の所の巡査じゃない? あれ、男かと思ったら女なんですってね? ……貴方、あの巡査と何かあるの?」
途端に女の機嫌が悪くなり、途中から段々金切り声になった。怪しまれないよう、オレは即座に否定した。
「何を言ってるんです? そんなワケ無いでしょう? 僕は貴女の事でいっぱいですよ。こんなに素敵なひとといるのに、他の女なんて霞んでしまいますよ」
「本当かしら……」
「僕を信じてくれないんですか? 貴女に疑われるなんて……悲しいなあ」
悲し気に一度目を伏せる。それからなまえが甘える時によくやる表情を真似て女を見て言った。
「ひどいひとだ。僕をこんなに夢中にさせたくせに……疑るなんて、そんな仕打ち……」
途中で言葉を詰まらせて、また悲し気な表情を作り女から目を逸らす。
こんなベタなの、正直虫酸が走る。でも、この女はこういうオーバーなのがお好みだ。それはもう研究済み。きっと必ず食い付いて来る。
「そんな悲しそうな顔しないでちょうだい。疑ってなんかいないわよ。私が悪かったわ。ねぇご機嫌直してちょうだい。そうだ。貴方、お腹空いたんじゃない? 美味しいものでも食べに行きましょう」
そう言って腕を引っ張る女に合わせ、笑顔になり会話を続けながら歩き出した。
内心、向こう側にいるであろう彼女の事がとても気になったが、彼女がオレを信じてくれる事を願い、そちらを見る事なく何もなかったように通り過ぎた。
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