「あ? 逃げるなよ。頬っぺにちゅう位、良いだろ。ケチ」
「お家じゃないしダーメ。みんなが来るもん。あ・と・で、ね?」
そう言う彼女が、やけに色っぽくてドキッとした。その隙に彼女がスルリと逃げる。
「またー、お前はそうやってオレを誘惑するんだからなー。敵わねぇーな。この小悪魔」
「えー誘惑? そんなのしてないよー」
「してるよ。あー今すぐひっ担いで連れて帰りてー」
オレの言葉に彼女がクスクス笑う。そんな風に笑い合っていると、ドアが開き小笠原が帰って来た。小笠原は近所のわりと遅くまでやってる洋菓子店のケーキの箱を彼女に差し出した。
「ん? 小笠原さんケーキ屋さん行ってたの?」
「ああ、……さっき悪かったよ。君、頑張ったの知らなくて無神経な事言った……ごめん」
「え……? それで買って来てくれたの? ふふ。小笠原さん、優しいね。ありがとう。大丈夫だよ、僕気にしてないよ」
彼女がふんわり笑う。小笠原がドキッとしたように顔を少しそむけた。
「ねぇ、中、見て良い?」
「ああ、どうぞ」
答える小笠原の頬は少し赤い。彼女は無邪気に、にこにこしながら箱を開ける。それを、そっと盗み見るように見つめる小笠原の視線に、彼女は気付かない。彼女はもうすっかり、ケーキの箱に気を取られてしまってる。
「……優しいのは君だよ」
彼女しか見えてないような、どこか熱っぽい視線で見つめ、至極小さな声でそう漏らす。
彼女には聞こえなかったみたいだが、オレには聞こえてしまった。
(小笠原、お前もかよ。はぁ……)
胸の内でため息をつく。
(これは予防線、張っとかねーとな)
「なまえ、良かったな。にこにこして。何が入ってたんだ? 美味しそうなのあったのか?」
無防備な彼女に声を掛けながら近寄る。
「うん? すっごい美味しそうだよ。キラキラで──わっ!」
彼女に密着し、箱を覗き込む。
「どれ? 見せてみろ」
「す、す、昴……く、くっつき過ぎ……」
ここが職場で小笠原の目の前でという状況に、彼女の頬が赤くなり焦る。
オレは、彼女が言うのが聞こえなかったと言わんばかりに『ん? 何か言ったか?』と更に近付き、彼女の顔を覗き込むようにしてより接近した。もうキスでもしそうな距離だ。
「す、昴? 何の冗談? 人前で、ダ、ダメだよ! それに職場だよ? もう少し離れて」
声を落としオレに注意する彼女。
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