警視はそれをフンっと鼻を鳴らして一瞥すると、オレ達にもう興味はないという風に視線を外し周囲を見始めた。少しの間、見てまわると『鑑識、報告書を急ぎなさいよ』とえらそうに言い捨てて引き上げて行った。
「かぁーっ! なんやねんな。アレ! 相変わらずムカつくわー!」
怒る藤守を遺体の傍で言われた通り番をしている彼女が、ハラハラした不安気な顔でチラチラと見ている。
「さっき呼んだろう? なんだ。チビ助」
室長が彼女に声を掛ける。彼女は、まだ顔色が悪いのに何でもなさそうに『えへへ』と笑い、オレ達が近付く前に『ストップ、あんま近寄んない方が良いですよ』と止めた。小言を言い出しそうな室長を止めて言う。
「室長、室長の車にファ*リーズありますよね? ほら、この前、僕が無理やり乗っけたやつ。あれでシュッシュしたら少しはマシになりませんかねぇ?」
「ああ? あると思うが、どうかな。チビ助、ちょっと後ろ見せて見ろ」
「え? 後ろ?」
「良いから、回れー右! …………お前、もうその服ダメだな」
「えー! ダ、ダメ?」
彼女の顔が引きつる。小野瀬さんが、言い難いそうに彼女に教える。
「あのね、なんていうか、色々ついちゃってシミになっちゃってるよ……洗うのも嫌じゃないかな?」
彼女の顔色がますます青ざめ、ブルッと震えると泣きそうな顔になった。だが、オレ達がいるので慌てて唇を噛んで泣くのを堪えた。そして、見つめるオレ達に心配を掛けまいとニッと無理に笑い『そっかー。えへへ……ま、仕方ないなー』と精一杯、頑張っておどけて言った。
(本当は泣きそうなくせに、無理しやがって……)
いじらしくて抱きしめてやりたくなった。
「このおバカ。無理ばっかりして。もうー、仕方ないからお父さんが服買ってあげるわよ。頑張ったご褒美にね。……よく頑張ったな、真山」
そう言われまた泣きそうに顔を歪めたが、何とか堪えて『えへへ』と誤魔化した。
「チビ助、そこは良いから警視庁に帰りましょ。シャワーを浴びた方が良いわ。如月、アンタ、チビ助と代わってやってちょうだい。監察医の先生を待って話を聞いて来て」
「はい了解です。チビ、後はこー兄に任せろ」
彼女も、さすがに早くシャワーを浴びて着替えたいのだろう。素直に如月に『お願いします』と頭を下げ現場を後にした。いつもの調子で車まで行くと『あ、僕あっちに乗せてもらう。うちの車、臭くなると困るし。また後でね』と、オレに止める間も与えずに一目散にパトカーに向かって走って行ってしまった。
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