『やれやれ』と現場へと戻ろうとアパートに近付くと、上から如月のデカイ声がした。『ちょっと待って下さい! 俺が下ろしますから!』それに対し、ヒステリックな金切り声が聞こえて来る。『うるさいわねっ! 巡査部長が口を挟むんじゃないわよ! こういうのは一番下がやるものなのよ!』と女警視の声がして『如月先輩、大丈夫です。自分がやりますから、平気です』と彼女の声。『あら、いい心掛けね。貴方、巡査だものね。ほら! さっさとしなさい。落とすんじゃないわよ。鑑識っ! 早くやんなさいよ』『大丈夫ですか、なまえさん』細野と大田の声がして『大丈夫です。すみませんが、お願いします』彼女が答えた。
会話の内容から嫌な予感がして、皆で顔を見合せ現場に急ぐ。入口で下足(ゲソ)カバーを履き急いで中へ入る。
『っ! なまえ!?』『ああ?! ちょっ……チビ助っ!』『おチビちゃん!』『何ちゅー事、させてんのやっ!』皆が口々に驚いて声を上げる。目の前で丁度、彼女が遺体を背負わされる所だった。止める間もなく、彼女が遺体を背負う。重みに足をグッと踏ん張り堪える。乗せられた遺体から、彼女の耳元で『ぐぇええぇー』と声が出る。一瞬、彼女は顔歪めた。だが、直ぐに[負けてたまるか]とでも言いた気に“ギッ”と強い目付きで、歯を食い縛ったのが分かった。
この遺体が発する[声]は、体内に貯まったガスが担ぐ事で外に漏れその際に出るものだ。
確かにこういう仕事は大抵、下っぱがやる事になる。そして、耳元でその[声]を聞くのは男でもかなり嫌だろう。
しかも、力の抜けた成人の遺体は重さもかなりのものだ。
彼女は踏ん張り一歩、一歩、遺体を運ぶ。細野と大田が両側から支える。
「なまえさん。ここで、もう、ここで大丈夫です」
「下ろしましょう。良いですか? 俺達も支えてますから……」
細野と大田の声に、ハッとして手伝いに行くが丁度下ろした所だった。手を貸そうとするが『い、良い。におい着くし……さ、触らないで。だ、大丈夫だから』と後退り避けられた。さすがに彼女の顔色が悪い。目を離した事を後悔した。
先程の警視が彼女に『貴方、臭いわね。こっちに来ないで! そうね、監察医が来るまで、そっちで遺体の番でもしてなさい』と顎で命令した。『了解です』と答え大人しく遺体の近くに移動し立ち番の如く脇に立つ彼女。
あまりの扱いに室長が腹立たし気に抗議しようとした時、遮るように彼女がデカイ声で『室長ー。ちょっと良いですかー?』と呼び止めた。揉めて欲しくないのだろう。室長も察して『くっ』と小さく漏らし堪えた。
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