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帰宅するとネクタイをゆるめながらソファーに腰を下ろして、この一連の始まりの日を思い起こす。
(五月末のあの日からだったな……)
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あれは──。いきなり夏のように暑い日が、数日続いたそんな日だった。
暑くなると女性の肌の露出が増え比例するように痴漢、盗撮、強姦などの犯罪も普段より増して来る。それに加え、妙な事を言うおかしなヤツの出現や下着泥棒、露出狂……と、様々な事件が次々起こる。暑い最中、そんな連中を捕まえる為に走り回る事も多くなる。
夕方になってから漸く外から帰り、デスクで報告書を作成する。
その二日前辺りから、暑さに弱い彼女の顔に疲れが見え始め、そしてその日。
彼女の顔にくっきりとくまが出来き、よりいっそう疲労の色が濃くなった。それが気掛かりで『大丈夫か?』と聞いたら『平気。問題ない』と言葉少なに即答された。
(こいつ、絶対無理してるよな。まあ、聞いて素直に『ツラい』なんていうヤツじゃないが……心配だ)
オレがそんな心配をしていると、室長のデスクの電話が鳴った。
丁度都内で連続殺人事件が発生し、その*帳場は所轄ではなく警視庁で立っていた。その為に刑事部は手薄状態らしく、うち(捜査室)に新たに発生した別件を任せるという主旨の電話だった。
「みんなー、ちょっと集まって。アパートから変死体が見付かったわ」
「ボス、殺しですか?」
明智さんが聞く。
「いや、まだ何も分かってないの。検死も済んでないらしいわ。あちらさんは例の連続のヤマ抱えてるんで、こっちはうちでやる事になった。小笠原、アンタはいつもの通りここからサポートして。他は直ちに*現場に向かってちょうだい。真山、アンタ、大丈夫? 何なら中で小笠原のサポートを──」
「いえっ! 大丈夫です。自分も行きますっ!」
「でも、お嬢は遺体には慣れてないやろ?」
「そうそう、無理しない方が良いんじゃないのー?」
藤守と如月が心配そうに言うと、彼女はすかさず返した。
「確かに、慣れてると迄は行きませんが。でも自分も宿直の時に、変死体にあたった事はありますから」
「しかし、チビ。お前は女の子なんだぞ。如月の言う通り、そんなに無理しなくても良いと思うんだが」
そう明智さんが、彼女の同行に反対すると、如月がそれを援護するように続けた。
「止めた方が良いよ。だってさーこの暑さだから、きっとすごい事になっている気がするんだよねー」
「如月、行く前から言うなや。嫌んなるわー」
藤守がため息を吐く。
「そうねえ。中で小笠原のサポートをするのも、ちゃんとした仕事よ?」
「分かってます。それにみんなの心配も、嬉しいしありがたいです。ですが[仕事に男も女もない]が僕の持論です。それに、経験も積みたいんです。行かせて下さい。きちんとみんなの足を引っ張らないよう働きます。お願いします」
熱心に言う彼女に、室長が折れた。
*帳場:捜査本部
現場(ゲンジョウ):事件現場・事故現場
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