「ゲス水のやつー!」
「ゲス水て。あかんて、如月。こないなとこで。そないに大きい声で。誰が、聞いてるかも分からへん。あんなんでもあちらさんは一応、俺等よりも階級上なんやし」
「だって藤守さん、清水なんて合わないですよ。やってる事全然清くないじゃないですか! 汚い! [ゲスで、下水のように汚いゲス水]そのあだ名のがぴったりですよ。チビ、大丈夫ですかね? 心配だなー。きっとツラい思いしてますよ?」
如月が心配そうに言うと、みんなも口々に『何とかチビを呼び戻して下さい』と室長に進言した。
「正式な依頼だしねえ。途中で戻すなら、何かそれなりの理由がいるわねえ……。それもそうだけど、急ぎでチビ助のフォローをしてやらないと。今のが本当なら、無理してるわよ、きっと」
「青タン、見せへんように俺等避けてたんやな」
「ああ、チビの事だからみんなに心配掛けないようにと、思ったんだろうな」
(藤守と明智さんの予想が当たりだろう)
この前見た彼女の後ろ姿を思い浮かべながらそう思った。
(本当に、あいつは……)
「室長、オレ今夜あいつに会って来ます。で、必要なら連れて帰ります」
「そうね。体調も崩してるかも知れないしねえ」
● ○ ● ○
捜査室に戻ると、石神が待っていた。
「一柳、協力して欲しい事があります」
とりあえず、石神の話を聞く事にした。
石神の話は簡単に言えば女王の内偵をしてくれという事だった。
あの女には黒い疑惑が絶えないらしい。[次のターゲットとされるオレにそれに乗ったフリで近付き、うまく探りを入れ証拠を掴んで欲しい]そういう依頼だ。
「話せる範囲でだが、彼女は某大物と繋がっている可能性が濃い。その人物にとっては自分の自由にならない、一柳警視総監が邪魔だ。よって一柳警視総監の排除と自由になる人形を次の警視総監に持って来ようという企みがあるようだ」
「父さんが狙われてるのか?」
「そうだ。まだ実行にうつされてはいないがな。連中は先ず、人形の準備に掛かろうとしている」
「人形?」
「そう、彼女が選んだ人形。それが一柳、お前なんだ」
「オレ? だってオレはまだ警部補だぞ? 警視総監なんてまだまだ上だろうが」
「先ず彼女がお前と接触し、人形に相応しいか判断する。見立てが間違いないとなれば、恐らくは……。あの女のサポートで立て続けて手柄を立てる事になり、何だかんだ理由がついて警視総監目前まで、お前は異例の大出世を遂げる事になる。そこで現警視総監が謎の死を迎え、お前は悲劇の人として同情を集め、頃合いを見てその大物の裏工作で警視総監に仕立て上げられる──。そういう筋書きだ」
「ふざけやがって」
「何だか気の長い悪巧みねえ」
「『今の上層から選んでは完璧な人形は作れない。それには若くて世間知らずのボンボンは丁度良い。容姿端麗の悲劇の一人息子なんて同情が集まり易そうだわ』内偵中の部下がそう話してるのを聞いている。彼女はお前の事をまだ良く把握してないらしい。だからお前にそういう人物として彼女に近付いて欲しい」
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