「そういえば隣、また始まったのか」
「ああ、そうらしい」
「あの子、緊急特命にいた子じゃないのか? こんな時期に異動……はないよな?」
「異動じゃなくて、借りもんらしいぞ。少し前にな女王様が戻って来てさ……ゲス水が緊急特命から無理矢理借り受けて来たんだと」
「ふーん。戻った早々女王様はお好きにやってんだ。あの子、女王様に睨まれるような事したのか?」
「いや、どうやらそうじゃないらしい」
「ん? 何だ?」
「何かな、ゲス水がボソッと漏らしたのが噂になってたんだが……桜田門の悪魔と光源氏がその昔、女王様に恨みを買った事から始まってるらしいぞ」
「あ? それがあの子に、何の関係があるんだよ?」
「まあ、聞けよ。それでな、今緊急特命にJr.がいるらしい」
「Jr.? ああ、警視総監のご子息か? 警備部から動いたのか? ふーん。Jr.っていえば、ありゃかなり良いツラなんだって? 一階の子が騒いでた」
「ああ、かなりなもんだよ。それに若くて将来有望なキャリアだ……女王様が好きそうな男って訳。実際、女王様は早速Jr.に目をつけたらしい」
「あ? Jr.が次のターゲットか?」
「ああ、でな。そのJr.と悪魔と光源氏の三人が、一目置いて可愛がってるのが、あの子なんだよ」
「んー何だ、それじゃあとばっちりか?」
「そう言うこった。女王にしてみりゃ、ターゲットの側に若く可愛い女なんて目障りだろう? ……それに女の嫉妬は、女に向き易い」
「こえー。そんなんで狙われるなんてたまんねぇな」
「相当らしいぞ。ちょっと前に雨が凄かった日あったろ?」
「ああ」
「あの日な、ゲス水、あの子に表で張り込みやらせたらしい」
「ん? 張り込みなら、雨だって仕方ないだろう?」
「いや、それがな。隣のヤツにちらっと聞いた話じゃどう考えても*シキテンの必要もなかったとこなんだってよ。しかも相方は途中で呼び戻されてな。あのどしゃ降りの中一人で、朝から次の日の夕方まで立ちんぼだぞ」
「一人でか?」
「ああ、隣のヤツもさすがに見兼ねてゲス水に『何かあったら責任問題になりますよ』って言ったらしい。それでビビったゲス水が呼び戻せって……それが無きゃゲス水のあの口振りなら後、何日も続きそうだったってよ」
「あ? 何だ。踏み込まなかったのか? あの顔、俺はてっきり踏み込んでの負傷かと思った」
「ああ、お前も見たのか?」
「あの日丁度中にいてな。ちょっと驚いたんで覚えてた」
「まあな。目んとこに、あんな青タンなんかありゃ驚くわな。可愛い顔にあんなの作っちゃってよ、可哀想にな。……ありゃもっと悲惨らしいぞ」
「悲惨って?」
「実証見分で*マル害役やらせてな、ガツン! だよ」
「は? 殴ったのかよ?」
「ああ、しかも思いっきりな」
「何だよ、それ。普通、やらねぇだろう」
「普通はな」
「隣のヤツもよくそんな事出来たな」
「隣には、ゲス水の手下がいるだろ。アイツなら喜んでやるよ」
「ああ、あれか」
*シキテン:見張り
*マル害:被害者
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