と、突然阿久津先生が笑い出した。
「あ、ごめん、ごめん。何だか、千人針みたいだなーって思って」
「千人針って?」
結菜が聞くと彼女が答える。
「んー戦争中にさ、女達が盛んにやったんだって。一メートル位の白い布に赤い糸でね。千人の女に一人一針ずつ、縫って結び目をつくってもらうの。[虎は千里を行き、千里を帰る]って言い伝えから、寅年生まれの女だけは、自分の年齢だけ結び目を作れたんだって。それでも大勢の協力がいるからさ、街角に立って呼び止めてはお願いして、やってもらったらしい。布に穴の開いていない五銭硬貨や、十銭硬貨を縫い込んだりして。[五銭]は死線(しせん=四銭)を越えて[十銭]は苦戦(くせん=九銭)を越えて、弾に当たらずどうか無事に戻って来るようにって、願いを込めて一針一針。それを戦争に行く男にお守りに渡したの。それが千人針」
『へぇー』と結菜が頷くと、藤守が阿久津先生に言う。
「そやけど、センセ? 戦争って、縁起悪うないですか?」
「そう言えばそうね。それに、帰るってのも困るわよね。出戻りになるものねぇ」
それを聞くと彼女が、少しおどけた顔でオーバーに言った。
「えー出戻り? ……僕、戻る所ないよ? そうなったら困るんだけどぉ」
「ああ? そうなったらチビ助は、お父さんの所に戻って来れば良いわよ。アンタ一人位養ってあげるわ。その代わり、老後は頼むわよ」
室長が言うと、彼女は『老後?』と可笑しそうに笑う。
すかさず、小野瀬さんが手を挙げ名乗り出る。
「あ、こっちでも良いよ。おチビちゃん位、面倒みてあげるよ」
「ちょっと? 出戻りませんよ! なまえは一生オレの妻ですから! つーか、なまえも何、心配してんだよ」
彼女が舌をペロッと出して『へへ』と笑う。その顔は嬉しそうだ。彼女のその顔を見て、オレは『あっ』と漸く気付いた。
「もー敵わねーなー。お前には。今の、わざとだろ。展開読めてて、誘導してオレに言わせた、そうだろ?」
彼女は、答える変わりに『えへっ』とよりいっそう嬉し気に笑った。見ていたみんなも『これは、ノロケられたな』と笑った。
「んーみんなが、大変じゃないならだけど……せっかくのみんなの気持ちだから無下にしたくないなー」
予想通りそう彼女が、言い出した。彼女の気持ちもみんなの気持ちも大事にしたい。
結局、針仕事に慣れてない連中は練習してもらってからやっていただく事にした。
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